王子のお財布事情

「はぅあっ!」
 実にみっともない事だが、周囲の目も気にせずオレは思わず叫んでしまった。
 ……なんということだっ。
 オレの知らない間に、一体何が起こったというのだ……。
 震える手を止めることも出来ず、オレはただ手元を凝視してしまった。
「……引かれているっ。何故だっ!」
 しかし次の瞬間、後ろから声がかけられた。
「王子、申し訳ありませんが、順番が……」
「……うむ。すまんな」
 後ろで順番を待っていた者がいたことを、すっかり忘れてしまっていた。
 オレは一言謝ると、その場を離れた。
 だが、手元の事実は変わらない。
 魔界銀行王都本店を出ると、記帳の終わった通帳をもう一度確認する。
 ……やはり引かれている。
 毎月の給料から、一定金額が引かれているっ。
 どういう事だ。
 これは親父に確認せねばならん!
 今は人間界の比奈の家に世話になっているが、魔界での職務もこなしている。
 魔界の王の嫡子とはいえ、オレも仕事を持っている。
 つまり月に一度、口座に給料が振り込まれるのだ。
 親父はオレを、『王子』だからと特別扱いはしない。
 あくまでオレは『仕事をしている者』の1人なのだ。
 なので、街や城で働いている者と同じように、月給制だ。
 幼い頃から、王族だからと特別に贅沢をしていた事はない。
 だが王族だからこそ、他の者と同じではよくない事もあるが……。
 それでも無数の贅沢品に囲まれ、何不自由なく暮らしてきた訳ではないのだ。
 駄目なものは駄目だと、しっかりと言葉で説明されて育ってきた。
 当時は理不尽だと不満も漏らした事もあったが、今ではその意味が解る。
 親父や母上は、オレの人格を尊重しつつ、他人の痛みが解る者になれと。
 民の苦しみや辛さを分かち合える者になれと、教えていたのだ。
 それは、正しいことだと思う。
 思うが……親父のすちゃらかな所は何とかして欲しいものだ。
 切に願う。
 眉間に皺を寄せながら、城へと向かう大通りを歩いていると、突然服の裾を引っ張られた。
「む?」
 振り向くと、オレの膝程の背丈の少年が、ジッと見上げていた。
 金色の髪に緑色の瞳。年はレティと同じくらいだろうか。
 どこかで遊んできたのか、服のあちこちに泥がついていた。
 オレと目があった瞬間、緑色の目がニヤッと笑った。
「久しぶりじゃん、王子。しばらく見なかったからさ、なんかあったのかと思ったよ」
「トマか。久しぶりだな。オレの方もまぁ……いろいろとあるのだ」
「ふぅん」
 この少年はトマという。
 両親は青果を扱う商いをしていたはずだ。
 オレは幼い頃から頻繁に街に出入りしていたので、顔なじみも多い。
 トマもその1人だ。
 最初に会ったときは、慣れない敬語を使い、体を萎縮させていたものだ。
 ……オレは別に、小さな子供にひれ伏されたい訳じゃない。
 正直、いい気はしないものだ。
 こんな小さな子供に余計な気を遣わせても、何も嬉しくはない。
 だから、敬語は使わなくていい、普通に接してくれと言った。
それからは、街でオレを見かけると、こうやって声をかけてくるのだ。
 時間が許せば、一緒に遊ぶこともあったな。
「アレだろ? 給料入ったんだろ?」
「……まぁな」
「なんかおごってよ。腹減ってんだ」
 ヘラヘラと笑いながら、トマはオレを見上げている。
 なんというか……こういう所は妙に鼻が効くな。
 オレはため息をつくと、トマの髪をかき回した。
「いいだろう。だが、食べるものはオレが決めるぞ」
「やった!」
 トマはその場で飛び上がると、何故か振り返った。
「おーい! みんな、王子がおごってくれるってさ!」
 すると、路地裏からワラワラと子供達が走って出て来るではないか!
「何人いるんだ!」
「オレを入れて6人だけど? いいっしょ?」
「……おごると言ったのだから、嘘はない」
「さっすが、王子!」
 集合した子供達は、その場で歓声を上げている。
 ……いいように使われてしまった。
 まったく、要領のいいヤツだ。
 オレは苦笑を噛み殺すと、子供達を引き連れて通りを歩いた。
 程なくすると、街の一角に小さな赤い屋根の喫茶店が見えてきた。
 うむ。懐かしいな。
 幼い頃から、何度も通ったものだ。
 古びた木製のドアを開けると、上部に取り付けてあった鈴が鳴った。
 それを合図に、店の奥から店主である女性がやってきた。
 顔に刻まれた皺が重ねてきた年月を感じさせるが、決して嫌味なものではない。
 いつも笑顔でいる為に刻まれる、素晴らしいものだ。
 オレの姿を見た瞬間、彼女は穏和な笑みを浮かべた。
「あら、王子。お久しぶりね。今日はお友達をたくさん連れてきてくれたの?」
「まぁな」
「じゃ、奥に座ってちょうだいな。注文は? いつものかしら?」
「うむ」
 『わかったわ』と言うと、彼女は店の奥へと消えてしまう。
 オレは子供達に席を促すと、奥の椅子に腰を下ろした。
 店内はお世辞にも洒落ている、とは言えない。
 だが、隅まで手が行き届いた掃除がされている。
 壁もテーブルもイスも、古き良き暖かみのある雰囲気だ。
 昔から変わらない。そこが好きなのだ。
 トマを始めとして、子供達は次々に腰を下ろしていく。
 子供達は皆、少年だな。
 年はトマと同じくらいだろう。
 トマと一緒に居るところを、何度か見た覚えがあるな。
 店内を不思議そうに見渡していたトマが、少し身を乗り出した。
「王子、こんな小さい店に来るの? 結構、古そうじゃん」
「解っていないな。店が古いと言うことは、それだけの年月を営業しているということだ。つまり、客が途絶えない。それだけの価値がある店だということだ」
「そっか」
 『ふぅん』と素直に頷くと、トマは隣に座っている少年に声をかけた。
「お前、王子にちゃんと挨拶しろよ。会うの初めてだろ!」
 言って、トマは小さな手で、隣の青い髪をした少年の頭をはたいた。
「いって! だってさぁ……王子様だろ? 魔王陛下と同じ紅い目で……紅眼の一族だろ? どうすりゃいいんだよ……」
「そんな小さい事を気にする人じゃないよ。王子はなんていうか……でっかい心を持ってんだよ」
「お。今、良いことを言ったぞ、トマ」
「だろ?」
 オレが鼻を鳴らして笑うと、トマは得意気な顔をした。
 青い髪の少年は、ちらりとオレの顔を見た。
「えと……オレ、セシルって言います。親は小さな焼き菓子屋をやってて……」
「ほう。だったら今度、城に持ってきてはくれないか? 親父宛てでな。もちろん、菓子代も親父宛てで」
「えぇっ! とても魔王陛下に献上できるようなものじゃ……っ」
「そんな事はないぞ。厨房の料理人が作ったまかない菓子も、盗み食いするような親父だ。素朴というか……手作り感があるような菓子が好きらしい」
「はぁ……」
 オレの言葉に、セシルは僅かに頷いた。
「やったじゃん、セシル! 陛下に食べてもらえるってさ! お前も仕事手伝ってるんだろ?」
「仕事っていっても、簡単な仕込みだけだぞ」
「いいじゃん。今までの苦労が報われるんだぞ」
「親に言われて渋々やってたけど……陛下に食べてもらえるんだったら、嬉しいな」
「だろ?」
 トマはセシルの背中を叩くと、オレに向かってこっそり親指を突き出した。
 まったく……トマは世話焼きというか、人が良いというか。
 密かに苦笑をしていると、店主の元気な声が響いた。
「賑やかだねぇ。はいよ、注文の品」
「騒がせてすまない」
「子供の声は好きだよ。元気になるからね」
 言いながら、テーブルに人数分の皿を置いていく。
「ゆっくりね」
 彼女はニコニコと笑うと、再び店の奥へ消えていく。
 子供達は、目の前の皿の上に乗っている、丸いボール状の揚げ菓子を見つめたままだ。
「遠慮せずに食べろ」
 オレが言うと、トマは不思議そうな顔で見つめてきた。
「これ、なに?」
「シュネーバルだ」
「……ってなに?」
「知らないのか」
 聞いたオレに、トマは深く頷いた。
「……そうか。元はと言えば、親父が人間界で気に入った菓子のレシピを、懇意にしていたこの店の先代の店主に教えたのが始まりだったらしいからな。確か……どこかの国の言葉で『雪の玉』という意味だったか……。ひも状の生地をボールのように丸めて型に入れ、油で揚げたもの、だったはずだ。材料はよく知らんが」
「へぇ~。人間界のお菓子なんだ」
 トマやセシル、それに少年達は、珍しそうに菓子を眺めている。
 魔界に暮らす者にとって、人間界の料理を口にすることは、ほとんどない。
 この店の菓子も、特に『人間界の菓子』とは謳っていないからな。
 近隣の住民が知らないのも当然だろう。
 『まぁ、食べろ』と促すと、子供達はシュネーバルを口いっぱいに頬張った。
「なんか、すっごいサクサクする!」
「美味いだろ?」
「うん。王子、何でも知ってるんだな」
「……オレも親父に連れてこられたんだ」
「そうなの?」
「まぁな」
 こういう菓子は、敢えて手掴みで食べるのが美味なのだ。
 オレはシュネーバルにかぶりつく。
 うむ。このサクサク感がたまらない。
 ……比奈に頼めば、作ってもらえるだろうか?
 是非、比奈にも食してもらいたいものだ。
「あ、そうだ! 王子!」
 不意に、トマが顔を上げた。
「どうした?」
「最近、城から変なコが来るんだよ」
「変なコ?」
「女の子なんだけど……長くて黒い髪で青い目で……」
「ん? レティか?」
 オレの言葉に、トマの顔がパッと明るくなった。
「そうそう!」
「レティが街に来るのか?」
「時々だけどね。最初は道に迷ってたのを助けたんだけど、そのうち一緒に遊ぶようになってさ。な?」
 トマが少年達に返事を求めると、彼らは口々に言った。
「変わったコだよな。可愛いけど」
「そう。冗談とかもすぐ信じちゃうんだよ」
「真面目っていうか、硬いっていうか……」
「可愛いんだけどな」
「それは、わかったってば!」
 ギャーギャーと口を開き出す子供達を、眺めてしまう。
 そうか。レティも街に来ているのだな。
「トマ」
「なに、王子?」
「レティにはよくしてやってくれ。あれはオレの……妹のようなものだからな」
「そうなの?」
 トマは一瞬だけ目を見開くと、トンと自分の胸を叩いた。
「任せてくれよ。この辺りはオレが仕切ってるからな。変なヤツに絡まれないように、ちゃんと面倒見てやるよ」
「頼むぞ」
「あのコ、ちょっと世間ずれしてるとこがあるからなぁ……。そういうジョーシキも教えないとな」
 腕を組んで考え込むトマを見て、オレは笑いを噛み殺す。
 トマはこの街のガキ大将だからな。
 任せておいて、問題はなかろう。
 菓子を食べ終わり子供達と別れると、オレは城へと急いだ。

 城内に入ると、相変わらず忙しそうに人が出入りしている。
 親父を捜して廊下を歩いていると、メイドの1人がオレに気付いた様だ。
「あら王子、お帰りなさいませ」
 そばかすの少し浮き出た人懐こい笑顔を向けてくれたのは、リンティだな。
 まだ年若いのに、あれやこれやと随分世話を焼いてくれる。
「仕事中にすまないが、親父はどこにいる?」
「陛下でしたら、定例会議中でございますよ」
「そうか……」
「会議室に飲み物を運ぶように言われておりますので、何かございましたらお伝えしておきますけれど?」
 僅かに首を傾げて、リンティが柔らかに言った。
「そうだな。ならば、オレが中庭で待っていると、伝えてもらないだろうか」
「はい。確かに」
 リンティはニッコリと微笑んで一礼をすると、厨房へと向かっていった。
 さて……。
 オレは中庭で待つとするか。
 渡り廊下を歩き、中庭へ向かう。
 中庭へとさしかかると、丁寧に手入れされた草木がキラキラと輝いている。
 水をやったばかりなのだろうか。
 オレは中庭にあるベンチに座ると、空を仰いだ。
 うむ。今日も良い天気だ。
 人間界も良い天気なのだが、いかんせんあの湿気がな……。
 ジメジメとどうにも苦手だ。
「主~っ!」
「む?」
 元気な声に目を向けると、勢いよくレティが走ってくるところだった。
「転ぶぞ」
「大丈夫だ~」
 そのままの勢いで駆けてくると、ベンチのオレの隣に飛び乗った。
「主がいらしていると、リンティ殿から教えてもらったのだ」
「そうか」
「うむ。元気でお過ごしだろうか?」
「オレは元気だ。大丈夫だ」
 オレはレティの頭を撫でつけると、ふと思い出した。
「そうだ、レティ。預かり物がある」
「む?」
「比奈が昔、読んでいたそうだ。物置から出てきたので、お前に渡して欲しいと」
「ほう!」
 瑠璃色の目を輝かせるレティに、オレは一冊の絵本を手渡した。
「おお! これは……なんというのだ? 私はまだ日本語が読めないのだ」
「そうか」
「主。読んで欲しい」
「よかろう」
 オレはレティにも見えるように本を膝上で広げると、表紙に書かれているタイトルを読み上げた。
「ももたろう」
「ほう」
「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。まいにち、おじいさんは山へしば刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。ある日、おばあさんが川のそばで、洗濯をしていると、川上から、大きな桃が『ドンブラコッコ、スッコッコ。ドンブラコッコ、スッコッコ』と流れて来ました」
「……桃が流れてきたのか? 不思議だ!」
「そうだ。不思議なのが良いところだ」
「ほう! すっこっこなのだな」
「そうだ」
「了解した」
 レティは深く頷くと、再び絵本に視線を移した。
「おばあさんは桃を拾い、夕方になっておじいさんは山からしばを背負って帰って来ました。桃を食べようと思っていると、桃は中から二つに割れて、男の赤ちゃんが元気よくとび出しました」
「おお! 何故に桃から人が生まれるのか!」
「うむ。おそらくそういう一族なのだろう。桃族だな」
「そうなのか。知らなかった……」
「本は知識を与えてくれる。貴重な物なのだ」
「なるほど」
 再びレティは真顔で頷くと、『早く次を』とオレを急かす。
「桃の中から生まれた子だというので、この子に桃太郎という名をつけました。桃太郎はスクスク育って、やがて強い男の子になりました。そしてある日、桃太郎が言いました。『鬼ヶ島へ行って、悪い鬼を退治します』そして、おばあさんにきび団子を作ってもらうと、鬼ヶ島へ出かけました」
「きびだんご、とは何か?」
「恐らく、きびで作られた団子だな。穀物の一種だったと思う」
「主は博識なのだな。私は食べてみたい」
「うむ。今度、比奈に聞いてみよう」
「比奈殿は何でも作れるお方であり、とても優しいお方なのだ。次にお会いした時に聞いてみよう」
 興奮気味にフンと鼻の穴を広げるレティは、忙しく絵本の次のページを捲る。
「早く続きを!」
「解った解った。旅の途中で、イヌに出会いました。『桃太郎さん、どこへ行くのですか?』『鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ』『それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。お供しますよ』イヌはきび団子をもらい、桃太郎のお供になりました。
まぁ……そんな感じでサルとキジも供にしたのだな」
「私も皆と旅をしたいものだ」
「どこへ行くんだ?」
「むぅ~。わからないが……旅をするのだ。いろいろな所を見て回るのだ。冒険なのだ!」
「そうか。迷子にならないようにするんだぞ」
「そういうのではない。もっと広くて船とか乗って竜で飛んで旅をする……大冒険なのだ!」
「こうして、イヌ、サル、キジの仲間を手に入れた桃太郎は、ついに鬼ヶ島へやってきました」
「無視なのか、主!」
 ムッと眉根に皺を寄せながら、レティはオレを見上げてくる。
 オレはレティの黒髪を撫でつけると、少しだけ視線を泳がせた。
「まぁ……もう少し知識を身につけ、魔法を覚え、大きくなってからだな」
「むぅ……」
「続きを読むぞ。鬼ヶ島では、鬼たちが近くの村からぬすんだ宝物やごちそうをならべて、酒盛りの真っ最中です。桃太郎の号令でイヌは鬼のお尻に噛み付き、サルは鬼の背中を引っ掻き、キジはくちばしで鬼の目をつつきました。そして桃太郎も、刀をふり回して大暴れです」
「主……」
「なんだ?」
「鬼とは皆、もじゃもじゃの頭なのか? 角が生えていて、皆、虎模様のパンツをはいているのか?」
 レティは絵本に描かれている、『鬼』の絵を小さな指でさした。
「どうなのだろうな。日本の童話では、そう描かれるのだろう」
「ほう。一度、目にしてみたいものだ」
「とうとう鬼の親分が、『まいった、まいった。降参だ、助けてくれ』と、手をついてあやまりました。桃太郎とイヌとサルとキジは、鬼から取り上げた宝物を車に積んで、元気よく家に帰りました。おじいさんとおばあさんは、桃太郎の無事な姿を見て大喜びです。そして三人は、宝物のおかげで幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
「主……」
「今度はなんだ?」
「イヌとサルとキジも、幸せに暮らしているのか?」
「もちろんだ。立派に供をしたのだから、当然、優遇されている。勇者なのだ」
「おお! 勇者なのだな!」
「そうだ」
 『おお!』と歓声を上げると、レティは絵本のページを一番最初まで戻した。
 そして、そのままオレをジッと見上げるのだった。
 ……もう一度、読めと言うことなのだろうか?
 レティの視線に耐えかねて諦めた瞬間、遠くから陽気な声が響いた。
「待たせたかね、息子よ」
「おかえりなさいませ、王子」
 やっと来たか。
 呑気な笑顔を浮かべている親父と、無表情のフォルカスがゆっくりとこちらへやってくる。
「会議中に済まないな」
「別に構わんよ。ただ、フォルカスがね……」
 苦笑する親父の後ろで、フォルカスが心なしかムッとしている様にも見える。
「陛下、ワタクシの第53案はいつになったら、可決されるのでしょうか?」
「だからね、フォルカス。別に魔界にコンビニは必要ないのだよ」
「いいえ、陛下。住みよい魔界作り推進委員会会長として、コンビニのチェーン展開をすべきです」
 ……また訳のわからん会議をしていたのか。
 オレが呆れて眺めている間にも、フォルカスの熱弁は止まらない。
「いいですか、陛下。24時間、店が開いているのですよ? 便利ですよ? 夜中に突然アイスが食べたくなったらどうします? そういう時にコンビニがあると便利なのですよ」
「私なら我慢するよ。それに、今までもコンビニなどなくてもやってこれたのだから、需要はないと思うね」
「……魔王陛下共同開発限定スイーツなどが、店頭に並ぶのですよ」
「…………っ」
「親父、鼻の穴を広げるな……」
 心が傾きかけている親父に釘を刺すと、親父はハッと我に返った。
「いいや、駄目だ駄目だ。深夜に民を働かせる訳にはいかんよ。却下だ、却下」
「……ワタクシは諦めませんよ、陛下」
「諦めてくれ」
 ため息をつく親父を半眼で眺めていると、不意にレティがベンチから飛び出した。
「父上殿!」
「どうしたね、レティ?」
 急いで親父に駆け寄ると、レティはその足下でもどかしそうに地団駄を踏んだ。
「イヌとサルとキジが勇者で、鬼がもじゃもじゃで虎のパンツでめでたしなのだ!」
「……ん~、なんだかよく解らないが、めでたしなら良かったね」
 そう言うと、親父はレティの頭を撫でている。
 ……今の説明で解ったのか?
 レティは満足そうに、満面の笑みを浮かべている。
 ……まぁ、本人が喜んでいるのならよいが。
「何事ですか? 何がめでたしなのですか?」
 相変わらずの涼しい顔でフォルカスが尋ねてくるが、オレは無言で手元の絵本を取り上げた。
 表紙を見た親父とフォルカスは、同時に『あぁ』と唸った。
「桃太郎の話だったのだね」
「虎のパンツですね」
 何故かそこの部分だけ取り上げたフォルカスに、レティはパッと顔を輝かせた。
「そうなのだ。鬼は皆、虎のパンツをはいているのだ。不思議だ」
 『ううむ』と唸ったレティに、親父は僅かに笑った。
「日本では古方位といって、家の中心から北東は鬼門と呼ばれるのだよ。鬼が出入りする縁起の悪い方向だと言われている。『丑寅』の方角が起源で、鬼が虎のはき物で牛の角が生えているのは、そこからきているという説もあるね」
「おお! 父上殿は物知りなのだ」
「長く生きているからね、それなりの知識を、得る機会があるということだよ」
 瞳を輝かせて感心しているレティの頭を撫でながら、親父をこちらに視線を投げた。
「ところで、どうしたね? 私を待つほどの用事があったのかな?」
「そうだった」
 オレはハッと思い出して立ち上がると、魔界銀行の通帳を突き付けた。
「これは一体どういうことだ。何故、オレの給料から毎月天引きされているのだ。納得のいく説明をしてもらおう」
 ムッと睨みつけるが、親父は涼しい顔で『おや?』と首を傾げた。
「言っていなかったかね?」
「何がだ」
「お前の給料から毎月一定額を差し引いて、お前の生活費として比奈殿に送金しているのだよ」
「なにっ?」
 眉を潜めたオレに、親父は大げさに肩をすくめた。
「当たり前だろう。それともなにかね? 比奈殿の家を間借りしていて、なおかつ食事も用意してもらって……全て比奈殿の家の家計から出されているとでも思ったのかね? それはね、息子よ。『ヒモ』と言うのだよ。女性に経済的に頼る男を『ヒモ』と言うのだよ。アレかね? お前は『ヒモ』なのかね?」
「……違う」
 絞り出した言葉に、親父は大げさに『そうだろう』と声を上げた。
「だから、お前の給料から生活費を差し引いて、比奈殿に渡しているのだ。何か問題でもあるかね?」
 ニヤニヤと笑いながら、親父は『うん?』と返事を促してくる。
 ……くっ。
 こうなると解って、わざとオレに説明をしなかったなっ?
 オレは鼻でフンと息を出すと、マントを翻した。
「もういい。帰る」
「おや、もう行くのかね?」
「用事は済んだからな」
「主……」
 足下で、レティが寂しそうに見上げてくる。
 オレは自分の頭を掻くと、持っていた絵本をレティに手渡した。
「これを日本語を覚える為の、教材とすればいい」
「うむ。承知した」
 レティは本をしっかりと受け取ると、ニッコリと微笑んだ。
 傍に居てやれなくて、済まないな……。
 オレはレティの頭をもう一度撫でると、竜舎に向かって歩き出した。

「あ、おかえり~、王子」
「うむ、今帰った」
 オレは『ミニ王子』姿になると、比奈の部屋のある2階の窓から入ってきた。
 どうにも暑いらしく、窓が開け放たれていたのだ。
 窓の隙間から室内へ入ると、ベッドで寝ころび本を読んでいた比奈が、ニコリと微笑みかけてきた。
「随分長いお散歩だったね。遠くまで行ってたの?」
「……まぁな」
 オレは窓から飛び降りると、ちらりと比奈を見上げた。
「ところで、比奈」
「なぁに?」
「毎月、オレの生活費を受け取っているのだろう?」
 言うと、比奈は『ああ~』と声を上げた。
「一応、魔王パパから『取っておきなさいって』あたしの口座に入ってきてるけど……正直、王子の生活費ってかからないもんね。お家だってドールハウスだし、食事だってハリーの方が食べるし……ちゃんと取っておいてあるから、まとめて返すね」
「いや、いい。もらっておけ」
「なんで?」
 比奈はキョトッと首を傾げるが……。
 オレだって男だ。
 女性の比奈に、何から何まで世話になるのはプライドが許さない。
「……いつも思うんだけどさ」
「なんだ?」
「魔界のお金なのに、ちゃんと日本円で入金されるんだよね。なんで?」
「魔界の貨幣を、人間界各国の金に換金できる機関があるんだ。そこでオレは日本円に換金して持っているのだ。親父もそうしているのだろう」
「えっ! そうなの?」
 比奈は目を丸くして、思わず上半身を起こした。
「オレだって、自分で金を支払う事だってあるだろう」
「あぁ~そうだよね。時々、自分のお財布からお金出してるの見たことあるし……そういう事なんだぁ」
 『へぇ~』と唸ると、比奈は再びベッドに寝ころんだ。
「比奈」
「なに?」
「……アイスが食べたくはないか?」
 ボソリと呟くと、比奈は小さく笑った。
「冷蔵庫の中にはないから、コンビニに買いに行こうか?」
「うむ」
 コクリと頷くと、比奈はベッドから立ち上がった。
「オレが払うから、比奈は金を持って行かなくていいぞ」
「ホント? ならあたし、ハーゲンダッツのバニラがいい~」
「うむ。任せろ。ちなみにオレはアズキミルクだな」
「好きだね~」
 ニコニコと笑いながら、比奈はオレに向かって手を差し出した。
 オレがその手に飛び乗ると、比奈は『やっぱりストロベリーにしようかなぁ』と呟きながら、部屋を出た。
 ……魔界にコンビニがあるのも、悪くないかもしれんな。
 少しだけ、フォルカスの気持ちが分かったような気がした。
 ……本当に少しだけだかな。