
魔界の夏休み
それは、夏の暑い日の事だった……。
学校は夏休みに入り、被服部に所属しているあたしは特に学校へ出向く用事もなかった。
外は朝からセミの大合唱。
あまりの暑さにコンビニにアイスを買いに行っただけでも、汗が吹き出してきた。「あっつ~い……」
あたしは部屋のエアコンをつけて、涼しい風が直接あたる場所で文明の利器を堪能していた。
すると、体長10センチ程の小さな人形がぴょんと机の上に乗り、口を開いた。
「まったく、これくらいの暑さでへばるようでは、まだまだだな」
全身黒ずくめの小人さんは、腕を組んであたしを見上げた。
一緒に買い物に出たのに……しかも全身真っ黒の衣装なのに、王子は汗一つかいていない。
「何が、まだまだなのかわかんないけど……王子、暑くないの?」
「これくらいはどうってことない。魔界にはもっと暑い場所がたくさんあるぞ」
鴉の羽の色をした髪をさらりと揺らして、鮮やかな紅い目をキョトッと動かし、きっぱりと言ってのける王子。
そう……今はとっても可愛いミニチュアな彼は、こう見えてもれっきとした魔界の王子様。
そして、あたしの彼氏さんでもある……。
今はワケがあって小さな姿になっているけど、本当の姿はかなりカッコイイ。
あたしは買ってきたばかりのアイスを取り出すと、王子の目の前に置いた。
「はい、アイス。バニラがいいんだよね?」
「うむ」
しっかりと頷くと、王子はバニラのカップの蓋を小さな両手で外しにかかる。
「開けてあげようか?」
「いや、大丈夫だ」
『むむむ』と唸りながらスポンと蓋を開けると、王子は両手でスプーンを握り、アイスに挑みかかる。
あたしも、自分用に買ってきたストロベリーのアイスの蓋を開けると、スプーンで一口、口に含んだ。
「ん~。冷た~い!」
「比奈のアイスも一口くれないか?」
「いいよ~」
あたしは王子のカップに、ストロベリーのアイスを分けてあげた。
そして、お返しとばかりに王子のカップからバニラアイスをスプーンで一杯取る。
「王子のもちょうだいね」
「あぁ、かまわんぞ」
外の気温が30度を超える暑さの中、エアコンの効いた部屋でアイスを食べる。
間違いなく、至福の時だね。
しかし、こんな至福の時間を邪魔するかのように、突然部屋の窓が開いた。
むわっとした熱気と一緒に部屋へ入ってきたのは、一匹の白い猫だった。
「わっ! びっくりしたっ」
「む? ライアじゃないか」
あっさりと言ってのける王子の小さな顔を、あたしは覗き込んだ。
「え、王子の知り合い?」
「猫の姿になって散歩をしていると、時々出会う。野良猫のライアだ」
そういえば、王子は黒猫の姿になってたまに散歩に出掛けるなぁ。
「どうしたんだ、ライア」
しかし、尋ねる王子を無視すると、白猫のライアはあたしに向かってバッと前脚を広げた。
「さぁ、比奈殿。愛らしいワタクシを、その小さな胸にギュッと抱きしめるとよろしいでしょう!」
突然人間の言葉を喋りだしたライア。だけどあたしはあまり驚きはしなかった。
何故なら、あたしを『比奈殿』と呼んだり、自分の事を『ワタクシ』と言ったりする人物には覚えがあったからだ。
「……その話し方はフォルカスさんですね……ってか小さな胸って……一言多いです!」
広げられた小さな脚をペシっとはたく。
まったく、失礼しちゃうなぁ。
「一体なんだ。突然来て」
王子は半眼になってフォルカスさん(?)を見つめた。
「その辺を歩いていた猫に少々体を借りてみたんです。いきなりお2人を訪ねた非礼はお詫びしますが、そう邪険にしなくてもよろしいではありませんか」
「お前が来ると、大抵がトラブルの始まりだからだ」
きっぱりと言い放った王子に、フォルカスさんは猫の姿で器用にため息をついた。
「せっかくお2人を、このとても暑い場所から救い出して差し上げようというのに、つれないですねぇ」
「どういう意味ですか?」
あたしが尋ねると、フォルカスさんは何度か頷いた。
「実は今、ワタクシと陛下は避暑地に来ておりましてね、せっかくだから王子と比奈殿を誘ったらどうかと陛下がおっしゃるので、お迎えに参った次第です」
「避暑地? ロメリア島に来ているのか?」
「はい、王子」
「え、なに島?」
思わず尋ねたあたしに、王子はちらりと紅い視線を流した。
「ロメリア島だ。小さな島だが代々魔王一族だけが避暑に使う島だ。人間界で言う王室専用のプライベートビーチだな」
「そんなのあるんだ」
「まぁな」
王子はフフンと鼻を鳴らすと、ちらりとあたしを見上げた。
「ここで暑さにへばっていても仕方ない。どうせ暇だから行ってみるか、比奈?」
「うん。行く行く!」
「でしたら、早々に参りましょう。陛下もお待ちですし」
ちょいちょいと白い猫は手招くけど……。
「準備くらいさせて下さいよ」
「そのままで結構ですよ。比奈殿の水着は用意してございます!」
「……なんか嫌な予感がするんで、自分で持って行きます」
「信用されてないですねぇ」
……フォルカスさんの事だから、キワドイ水着とか用意してそうだもんなぁ。
あたしは手早く、水着や着替えを準備するとバッグに詰めた。
「よし。準備OK!」
「忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫。あ、エアコン切らなきゃ」
ピッとエアコンの電源を落とすと、白い猫のフォルカスさんは何度か頷いた。
「それでは参りましょう」
言うなり、フォルカスさんな白猫は、ポンポンと手を叩いた。
瞬間、ふわりとした浮遊感。
そして景色が一変した。
まず目に入ってきたのは、エメラルドグリーンの綺麗な海。
そして、ヤシの木を連想させる緑が鮮やかな植物の数々。
潮風が涼しげに吹いていて、あたしは胸一杯に空気を吸い込んだ。
フォルカスさんの魔法のお陰で、あたし達は一瞬のうちに魔界のロメリア島の砂浜に来ていた。
足下にいた小さな王子の姿がゆらりと揺れたかと思うと、次の瞬間にはあたしを軽々と見下ろす長身の王子に姿を変えた。
いや、こっちの方が元の姿なんだけどね。
ゆっくりと流れてくる潮風を受けながら王子は小さく笑うと、あたしの頭をポンポンと撫でた。
「せっかくだ。ゆっくりしていこう」
「うん」
切れ長の紅い瞳に、あたしは頷く。
すると、不意に後ろから声がかかった。
「よく来たね、2人とも」
風に乗ってくる低い声に振り向くと、魔王パパがいた。
魔界を統べる魔王パパは威厳たっぷりで、王子のお父さんだ。
長い黒髪をなびかせ、額には銀のサークレット。瞳の色は王子よりも鮮やかな赤い色をしている。
しかし、今日はいつも程の『魔王様!』と言った圧迫感がなかった。
きっと、今はゾロゾロした魔王様の正装ではなく、黒い短パンにTシャツといったかなりラフな格好だからだね。
そしてジュース片手に、麗しいお顔でニッコリと微笑んでくれる。
「いらっしゃい、比奈殿。楽しんでいくといい」
「あ、はい。お招きありがとうございますっ」
「そんなに硬くならなくてもいいよ。今日は無礼講といこうじゃないか」
ハッハッハッと魔王パパは豪快に笑う。
いつも、かなり無礼講だと思うのはあたしだけでしょうか……?
「比奈殿、ワタクシの用意した水着に早速着替えようじゃありませんか」
そう言いながら、魔王パパの側近でサポート役のフォルカスさんは、思った通りかなりキワドイ水着を手にしている。
青銀の長い髪を風に揺らせながら、金色の瞳で笑み一つ浮かべない顔で歩いてくるけど……服装は魔王パパとよく似た短パンとTシャツ。
うーん。魔界の偉い人がこんな格好でいいんだろうか?
まぁ、きっと他には誰もいないんだろうからいいのかな。
あたしがフォルカスさんが手にする水着を丁重にお断りしていると、長い黒髪に瑠璃色の瞳をした幼稚園児くらいの女の子が、王子の足下にガバッと抱きついてきた。
「主! 久しぶりだ!」
「お前も元気そうだな、レティ」
「うむ」
コックリと可愛く頷くレティちゃん。こっちは、フリルのいっぱいついた水着を着せてもらって、とっても可愛い。
……まさか正体が、古代種と呼ばれる魔界の神話に出てくる竜の生き残りだなんて事、知る人は少ないけどね。
「……オレだけ正装しているのが、バカらしくなってきたな」
王子はぼそりと呟くと、小さく指を振った。
すると、王子の服装がTシャツにジーパン姿に変わる。
あぁ……王子まで……。
ここが魔界だなんて、とても思えない姿の面々。
魔界ではみんな指折りの偉い人達なのに……。
「さて、人数は揃った。早速始めようではないか」
厳かに言い出した魔王パパ。
「一体何を始めるんですか?」
「比奈殿、日本の夏の風物詩と言ったらこれだろう」
魔王パパは、不敵にニヤリと笑うと長い髪の毛をかき上げた。
「風物詩?」
「そう! 流しソーメンだ!」
「流しソーメンですか!?」
「そうだとも」
フッフッフと肩で笑うと、魔王パパはフォルカスさんを振り返った。
「さぁ、フォルカス。準備だ!」
「はい、陛下」
やはり無表情のまま頷くと、フォルカスさんはパチンと指を鳴らした。
普通に考えると流しソーメンの準備は、かなり大変なはずなんだけど、さすがにここは魔界。
魔法という不思議な現象が日常茶飯事で起こる場所。
フォルカスさんの指パッチンで、どこからともなく竹が現れると、それらが真っ二つに裂け、みるみるうちに流しソーメンの台が組み上がった。
そして、魔王パパが宙に手を差し出す。
「水の精霊よ。私の元へ」
すると、どこからともなく水が集まり球状になっていく。
パパは水の球を流しソーメン台の一番上に浮かせると、そこからチョロチョロと竹の台に沿って水が流れ始めた。
「すごーい」
思わずパチパチと拍手をすると、隣にいた王子がフンと鼻を鳴らした。
「それくらい、オレにもできる」
「あはは……」
ムッとしていた王子を目ざとく見つけた魔王パパは、ニヤリと笑って王子を眺めた。
「王子よ、お前は流しソーメンを知っているかね?」
「む……ソーメンは知っている。この間食べたからな」
あ、そういえばこの前、お昼にソーメン作ったんだった。
でも王子は流しソーメンは知らないんだね。
「ではお前に、流しソーメンの極意を教えよう」
「極意……っ」
思わず息を飲む王子に、魔王パパは不敵に笑う。
「しかしっ! その前にすることがある!」
「それはなんだっ」
「ソーメンを茹でねばならんことだっ。後、付け汁も作らねばな」
「…………」
呆れて半眼になる王子を無視して、魔王パパはあたしの手をグッと握った。
「比奈殿、手伝ってはくれないかね」
「あ、はい。それくらいなら全然……」
「材料はあそこにあるからね」
「はい。茹でたらいいんですね」
「うむ」
ニコニコと笑う魔王パパ。
ここは魔法じゃないんですね。
いつの間にか用意されていたソーメン一式を前に、あたしは苦笑する。
さて、じゃ鍋もあることだし茹でなきゃね。
「オレも手伝う」
「いいの? 王子」
「オレがいた方が早く終わるだろう? 何をすればいい?」
「じゃ、この鍋に水入れて、沸騰させよう」
「うむ」
王子の魔法の助けもあり、ソーメンの準備は数分で終わった。
付け汁も作ろうと辺りを見渡すと、一体どこから用意したのか瓶に入ったカツオだしのおつゆがあった。
これ、明らかに人間界のスーパーで買ってきたよね……値札付いてるし……。
ま、いいや。
あたしは人数分のお猪口にめんつゆを注いでいく。
大きなザルに茹でたソーメンを入れ、各自に付け汁と箸を渡す。
「さぁ! 始めようではないか!」
気合い満々の魔王パパがおかしくて、くすくす笑ってしまった。
「では、参りますよ」
フォルカスさんは感情のない声と共に、最上段からソーメンを流していく。
ちなみに、順番は上から魔王パパ、あたし、レティちゃんに王子。
第一陣のソーメンが流れ出すと、魔王パパは素早く箸で絡め取った。
魔王パパの巧みな箸使いから逃れたソーメンを、今度はあたしがすくう。
そして更に残ったソーメンをレティちゃんが全部取っていってしまう。
「む! オレが食べれないではないか!」
「気付いたか王子よ……流しソーメンの極意その1!」
「な、なんだっ」
「流しソーメンはいわば戦いだ! 流れてくるソーメンは遠慮なく食べろ!」
「な、なんて傲慢なルールなんだ!」
「しかし、レディがいる場合はちゃんと残してすくわねばならん」
「なるほど。紳士の競技なのだな」
「そうだ。私を見習うといい」
「わかった」
……なんか熱い親子だなぁ。
あたしは笑うのを必死に我慢して、第二陣を待つ。
「陛下、次流しますよー」
「うむ。かかってきなさい」
気合いたっぷりに構える魔王パパと王子の親子。
なんだかんだ言って似た者親子だね。
続けて流れてくるソーメンの半分をパパが持って行く。
そして残った半分をあたしとレティちゃんとで分け合う。
「むむっ。またしてもオレが食べられないっ」
「極意その2! 紳士たるもの、ここで焦ってはならん」
「うむ。分かっている」
引き続きソーメンは次々と流れてくるけど、王子のところには……。
「親父! 少しは遠慮しろ! いつまで経ってもオレが食べれないではないか!」
焦れた王子が声を上げるが、魔王パパは真面目な顔でキッと王子を睨みつけた。
「ここで怒るようではまだまだだな」
「はっ! 流しソーメンとは、もしや人の忍耐力を試す競技なのか!?」
「またしても気付いたようだな、王子よ。それは極意その3だ」
「……奥が深いぞ、流しソーメン!」
「そうだとも」
最もらしく頷く魔王パパ。
しかし、ここで見てしまった。魔王パパの肩がプルプル震えているのを。
……王子をからかって遊んでるんだろうなぁ。
段々王子が不憫になってきたあたしは、王子に声をかけた。
「王子、場所を代わろうか?」
しかし王子は首を横に振った。
「いやいい。ここで場所を代われば、オレはただの卑怯者だ」
「いや……そんなに重く捉えなくても……」
「よく言った王子よ! お前にも流しソーメンのなんたるかが分かってきたようだな」
「まぁな」
王子はフッと不敵に笑う。
……本人がそう言ってることだし、いいのかな?
「いきますよ、陛下」
「うむ」
それでもやっぱりソーメンの配分は変わらない。
だけど、しばらく経つとソーメンと一緒に緑色の塊が流れてきた。
条件反射的に魔王パパがそれを取って、口に入れてしまう。
「あぁっ! ツーンってっ! 鼻にツーンってっ!」
どうやらフォルカスさんが、わさびの塊を一緒に流したらしく、口に入れてしまった魔王パパは悶絶する。
その間に流れてきたソーメンをあたしとレティちゃん、そしてようやく王子の口に入った。
「よし、食べられたぞ」
「よかったね、王子」
「うむ」
満足そうに微笑む王子が、なんとなく健気で可愛かった……。
王子、お城じゃ苦労してるんだろうなぁ。
だが、わさびはほんの序の口だった。
次に流れてきたものに、みんなは思わず目を丸くする。
「む! 何故金魚!?」
「なんか、なまぐさっ!」
「赤い色が鮮やかだ……」
「というか、食べれんだろう!」
みんなの集中砲火を浴びたフォルカスさんは、深々と一つ頷いた。
「飽きました」
あ、ソーメン流すのに飽きちゃったって事だね。
すると魔王パパが『もういい』と言った。
「私と交代だ」
「はい、陛下」
という事は、必然的にあたしの前がフォルカスさんになるわけで……。
「流すぞ、皆の者」
魔王パパは爪の長い手でソーメンを掴み、水の流れる竹にソーメンを流していく。
と同時に、フォルカスさんの手が素早く動く。
そして、魔王パパが流したソーメンを全部取っていってしまった。
「あ~! 少しは残してくださいよ!」
不満の声を上げたあたしに、フォルカスさんはチッチッチと指を振った。
「何をおっしゃいます。こういうものは食べたもん勝ちですよ」
「なに! 話しが違うではないか!」
ここであたしと同じく不満の声を上げた王子を、フォルカスさんは悠然と見下ろした。
「王子……ここではワタクシがルールです!」
「なんて傲慢なヤツだ。昔からお前のそういうところが気に入らないんだ!」
「なんとでもおっしゃいませ。ソーメンは渡しませんよ」
「なんだと!」
ギャーギャーと言い争いを始めた2人をよそに、魔王パパは変わらずソーメンを流していく。
「ほら、比奈殿。ソーメンを流すよ」
「あ、きたきた。レティちゃん、今のうちに食べちゃおうねぇ」
「うむ」
女子2人でソーメンを食べていると、魔王パパは感慨深げに何度か頷いた。
「今日も平和でなによりだ」
「さて、お腹もいっぱいになった事だし、ここはやはりビーチボールで遊ぶとしようではないか」
魔王パパはどこからともなくビーチボールを取り出すと、ぷぅっと息を吹き込んで膨らまし始めた。
すると、シュタっとフォルカスさんが手を挙げた。
「ビーチでボールといったらやはり、ビーチバレーでしょう。陛下、ワタクシはビーチバレーを提案いたします」
「うむ、承認しよう」
魔王パパの鶴の一声で決まってしまったビーチバレー……チーム分けは当然、魔王パパとフォルカスさんチームとあたしと王子チーム。レティちゃんは審判ということになった。
「でもあたし、バレーのルールはよく知りませんよ」
そう言ったあたしに、フォルカスさんは真顔で頷いた。
「大丈夫ですよ、比奈殿。とにかく相手のコートに力いっぱいボールを叩き込めばいいんです。ルールなんてあってないようなものですからね」
「……いや、ルールは必要だと思いますけど……」
「そうですか?」
無表情のフォルカスさんに、なんとなく不吉な予感が頭をよぎる。
「王子はルール知ってる?」
「この間、体育の授業でバレーボールをちょっとやったから、なんとなく分かる」
王子は拾ってきた棒きれで、がりがりと砂浜にコートを描いていたけど、何かを思いついたのか、ふと顔を上げた。
「ただゲームをするのではつまらんな。せっかくだ、何か賭けないか?」
「いいのかね? 自分を追い込むことになるぞ?」
ニヤニヤと魔王パパが笑う。
「要は勝てばいいのだろう」
「よく言った王子。よし、何かを賭けることにしよう」
膨らまし終えたボールを片手で弄びながら、魔王パパは低く唸った。
「よし、では我々が勝ったら、比奈殿が即、嫁に来るということに……」
「ちょっと、勝手にあたしの人生を賭けるのは止めてください!」
「勝てばいいのだよ、比奈殿」
「それでもダメです!」
「ふぅむ、困ったね」
本気で困った顔をする魔王パパにあたしは背筋がゾクッと震えた。
マズイ……ちゃんと見てないと、変な事を要求されそうだ……。
「では、我々が勝ったら比奈殿と添い寝」
「なんでですか! ダメです!」
「では、我々が勝ったら比奈殿が私の背中を流す」
「えぇっ!」
「ダメか。なら……」
「何故、陛下ばかりの要求なのです。ワタクシの希望も聞いていただきたい」
「何かいい案があるかね?」
ここでもあたしは嫌な予感に駆られる。
だってフォルカスさんのことだから、絶対まともな事は要求してこないはず!
「ワタクシ達が勝ったら、比奈殿と混浴! もちろん素っ裸で!」
「絶対に嫌です!」
やはりと言うべきか……とんでもない事を言い出すフォルカスさん。
「フォルカスさん、変態っぽいですよ」
「っぽいのではなくて、変態なのですよ」
「あ、自分で認めちゃうんだ……」
「比奈、フォルカスの言うことはまともに受け取るなよ」
「失礼ですね、王子。ワタクシがいつ、まともじゃない発言をしましたか?」
「今だ今!」
「やはり失礼ですね。ワタクシは本気ですよ」
「だから困るんだ!」
……ダメだこの2人。相性が悪すぎる……。
これ以上エスカレートしないうちに、あたしは魔王パパに向かって挙手をした。
「はい、魔王パパ!」
「なにかね」
「負けたチームは夕飯の準備をするというのはダメですか?」
「夕飯はみんなでバーベキューにしようかと思っていたんだが……その準備ということかな?」
「そうです」
「ふむ。まぁ、いいだろう。やや、面白味に欠けるがね」
……面白味はなくてもいいと思います。
口には出さないけど、本気でそう思った。
「では早速、プレイボール!」
それは野球ですよ、パパ……。
知らない間にコートにネットも張られ、試合が始まってしまった。
でも相手は190センチ以上ある長身の2人。
いくら王子の背が高いといっても、あたしの背が155センチ。
おまけに万年文化部のあたしが活躍できるワケもなく、相手のサーブやアタックがバンバン決まる。
というか、ボールのほとんどが王子の方に飛んでいってるなぁ……。
パパやフォルカスさんは王子をからかいたくて仕方ないんだね。
「ほら、王子よ、行くぞ。魔王アタック!」
「くっ! その程度で勝ったと思うなよ。レシーブ! 比奈、アタックだ!」
「え、えっと……アタック!」
「ちょこざいな! フォルカスブローック!」
フォルカスさんのブロックにあたしのアタックが跳ね返される。
あたし達のコートにボールが落ちた瞬間、レティちゃんの笛が鳴る。
「父上殿のチームに1点だ」
「ふふふ。どうする王子よ。10対0だよ」
不敵に笑う魔王パパに、王子は噛みつくように叫んだ。
「こっちは比奈がいるんだ。少しはハンデがあってもいいだろう!」
「ふむ。それもそうだね……ならば、ハンデを与えよう。10点ほどいるかね」
「いや、人数を増やす。こっちも背の高い選手を入れたい」
「ほぉ。一体誰かな?」
顎を撫でる魔王パパの前で、王子はニヤリと笑い複雑な印を結んだ両手を地に向ける。
「我が契約の前に現れ出でよ! 魔神ヘリオン!」
コート上に一瞬で魔法陣が描かれる。
魔法陣の中央の空気が揺らぎ、何かが現れた。
身長はゆうに5メートルは超え、山羊の角を持った凶悪な姿の魔神。
見覚えがある!
「アレは『瑠璃色の卵』の時に王子が従属化した魔神さん!」
「そう。ヘリオンだ。こんなところで役に立つとは思わなかったが……ヘリオン、ネットの前に立って、向かってきたボールを全てブロックだ!」
「承知した、我が主」
大地を震わせる低い声で、ヘリオンは頷いた。
そしてその巨体をネットの前に置くと、両手を大きく挙げた。
……なんか変な光景……。
「……ヘリオンはバレーのルール知ってるの?」
「知らなくても大丈夫だろ。来るボールをブロックするだけだし」
「そうだけど……」
巨大な魔神がネットの前に立ち両手を挙げてる姿に、魔王パパは楽しそうに笑った。
「はっはー! 上位魔神を召喚したか! なかなかやるな王子よ!」
「当たり前だ。これくらいは朝飯前だ!」
フンと鼻を鳴らし、王子は不敵に笑った。
……なんか凄いことになったなぁ。
壁のごとく立ち塞がるヘリオンの向こうでは、フォルカスさんがサーブをする。
「そーれっ」
明らかにTVの見過ぎと思われるかけ声と共に、フォルカスさんの打ったボールが飛んでくる。
しかし、ここは助っ人ヘリオンの活躍の場。
「ブローック」
低いかけ声と共にサーブボールをネット際で叩き返し、しっかりとブロックする。
ボールは凄い勢いで、魔王パパ達のコート内に落ちていった。
ここでレティちゃんの笛がピピッと鳴る。
「主達に1点」
「よしっ! やったな、ヘリオン」
「やっと、1点かぁ~」
「これからがオレ達の反撃だ」
「そうだね」
まさに王子の言ったとおりだった。
相手がどんなボールを打ってこようとも、魔神ヘリオンの敵ではなかった。
「フォルカス、スペシャルアターック!」
「ブローック」
「魔王、ミラクルサンダーアターック!」
「ブローック」
「フォルカス、ワンダフルビューティフォーアターック!」
「ブローック」
「魔王……えー、とにかく凄いアターック!」
「ブローック」
なんてことをやっているうちに、とりあえず同点まで持ち込めた。
ぶっちゃけ、ヘリオンの一人舞台であたしと王子はサーブを打っては、ただ見てるだけ。
「……暇だね」
「……そうだな」
しかし魔王パパたちは、汗だくになってヘリオンと対峙している。
「くっ! たかが上位魔神にいいようにやられているなっ」
「通常戦闘でしたら、とっくに片は付いているのですが……っ」
「まさかここまで追い詰められるとは……。仕方ない。ここは最終手段だっ!」
「陛下、まさか……っ」
「そのまさかだ。目には目を……というヤツだな」
言うなり魔王パパは、右手を地面にかざした。
「我が呼びかけに応えよっ!」
瞬間、渦を巻くようにして魔王パパ達のコートに魔法陣が描かれる。
その中央から現れたのは、魔王パパと同じ背丈くらいの人のようだった。
いや……冷たさを漂わせたかなりの美形さんなんだけど、頭に立派な山羊角を持って銀色の長い髪をなびかせている様子からして、きっと『人』じゃないんだろうな。
魔王パパはニヤリと笑うと同時に、あたしの横にいた王子がはっと息を飲んだ。
「親父のヤツ……っ」
「な、なに、王子? あれ誰なの?」
「魔神王を呼び出したなっ」
「へっ?」
とりあえず、何か凄いモノを呼び出したらしいことは分かるけど……。
すると、王子曰く魔神王は魔王パパを見るなり、不敵に笑いながら口を開いた。
「我が友よ。何用かな?」
「久しいな。実は息子とビーチバレーの最中なのだが、目の前の上位魔神が邪魔でね」
「なるほど」
魔神王は頷くと、ヘリオンにちらりと視線を送った。
魔神王と目が合った瞬間、ヘリオンの体がびくりと震える。
「……王……」
ヘリオンが呟く。
その呟きを聞いた瞬間、すっと魔神王の目が細められた。
「ヘリオンよ。我が友の邪魔はしないことだ。いいな」
「承知した、王よ」
ヘリオンがはっきりと答える。
あたしの横では王子が小さく舌打ちをした。
「やはり、魔神王の方が強制力は上か……っ」
「どういうこと?」
あたしが尋ねると、王子は渋い顔でちらりと視線をくれた。
「あれは魔神の中の王だ。ヘリオンは契約主であるオレより、王の命令をきく」
「え、それじゃ……」
「ヘリオンは使えなくなったということだ。それにしても……」
王子はキッと魔王パパを睨むと、噛みつくように叫んだ。
「汚いぞ親父! 魔神はこちらのハンデのはずだ!」
「だって、その魔神がいると私達のアタックが決まらないのだよ」
『ねー』と魔王パパは魔神王と向き合ってニコリと微笑んだ。
「くそっ! 大人げないヤツだっ」
「どうするの王子っ」
「何を召喚しても、親父はその上のヤツを召喚してくるだろう。まったく、子供かアイツは!」
「……王子と楽しく遊びたいんだよ」
「オレで遊びたいの間違いじゃないのか?」
「あ、言えてる」
「なんとか鼻をあかしたいところだが……」
王子はキッと魔王パパを睨みつける。
しかし、ヘリオンが無力化されたのは痛い。
当然、あたし達に勝ち目はなく、結果は大敗。
そして……。
「なんでオレがジャガイモの皮を剥かねばならんのだ!」
「それはあたし達が、パパ達に大敗したからでしょ~」
「わかっている」
ムスッと口をへの字に曲げながら、王子はジャガイモの皮を剥いていく。
「上手じゃん、王子」
「……褒められてもあまり嬉しくないな」
「そう?」
「お前は手早いな。やはりいつも料理をしているからだな」
「そうだねぇ」
王子はブツブツ言いながら手を動かしているけど、あたしは大して苦でもない。
だって毎日、食事を作ってるからね。
「我が主……コレを切ると涙が出る……」
王子の隣では、ヘリオンが巨体を丸めて玉ねぎを切っている。
そう……敗者としてヘリオンにも手伝ってもらっているんだ。
変な光景だけど、人手が多いに超したことはない。
「我慢しろヘリオン。ゲームに負けたのはお前にも責任がある」
「しかし、我が主……」
「言い訳は聞かんぞ」
「……承知した」
「王子、あんまりヘリオンをいじめないでよ」
「別にいじめてないぞ」
あたし達がバーベキューの準備をしている横では、パパ達とレティちゃん、後は何故か魔神の王様までもがバレーボールを続行している。
……いつの間にか人数増えてるし……。
ヘリオンと魔神の王様もバーベキュー食べていくのかなぁ。
「もうちょっと多めに切っておこうか」
「……そうだな」
王子も同じ事を考えていたんだろう。
向こうで楽しそうに遊んでいる一行を見ながら、王子は小さく呟いた。
「さて、お待ちかねのバーベキューだ。魔神の諸君も楽しんでいってくれたまえ」
当然の様に言い出した魔王パパ。
やっぱり、魔神さん達も一緒なんだね……。
肉や野菜はたっぷり用意してある。
しかし、やはりというべきか、肉の消費量がやたらと激しい。
「親父、年寄りは野菜を食え野菜を!」
「何を言う。若い者こそ野菜を食べなさい。背が伸びるよ」
「ウソをつけ!」
親子でギャーギャーやってる間にも、魔神2人はやたらと肉を食べている。
……魔神って肉食なのかな……。
あたしやレティちゃんも隙をねらって肉を食べてたりしたけど、王子は魔王パパとフォルカスさんの妨害で、ほとんど肉を食べられなかったみたい。
……可哀想に……。
「魔界の王よ、ご馳走していただいてとても嬉しかった」
満足そうな笑みを浮かべた魔神王は、魔王パパに向かってそう言った。
「おお、魔神王よ、もう帰るのかね?」
「うむ。やり残した仕事が溜まっているのでな。ヘリオンを連れて帰るとしよう」
「そうか。では、また会おう」
「うむ。帰るぞ、ヘリオン」
「承知した。我が主、また用があればなんなりと」
「あぁ」
王子は恭しく頭を下げるヘリオンに、手を上げて投げやりに答えた。
それが合図だったかのように、魔神2人の姿がすーっと消えてしまった。
そうこうしているうちに、日も暮れてきて、空には月や星が浮かんできた。
もうそろそろ帰るのかなと思いきや、フォルカスさんはウキウキと何かを取り出した。
……フォルカスさんがウキウキしてると、なんか嫌な予感がするのは気のせいでしょうか?
「それでは、夜も更けてきたことですし、夏と言ったらコレでしょう」
ジャン、とフォルカスさんが出したのはなんと花火セットだった。
しかもなんだか、あたしがよく見かけるものと比べると、だいぶ大きめな……。
「これ、人間界の花火じゃないですよね? 魔界の花火ですか?」
あたしが聞くと、フォルカスさんは金色の目であたしを見下ろした。
「いいえ、これは人間界で購入したものです。ただし、ワタクシが少々大きくしてみましたが」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。ではとりあえず、景気づけに一つ」
そう言いながらフォルカスさんが手に取ったのは、超巨大なロケット花火。
どれくらい大きいかと言うと、先端部分に人が乗れちゃうほどの大きさ。
フォルカスさんはロケット花火を海に向けてセットし、おもむろににまたがると、キョトンとしていた魔王パパを振り返った。
「さ、陛下。点火をお願いいたします」
「これが人間界の花火かね? 私は初めて見るが……ここに火をつけたらいいのかな?」
ロケット花火から伸びている導火線を指さすと、フォルカスさんは頷いた。
「そうです、陛下」
「では早速」
指先に炎を灯すと、魔王パパは導火線の先に火を付けた。
シューと導火線が短くなっていくのを確かめて、フォルカスさんは王子を見つめた。
「羨ましいでしょう、王子」
「どこかへ飛んでいけ、バカ者」
「ではお言葉に甘えて」
導火線がどんどん短くなっていき、ロケット花火に火が移る。
瞬間、ピューという音と共に、ロケット花火が発射。
フォルカスさんを乗せたまま、凄い勢いで海上を飛んでいってしまった。
人が乗れるロケット花火っていうのも凄いけど、それに乗ってしまったフォルカスさんに少なからず尊敬の念を覚えてしまった。
……普通、乗らないって……。
呆れと尊敬の視線でフォルカスさんを追っていく。
フォルカスさんを乗せたロケット花火は、ピューと音を残したまま、まず海上を走り、その後に方向転換。
空に向かって一回転したかと思えば、今度は海に向かって飛んでいった。
シュゴゴゴゴッとこっちに向かって海中を進んだかと思えば、ピューと空へ舞い上がる。
高く高く舞い上がる。
そして、大きな満月をバックに、パンと大きな音と共にロケット花火が爆発。
フォルカスさんの髪の毛もパンッと爆発……。
そのまま落下し、ポチャンと海に落ちてしまった。
……だ、大丈夫なの? フォルカスさん……。
「おおっ。なんということだ……」
魔王パパが身を乗り出すけど、王子は半眼になって一部始終を眺めていた。
「この花火は使用禁止だな」
「っていうか、そもそも乗り物じゃないんだけど」
「そうなのか?」
王子は目を開いてあたしを見る。
すると、レティちゃんが王子の足下にガシッとつかまってきた。
「主! 私も乗りたい!」
「ダメだ。今のフォルカスを見ただろう? レティは乗ってはダメだ。というか、フォルカス以外は乗るのを禁止だ」
「主~」
それでも諦めきれない様子で、レティちゃんは王子に詰め寄る。
その時、ザバーッと海の中から何かが現れた。
ちぢれた長い髪に海藻をまとわりつかせ、あたしに向かってヨタヨタと歩み寄ってくる。
「いやー! 化け物~!」
「失礼ですね、比奈殿」
海藻お化けから、憮然とした声が返ってくる。
「あ……もしかしてフォルカスさんですか?」
「もしかしなくてもワタクシです。比奈殿はワタクシの美しさを分かっておられない」
「いえ……そんなことないですけど……今のフォルカスさんの姿を見たら、ちょっと引きますよ」
「なんと……っ」
フォルカスさんは一瞬絶句すると、どこからともなく鏡を取り出し、今の自分の姿を映し出した。
「なるほどコレはひどい……」
「でしょ?」
ようやく納得してくれると、フォルカスさんはパチンと指を鳴らした。
すると、海藻がどこかへ消え、髪の毛も元のキレイなロングに戻り、服まで乾いてしまった。
「便利ですね……」
「比奈殿も、『琥珀色の風』の時、王子から魔法を教わったじゃありませんか。後々の為にもっといろいろと勉強されておくといいでしょう」
「そうですね」
よし……今度また、王子にいろいろ教えてもらおうっと。
とりあえず、フォルカスさんは元気そうなので、安心して王子達の方を見ると、花火セットの山の中から、魔王パパが何やら黒い塊を手にしている所だった。
黒い塊……。
ちょっと待ってっ。アレはまさかっ!
「魔王パパ。それに火を付けちゃダメですーっ!」
「む? 何故かね?」
と言って振り向いた魔王パパの手の上では、黒い塊が煙を上げている。
ああっ……遅かったか……っ。
説明するよりも早く、黒い塊からシューと煙が上がると同時に、モリモリモリと黒い物体が盛り上がってくる。
「おおっ!?」
魔王パパは思わず声を上げるけど、あっという間に黒いモリモリに埋もれてしまう。
その様子を見て、王子は声を上げて笑い出した。
「凄いな、親父。その花火、まるでうん……」
「ダメー! 言っちゃダメーっ!」
「何故だ?」
キョトンと王子は紅い目を丸くするけど……。
おそらく魔王パパが手に取ったのは、ヘビ花火。
これに火を付けた事がある人なら、魔王パパがどうなったかお解りでしょう……。
巨大ヘビ花火に埋もれてしまった魔王パパは、黒い塊からズボッと顔を出した。
「一体、どうなっているのかね?」
「教えてやろう。今の親父はうん……」
「言っちゃダメだってば、王子!」
「だから、何故だ?」
「なんでも!」
「変なヤツだな」
王子は不思議そうにあたしを眺める。
言えない……そして、言わせられない……。
まさか魔王パパが、う……に埋もれているみたいだって……っ。
「いい眺めだな。とても民にはとても見せられない姿だ」
とりあえず、王子は魔王パパの姿が気に入ってしまったようで、指を差して笑っている。
魔王パパは不思議そうな顔で、ズボズボッと黒い塊から這い出してきた。
そして黒い塊の全景を眺めたところで、『ふむ』と唸った。
「なるほどな。王子があれだけ笑っていたワケが分かった。確かにこれは、まるでう……」
「わーっ! わーっ!」
「どうしたのかね? 比奈殿」
「な、なんでもないですっ」
魔王パパも不思議そうな顔であたしを見る。
パパにも言わせられない……っ。
あたしは話題を変えようと、必死に花火の山を漁った。
すると出てきたのは、巨大なネズミ花火。
「これ! これしましょう!」
あたしが慌ててみんなの元へ駆け寄ると、フォルカスさんが何度か頷いた。
「ネズミ花火ですね。比奈殿、お目が高い」
「……フォルカスさんにそう言われると、ちょっと不安です……」
「そうですか? まぁ、とりあえず点火といきましょう」
あたしが地面に置いたネズミ花火に、フォルカスさんは早々と点火する。
次の瞬間、シュルシュルとネズミ花火が勢いよく回転し始めた。
ちょっと待ってよ、このネズミ花火はあたしの顔の大きさくらいある。
これだけ巨大だと……。
「ちょ、ちょっとっ。あたしが離れてから点火してくださいよっ」
「もう遅いですよ、比奈殿」
フッフッフと、珍しくフォルカスさんが含み笑いをこぼす。
マズイ! これはマズイっ!
フォルカスさんが楽しそうだと、ろくな事にならない。
これは今までの体験から学んだ事。
案の定、巨大ネズミ花火はたくさんの火花をまき散らしながら、あたしの周りを凄い勢いで回転する。
「きゃーっ!」
「大丈夫か、比奈」
あたしの悲鳴に、王子は慌てて駆け寄ってくるけど、ネズミ花火に阻まれて近づけない。
「くそっ。今、消してやるぞ」
「ダメですよ、王子。ルール違反です」
「なんのルールだ!」
噛みつくように、王子が叫ぶ。
「やーっ! 助けて王子っ!」
「待ってろ比奈、すぐ行くっ」
「いやぁ、麗しき恋人たちの姿だねぇ」
魔王パパはのんきに言うけどーっ!
しかし王子が来てくれるよりも先に、ネズミ花火が方向転換した。
それはつまり、楽しそうに見ていたフォルカスさんや魔王パパ、レティちゃん達の方へ回転しながら向かって行ったって事。
「おおっ! こっちへくるぞ!」
「おかしいですね。こんな筈ではなかったのですが」
「なにやらキレイだぞ、主」
そんな事を言っている間にも、ネズミ花火は3人へ迫っていく。
「よし。今日はこれでお開きだ!」
迫ってくる花火を見るなり、魔王パパはシュタッと手を上げた。
「そうですね、陛下。それではお2人とも、お疲れでした! ほら、レティ嬢も」
「主。でした!」
3人は口々に言うなり、『ひゃー』と悲鳴を上げてネズミ花火から走って逃げて行ってしまった。
「……なんなんだ、あいつらは……」
王子は呆然とそれを見送るけど……っ。
「王子、花火がまたこっちに来るよっ!」
「なにっ? 意志があるのか?!」
いまだ勢いの衰えない巨大ネズミ花火は、渦を巻きながらあたしの方へ再び迫ってくる。
「やー! どうしようっ」
「海に入れ、比奈!」
「そうだ!」
あたしは王子の言ったとおり、ネズミ花火から逃げながら、海へザブンと飛び込んだ。
すると、あたしを追ってきたネズミ花火が海に浸かり、ポシュっと小さな音を立てて、火が消えてしまった。
「やった!」
あたしが海の中でガッツポーズを決めると、王子がニヤニヤしながらサブサブと海の中へ入ってきた。
「楽しそうだな。オレも入るか」
「え、なんで……って、わっ!」
あたしは思わず後ずさりをしてたんだけど、急に足場が深い場所に足をとられ、そのまま海中に沈んでしまった。
あ、足が……足が届かないっ!
「言わんこっちゃない」
王子は苦笑すると、あたしを抱きかかえて、水中から助け出してくれた。
「ぷはっ」
「このあたりはちょっと深い場所があるんだ。お前の背じゃ、まず沈むだろうと思ってな」
「もうっ! 先に言ってよ!」
「悪かった」
王子はくすくすと笑いながら、あたしを抱く手を離さなかった。
「お、王子……もう大丈夫だから離しても……」
「いいのか、離して? また沈むぞ」
「ええっ! やっぱ離しちゃダメ!」
「だろ?」
王子は肩を震わせ、クックと笑う。
「あいつ等がいてこんな事できなかったんだ。少しは近くにいさせろ」
「王子……」
紅い目を強く光らせてそんなこと言われたら……ジッとしてるしかないじゃん……。
あたしは頬を赤らめながら、落ちないように王子の首に腕を回した。
するとヒューという音が聞こえ、次にパンと何かが弾けた。
頭上を見上げると、打ち上げ花火がいくつも空に大輪の花を咲かせている。
「綺麗……」
「……親父だな。余計なマネを」
王子はふっと目だけで笑うと、あたしをギュッと抱きしめた。
「王子っ」
「また来よう。今度は2人だけで」
「そうだね……」
あたし達はそうやって、しばらくの間、魔王パパのプレゼントを堪能していた。
海に浸かったままだったので、すっかり体が冷えたあたしは、翌日、ちゃっかりと風邪をひいてしまったけどね……。









