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      <title>小学館：ルルル文庫／WEB小説_愛玩王子</title>
      <link>http://lu3.gagaga-lululu.jp/aiganouji/</link>
      <description>ルルル文庫WEB小説</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
      <lastBuildDate>Fri, 24 Jul 2009 16:48:20 +0900</lastBuildDate>
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            <item>
         <title>魔界の夏休み</title>
         <description><![CDATA[　それは、夏の暑い日の事だった……。
　学校は夏休みに入り、被服部に所属しているあたしは特に学校へ出向く用事もなかった。
　外は朝からセミの大合唱。
　あまりの暑さにコンビニにアイスを買いに行っただけでも、汗が吹き出してきた。「あっつ～い……」
　あたしは部屋のエアコンをつけて、涼しい風が直接あたる場所で文明の利器を堪能していた。
　すると、体長10センチ程の小さな人形がぴょんと机の上に乗り、口を開いた。
「まったく、これくらいの暑さでへばるようでは、まだまだだな」
　全身黒ずくめの小人さんは、腕を組んであたしを見上げた。
　一緒に買い物に出たのに……しかも全身真っ黒の衣装なのに、王子は汗一つかいていない。
「何が、まだまだなのかわかんないけど……王子、暑くないの？」
「これくらいはどうってことない。魔界にはもっと暑い場所がたくさんあるぞ」
　鴉の羽の色をした髪をさらりと揺らして、鮮やかな紅い目をキョトッと動かし、きっぱりと言ってのける王子。
　そう……今はとっても可愛いミニチュアな彼は、こう見えてもれっきとした魔界の王子様。
　そして、あたしの彼氏さんでもある……。
　今はワケがあって小さな姿になっているけど、本当の姿はかなりカッコイイ。
　あたしは買ってきたばかりのアイスを取り出すと、王子の目の前に置いた。
「はい、アイス。バニラがいいんだよね？」
「うむ」
　しっかりと頷くと、王子はバニラのカップの蓋を小さな両手で外しにかかる。
「開けてあげようか？」
「いや、大丈夫だ」
　『むむむ』と唸りながらスポンと蓋を開けると、王子は両手でスプーンを握り、アイスに挑みかかる。
　あたしも、自分用に買ってきたストロベリーのアイスの蓋を開けると、スプーンで一口、口に含んだ。
「ん～。冷た～い！」
「比奈のアイスも一口くれないか？」
「いいよ～」
　あたしは王子のカップに、ストロベリーのアイスを分けてあげた。
　そして、お返しとばかりに王子のカップからバニラアイスをスプーンで一杯取る。
「王子のもちょうだいね」
「あぁ、かまわんぞ」
　外の気温が30度を超える暑さの中、エアコンの効いた部屋でアイスを食べる。
　間違いなく、至福の時だね。
　しかし、こんな至福の時間を邪魔するかのように、突然部屋の窓が開いた。
　むわっとした熱気と一緒に部屋へ入ってきたのは、一匹の白い猫だった。
「わっ！　びっくりしたっ」
「む？　ライアじゃないか」
　あっさりと言ってのける王子の小さな顔を、あたしは覗き込んだ。
「え、王子の知り合い？」
「猫の姿になって散歩をしていると、時々出会う。野良猫のライアだ」
　そういえば、王子は黒猫の姿になってたまに散歩に出掛けるなぁ。
「どうしたんだ、ライア」
　しかし、尋ねる王子を無視すると、白猫のライアはあたしに向かってバッと前脚を広げた。
「さぁ、比奈殿。愛らしいワタクシを、その小さな胸にギュッと抱きしめるとよろしいでしょう！」
　突然人間の言葉を喋りだしたライア。だけどあたしはあまり驚きはしなかった。
　何故なら、あたしを『比奈殿』と呼んだり、自分の事を『ワタクシ』と言ったりする人物には覚えがあったからだ。
「……その話し方はフォルカスさんですね……ってか小さな胸って……一言多いです！」
　広げられた小さな脚をペシっとはたく。
　まったく、失礼しちゃうなぁ。
「一体なんだ。突然来て」
　王子は半眼になってフォルカスさん（？）を見つめた。
「その辺を歩いていた猫に少々体を借りてみたんです。いきなりお２人を訪ねた非礼はお詫びしますが、そう邪険にしなくてもよろしいではありませんか」
「お前が来ると、大抵がトラブルの始まりだからだ」
　きっぱりと言い放った王子に、フォルカスさんは猫の姿で器用にため息をついた。
「せっかくお２人を、このとても暑い場所から救い出して差し上げようというのに、つれないですねぇ」
「どういう意味ですか？」
　あたしが尋ねると、フォルカスさんは何度か頷いた。
「実は今、ワタクシと陛下は避暑地に来ておりましてね、せっかくだから王子と比奈殿を誘ったらどうかと陛下がおっしゃるので、お迎えに参った次第です」
「避暑地？　ロメリア島に来ているのか？」
「はい、王子」
「え、なに島？」
　思わず尋ねたあたしに、王子はちらりと紅い視線を流した。
「ロメリア島だ。小さな島だが代々魔王一族だけが避暑に使う島だ。人間界で言う王室専用のプライベートビーチだな」
「そんなのあるんだ」
「まぁな」
　王子はフフンと鼻を鳴らすと、ちらりとあたしを見上げた。
「ここで暑さにへばっていても仕方ない。どうせ暇だから行ってみるか、比奈？」
「うん。行く行く！」
「でしたら、早々に参りましょう。陛下もお待ちですし」
　ちょいちょいと白い猫は手招くけど……。
「準備くらいさせて下さいよ」
「そのままで結構ですよ。比奈殿の水着は用意してございます！」
「……なんか嫌な予感がするんで、自分で持って行きます」
「信用されてないですねぇ」
　……フォルカスさんの事だから、キワドイ水着とか用意してそうだもんなぁ。
　あたしは手早く、水着や着替えを準備するとバッグに詰めた。
「よし。準備ＯＫ！」
「忘れ物はないか？」
「うん、大丈夫。あ、エアコン切らなきゃ」
　ピッとエアコンの電源を落とすと、白い猫のフォルカスさんは何度か頷いた。
「それでは参りましょう」
　言うなり、フォルカスさんな白猫は、ポンポンと手を叩いた。
　瞬間、ふわりとした浮遊感。
　そして景色が一変した。



　まず目に入ってきたのは、エメラルドグリーンの綺麗な海。
　そして、ヤシの木を連想させる緑が鮮やかな植物の数々。
　潮風が涼しげに吹いていて、あたしは胸一杯に空気を吸い込んだ。
　フォルカスさんの魔法のお陰で、あたし達は一瞬のうちに魔界のロメリア島の砂浜に来ていた。
　足下にいた小さな王子の姿がゆらりと揺れたかと思うと、次の瞬間にはあたしを軽々と見下ろす長身の王子に姿を変えた。
　いや、こっちの方が元の姿なんだけどね。
　ゆっくりと流れてくる潮風を受けながら王子は小さく笑うと、あたしの頭をポンポンと撫でた。
「せっかくだ。ゆっくりしていこう」
「うん」
　切れ長の紅い瞳に、あたしは頷く。
　すると、不意に後ろから声がかかった。
「よく来たね、２人とも」
　風に乗ってくる低い声に振り向くと、魔王パパがいた。
　魔界を統べる魔王パパは威厳たっぷりで、王子のお父さんだ。
　長い黒髪をなびかせ、額には銀のサークレット。瞳の色は王子よりも鮮やかな赤い色をしている。
　しかし、今日はいつも程の『魔王様！』と言った圧迫感がなかった。
　きっと、今はゾロゾロした魔王様の正装ではなく、黒い短パンにＴシャツといったかなりラフな格好だからだね。
　そしてジュース片手に、麗しいお顔でニッコリと微笑んでくれる。
「いらっしゃい、比奈殿。楽しんでいくといい」
「あ、はい。お招きありがとうございますっ」
「そんなに硬くならなくてもいいよ。今日は無礼講といこうじゃないか」
　ハッハッハッと魔王パパは豪快に笑う。
　いつも、かなり無礼講だと思うのはあたしだけでしょうか……？
「比奈殿、ワタクシの用意した水着に早速着替えようじゃありませんか」
　そう言いながら、魔王パパの側近でサポート役のフォルカスさんは、思った通りかなりキワドイ水着を手にしている。
　青銀の長い髪を風に揺らせながら、金色の瞳で笑み一つ浮かべない顔で歩いてくるけど……服装は魔王パパとよく似た短パンとＴシャツ。
　うーん。魔界の偉い人がこんな格好でいいんだろうか？
　まぁ、きっと他には誰もいないんだろうからいいのかな。
　あたしがフォルカスさんが手にする水着を丁重にお断りしていると、長い黒髪に瑠璃色の瞳をした幼稚園児くらいの女の子が、王子の足下にガバッと抱きついてきた。
「主！　久しぶりだ！」
「お前も元気そうだな、レティ」
「うむ」
　コックリと可愛く頷くレティちゃん。こっちは、フリルのいっぱいついた水着を着せてもらって、とっても可愛い。
　……まさか正体が、古代種と呼ばれる魔界の神話に出てくる竜の生き残りだなんて事、知る人は少ないけどね。
「……オレだけ正装しているのが、バカらしくなってきたな」
　王子はぼそりと呟くと、小さく指を振った。
　すると、王子の服装がＴシャツにジーパン姿に変わる。
　あぁ……王子まで……。
　ここが魔界だなんて、とても思えない姿の面々。
　魔界ではみんな指折りの偉い人達なのに……。
「さて、人数は揃った。早速始めようではないか」
　厳かに言い出した魔王パパ。
「一体何を始めるんですか？」
「比奈殿、日本の夏の風物詩と言ったらこれだろう」
　魔王パパは、不敵にニヤリと笑うと長い髪の毛をかき上げた。
「風物詩？」
「そう！　流しソーメンだ！」
「流しソーメンですか!?」
「そうだとも」
　フッフッフと肩で笑うと、魔王パパはフォルカスさんを振り返った。
「さぁ、フォルカス。準備だ！」
「はい、陛下」
　やはり無表情のまま頷くと、フォルカスさんはパチンと指を鳴らした。
　普通に考えると流しソーメンの準備は、かなり大変なはずなんだけど、さすがにここは魔界。
　魔法という不思議な現象が日常茶飯事で起こる場所。
　フォルカスさんの指パッチンで、どこからともなく竹が現れると、それらが真っ二つに裂け、みるみるうちに流しソーメンの台が組み上がった。
　そして、魔王パパが宙に手を差し出す。
「水の精霊よ。私の元へ」
　すると、どこからともなく水が集まり球状になっていく。
　パパは水の球を流しソーメン台の一番上に浮かせると、そこからチョロチョロと竹の台に沿って水が流れ始めた。
「すごーい」
　思わずパチパチと拍手をすると、隣にいた王子がフンと鼻を鳴らした。
「それくらい、オレにもできる」
「あはは……」
　ムッとしていた王子を目ざとく見つけた魔王パパは、ニヤリと笑って王子を眺めた。
「王子よ、お前は流しソーメンを知っているかね？」
「む……ソーメンは知っている。この間食べたからな」
　あ、そういえばこの前、お昼にソーメン作ったんだった。
　でも王子は流しソーメンは知らないんだね。
「ではお前に、流しソーメンの極意を教えよう」
「極意……っ」
　思わず息を飲む王子に、魔王パパは不敵に笑う。
「しかしっ！　その前にすることがある！」
「それはなんだっ」
「ソーメンを茹でねばならんことだっ。後、付け汁も作らねばな」
「…………」
　呆れて半眼になる王子を無視して、魔王パパはあたしの手をグッと握った。
「比奈殿、手伝ってはくれないかね」
「あ、はい。それくらいなら全然……」
「材料はあそこにあるからね」
「はい。茹でたらいいんですね」
「うむ」
　ニコニコと笑う魔王パパ。
　ここは魔法じゃないんですね。
　いつの間にか用意されていたソーメン一式を前に、あたしは苦笑する。
　さて、じゃ鍋もあることだし茹でなきゃね。
「オレも手伝う」
「いいの？　王子」
「オレがいた方が早く終わるだろう？　何をすればいい？」
「じゃ、この鍋に水入れて、沸騰させよう」
「うむ」
　王子の魔法の助けもあり、ソーメンの準備は数分で終わった。
　付け汁も作ろうと辺りを見渡すと、一体どこから用意したのか瓶に入ったカツオだしのおつゆがあった。
　これ、明らかに人間界のスーパーで買ってきたよね……値札付いてるし……。
　ま、いいや。
　あたしは人数分のお猪口にめんつゆを注いでいく。
　大きなザルに茹でたソーメンを入れ、各自に付け汁と箸を渡す。
「さぁ！　始めようではないか！」
　気合い満々の魔王パパがおかしくて、くすくす笑ってしまった。
「では、参りますよ」
　フォルカスさんは感情のない声と共に、最上段からソーメンを流していく。
　ちなみに、順番は上から魔王パパ、あたし、レティちゃんに王子。
　第一陣のソーメンが流れ出すと、魔王パパは素早く箸で絡め取った。
　魔王パパの巧みな箸使いから逃れたソーメンを、今度はあたしがすくう。
　そして更に残ったソーメンをレティちゃんが全部取っていってしまう。
「む！　オレが食べれないではないか！」
「気付いたか王子よ……流しソーメンの極意その１！」
「な、なんだっ」
「流しソーメンはいわば戦いだ！　流れてくるソーメンは遠慮なく食べろ！」
「な、なんて傲慢なルールなんだ！」
「しかし、レディがいる場合はちゃんと残してすくわねばならん」
「なるほど。紳士の競技なのだな」
「そうだ。私を見習うといい」
「わかった」
　……なんか熱い親子だなぁ。
　あたしは笑うのを必死に我慢して、第二陣を待つ。
「陛下、次流しますよー」
「うむ。かかってきなさい」
　気合いたっぷりに構える魔王パパと王子の親子。
　なんだかんだ言って似た者親子だね。
　続けて流れてくるソーメンの半分をパパが持って行く。
　そして残った半分をあたしとレティちゃんとで分け合う。
「むむっ。またしてもオレが食べられないっ」
「極意その２！　紳士たるもの、ここで焦ってはならん」
「うむ。分かっている」
　引き続きソーメンは次々と流れてくるけど、王子のところには……。
「親父！　少しは遠慮しろ！　いつまで経ってもオレが食べれないではないか！」
　焦れた王子が声を上げるが、魔王パパは真面目な顔でキッと王子を睨みつけた。
「ここで怒るようではまだまだだな」
「はっ！　流しソーメンとは、もしや人の忍耐力を試す競技なのか!?」
「またしても気付いたようだな、王子よ。それは極意その３だ」
「……奥が深いぞ、流しソーメン！」
「そうだとも」
　最もらしく頷く魔王パパ。
　しかし、ここで見てしまった。魔王パパの肩がプルプル震えているのを。
　……王子をからかって遊んでるんだろうなぁ。
　段々王子が不憫になってきたあたしは、王子に声をかけた。
「王子、場所を代わろうか？」
　しかし王子は首を横に振った。
「いやいい。ここで場所を代われば、オレはただの卑怯者だ」
「いや……そんなに重く捉えなくても……」
「よく言った王子よ！　お前にも流しソーメンのなんたるかが分かってきたようだな」
「まぁな」
　王子はフッと不敵に笑う。
　……本人がそう言ってることだし、いいのかな？
「いきますよ、陛下」
「うむ」
　それでもやっぱりソーメンの配分は変わらない。
　だけど、しばらく経つとソーメンと一緒に緑色の塊が流れてきた。
　条件反射的に魔王パパがそれを取って、口に入れてしまう。
「あぁっ！　ツーンってっ！　鼻にツーンってっ！」
　どうやらフォルカスさんが、わさびの塊を一緒に流したらしく、口に入れてしまった魔王パパは悶絶する。
　その間に流れてきたソーメンをあたしとレティちゃん、そしてようやく王子の口に入った。
「よし、食べられたぞ」
「よかったね、王子」
「うむ」
　満足そうに微笑む王子が、なんとなく健気で可愛かった……。
　王子、お城じゃ苦労してるんだろうなぁ。
　だが、わさびはほんの序の口だった。
　次に流れてきたものに、みんなは思わず目を丸くする。
「む！　何故金魚!?」
「なんか、なまぐさっ！」
「赤い色が鮮やかだ……」
「というか、食べれんだろう！」
　みんなの集中砲火を浴びたフォルカスさんは、深々と一つ頷いた。
「飽きました」
　あ、ソーメン流すのに飽きちゃったって事だね。
　すると魔王パパが『もういい』と言った。
「私と交代だ」
「はい、陛下」
　という事は、必然的にあたしの前がフォルカスさんになるわけで……。
「流すぞ、皆の者」
　魔王パパは爪の長い手でソーメンを掴み、水の流れる竹にソーメンを流していく。
　と同時に、フォルカスさんの手が素早く動く。
　そして、魔王パパが流したソーメンを全部取っていってしまった。
「あ～！　少しは残してくださいよ！」
　不満の声を上げたあたしに、フォルカスさんはチッチッチと指を振った。
「何をおっしゃいます。こういうものは食べたもん勝ちですよ」
「なに！　話しが違うではないか！」
　ここであたしと同じく不満の声を上げた王子を、フォルカスさんは悠然と見下ろした。
「王子……ここではワタクシがルールです！」
「なんて傲慢なヤツだ。昔からお前のそういうところが気に入らないんだ！」
「なんとでもおっしゃいませ。ソーメンは渡しませんよ」
「なんだと！」
　ギャーギャーと言い争いを始めた２人をよそに、魔王パパは変わらずソーメンを流していく。
「ほら、比奈殿。ソーメンを流すよ」
「あ、きたきた。レティちゃん、今のうちに食べちゃおうねぇ」
「うむ」
　女子２人でソーメンを食べていると、魔王パパは感慨深げに何度か頷いた。
「今日も平和でなによりだ」
「さて、お腹もいっぱいになった事だし、ここはやはりビーチボールで遊ぶとしようではないか」
　魔王パパはどこからともなくビーチボールを取り出すと、ぷぅっと息を吹き込んで膨らまし始めた。
　すると、シュタっとフォルカスさんが手を挙げた。
「ビーチでボールといったらやはり、ビーチバレーでしょう。陛下、ワタクシはビーチバレーを提案いたします」
「うむ、承認しよう」
　魔王パパの鶴の一声で決まってしまったビーチバレー……チーム分けは当然、魔王パパとフォルカスさんチームとあたしと王子チーム。レティちゃんは審判ということになった。
「でもあたし、バレーのルールはよく知りませんよ」
　そう言ったあたしに、フォルカスさんは真顔で頷いた。
「大丈夫ですよ、比奈殿。とにかく相手のコートに力いっぱいボールを叩き込めばいいんです。ルールなんてあってないようなものですからね」
「……いや、ルールは必要だと思いますけど……」
「そうですか？」
　無表情のフォルカスさんに、なんとなく不吉な予感が頭をよぎる。
「王子はルール知ってる？」
「この間、体育の授業でバレーボールをちょっとやったから、なんとなく分かる」
　王子は拾ってきた棒きれで、がりがりと砂浜にコートを描いていたけど、何かを思いついたのか、ふと顔を上げた。
「ただゲームをするのではつまらんな。せっかくだ、何か賭けないか？」
「いいのかね？　自分を追い込むことになるぞ？」
　ニヤニヤと魔王パパが笑う。
「要は勝てばいいのだろう」
「よく言った王子。よし、何かを賭けることにしよう」
　膨らまし終えたボールを片手で弄びながら、魔王パパは低く唸った。
「よし、では我々が勝ったら、比奈殿が即、嫁に来るということに……」
「ちょっと、勝手にあたしの人生を賭けるのは止めてください！」
「勝てばいいのだよ、比奈殿」
「それでもダメです！」
「ふぅむ、困ったね」
　本気で困った顔をする魔王パパにあたしは背筋がゾクッと震えた。
　マズイ……ちゃんと見てないと、変な事を要求されそうだ……。
「では、我々が勝ったら比奈殿と添い寝」
「なんでですか！　ダメです！」
「では、我々が勝ったら比奈殿が私の背中を流す」
「えぇっ！」
「ダメか。なら……」
「何故、陛下ばかりの要求なのです。ワタクシの希望も聞いていただきたい」
「何かいい案があるかね？」
　ここでもあたしは嫌な予感に駆られる。
　だってフォルカスさんのことだから、絶対まともな事は要求してこないはず！
「ワタクシ達が勝ったら、比奈殿と混浴！　もちろん素っ裸で！」
「絶対に嫌です！」
　やはりと言うべきか……とんでもない事を言い出すフォルカスさん。
「フォルカスさん、変態っぽいですよ」
「っぽいのではなくて、変態なのですよ」
「あ、自分で認めちゃうんだ……」
「比奈、フォルカスの言うことはまともに受け取るなよ」
「失礼ですね、王子。ワタクシがいつ、まともじゃない発言をしましたか？」
「今だ今！」
「やはり失礼ですね。ワタクシは本気ですよ」
「だから困るんだ！」
　……ダメだこの２人。相性が悪すぎる……。
　これ以上エスカレートしないうちに、あたしは魔王パパに向かって挙手をした。
「はい、魔王パパ！」
「なにかね」
「負けたチームは夕飯の準備をするというのはダメですか？」
「夕飯はみんなでバーベキューにしようかと思っていたんだが……その準備ということかな？」
「そうです」
「ふむ。まぁ、いいだろう。やや、面白味に欠けるがね」
　……面白味はなくてもいいと思います。
　口には出さないけど、本気でそう思った。
「では早速、プレイボール！」
　それは野球ですよ、パパ……。
　知らない間にコートにネットも張られ、試合が始まってしまった。
　でも相手は１９０センチ以上ある長身の２人。
　いくら王子の背が高いといっても、あたしの背が１５５センチ。
　おまけに万年文化部のあたしが活躍できるワケもなく、相手のサーブやアタックがバンバン決まる。
　というか、ボールのほとんどが王子の方に飛んでいってるなぁ……。
　パパやフォルカスさんは王子をからかいたくて仕方ないんだね。
「ほら、王子よ、行くぞ。魔王アタック！」
「くっ！　その程度で勝ったと思うなよ。レシーブ！　比奈、アタックだ！」
「え、えっと……アタック！」
「ちょこざいな！　フォルカスブローック！」
　フォルカスさんのブロックにあたしのアタックが跳ね返される。
　あたし達のコートにボールが落ちた瞬間、レティちゃんの笛が鳴る。
「父上殿のチームに１点だ」
「ふふふ。どうする王子よ。10対０だよ」
　不敵に笑う魔王パパに、王子は噛みつくように叫んだ。
「こっちは比奈がいるんだ。少しはハンデがあってもいいだろう！」
「ふむ。それもそうだね……ならば、ハンデを与えよう。10点ほどいるかね」
「いや、人数を増やす。こっちも背の高い選手を入れたい」
「ほぉ。一体誰かな？」
　顎を撫でる魔王パパの前で、王子はニヤリと笑い複雑な印を結んだ両手を地に向ける。
「我が契約の前に現れ出でよ！　魔神ヘリオン！」
　コート上に一瞬で魔法陣が描かれる。
　魔法陣の中央の空気が揺らぎ、何かが現れた。
　身長はゆうに５メートルは超え、山羊の角を持った凶悪な姿の魔神。
　見覚えがある！
「アレは『<a href="http://gagaga-lululu.jp/lululu/sinkan/sinkan0711.html#sin1">瑠璃色の卵</a>』の時に王子が従属化した魔神さん！」
「そう。ヘリオンだ。こんなところで役に立つとは思わなかったが……ヘリオン、ネットの前に立って、向かってきたボールを全てブロックだ！」
「承知した、我が主」
　大地を震わせる低い声で、ヘリオンは頷いた。
　そしてその巨体をネットの前に置くと、両手を大きく挙げた。
　……なんか変な光景……。
「……ヘリオンはバレーのルール知ってるの？」
「知らなくても大丈夫だろ。来るボールをブロックするだけだし」
「そうだけど……」
　巨大な魔神がネットの前に立ち両手を挙げてる姿に、魔王パパは楽しそうに笑った。
「はっはー！　上位魔神を召喚したか！　なかなかやるな王子よ！」
「当たり前だ。これくらいは朝飯前だ！」
　フンと鼻を鳴らし、王子は不敵に笑った。
　……なんか凄いことになったなぁ。
　壁のごとく立ち塞がるヘリオンの向こうでは、フォルカスさんがサーブをする。
「そーれっ」
　明らかにＴＶの見過ぎと思われるかけ声と共に、フォルカスさんの打ったボールが飛んでくる。
　しかし、ここは助っ人ヘリオンの活躍の場。
「ブローック」
　低いかけ声と共にサーブボールをネット際で叩き返し、しっかりとブロックする。
　ボールは凄い勢いで、魔王パパ達のコート内に落ちていった。
　ここでレティちゃんの笛がピピッと鳴る。
「主達に１点」
「よしっ！　やったな、ヘリオン」
「やっと、１点かぁ～」
「これからがオレ達の反撃だ」
「そうだね」
　まさに王子の言ったとおりだった。
　相手がどんなボールを打ってこようとも、魔神ヘリオンの敵ではなかった。
「フォルカス、スペシャルアターック！」
「ブローック」
「魔王、ミラクルサンダーアターック！」
「ブローック」
「フォルカス、ワンダフルビューティフォーアターック！」
「ブローック」
「魔王……えー、とにかく凄いアターック！」
「ブローック」
　なんてことをやっているうちに、とりあえず同点まで持ち込めた。
　ぶっちゃけ、ヘリオンの一人舞台であたしと王子はサーブを打っては、ただ見てるだけ。
「……暇だね」
「……そうだな」
　しかし魔王パパたちは、汗だくになってヘリオンと対峙している。
「くっ！　たかが上位魔神にいいようにやられているなっ」
「通常戦闘でしたら、とっくに片は付いているのですが……っ」
「まさかここまで追い詰められるとは……。仕方ない。ここは最終手段だっ！」
「陛下、まさか……っ」
「そのまさかだ。目には目を……というヤツだな」
　言うなり魔王パパは、右手を地面にかざした。
「我が呼びかけに応えよっ！」
　瞬間、渦を巻くようにして魔王パパ達のコートに魔法陣が描かれる。
　その中央から現れたのは、魔王パパと同じ背丈くらいの人のようだった。
　いや……冷たさを漂わせたかなりの美形さんなんだけど、頭に立派な山羊角を持って銀色の長い髪をなびかせている様子からして、きっと『人』じゃないんだろうな。
　魔王パパはニヤリと笑うと同時に、あたしの横にいた王子がはっと息を飲んだ。
「親父のヤツ……っ」
「な、なに、王子？　あれ誰なの？」
「魔神王を呼び出したなっ」
「へっ？」
　とりあえず、何か凄いモノを呼び出したらしいことは分かるけど……。
　すると、王子曰く魔神王は魔王パパを見るなり、不敵に笑いながら口を開いた。
「我が友よ。何用かな？」
「久しいな。実は息子とビーチバレーの最中なのだが、目の前の上位魔神が邪魔でね」
「なるほど」
　魔神王は頷くと、ヘリオンにちらりと視線を送った。
　魔神王と目が合った瞬間、ヘリオンの体がびくりと震える。
「……王……」
　ヘリオンが呟く。
　その呟きを聞いた瞬間、すっと魔神王の目が細められた。
「ヘリオンよ。我が友の邪魔はしないことだ。いいな」
「承知した、王よ」
　ヘリオンがはっきりと答える。
　あたしの横では王子が小さく舌打ちをした。
「やはり、魔神王の方が強制力は上か……っ」
「どういうこと？」
　あたしが尋ねると、王子は渋い顔でちらりと視線をくれた。
「あれは魔神の中の王だ。ヘリオンは契約主であるオレより、王の命令をきく」
「え、それじゃ……」
「ヘリオンは使えなくなったということだ。それにしても……」
　王子はキッと魔王パパを睨むと、噛みつくように叫んだ。
「汚いぞ親父！　魔神はこちらのハンデのはずだ！」
「だって、その魔神がいると私達のアタックが決まらないのだよ」
　『ねー』と魔王パパは魔神王と向き合ってニコリと微笑んだ。
「くそっ！　大人げないヤツだっ」
「どうするの王子っ」
「何を召喚しても、親父はその上のヤツを召喚してくるだろう。まったく、子供かアイツは！」
「……王子と楽しく遊びたいんだよ」
「オレで遊びたいの間違いじゃないのか？」
「あ、言えてる」
「なんとか鼻をあかしたいところだが……」
　王子はキッと魔王パパを睨みつける。
　しかし、ヘリオンが無力化されたのは痛い。
　当然、あたし達に勝ち目はなく、結果は大敗。
　そして……。
「なんでオレがジャガイモの皮を剥かねばならんのだ！」
「それはあたし達が、パパ達に大敗したからでしょ～」
「わかっている」
　ムスッと口をへの字に曲げながら、王子はジャガイモの皮を剥いていく。
「上手じゃん、王子」
「……褒められてもあまり嬉しくないな」
「そう？」
「お前は手早いな。やはりいつも料理をしているからだな」
「そうだねぇ」
　王子はブツブツ言いながら手を動かしているけど、あたしは大して苦でもない。
　だって毎日、食事を作ってるからね。
「我が主……コレを切ると涙が出る……」
　王子の隣では、ヘリオンが巨体を丸めて玉ねぎを切っている。
　そう……敗者としてヘリオンにも手伝ってもらっているんだ。
　変な光景だけど、人手が多いに超したことはない。
「我慢しろヘリオン。ゲームに負けたのはお前にも責任がある」
「しかし、我が主……」
「言い訳は聞かんぞ」
「……承知した」
「王子、あんまりヘリオンをいじめないでよ」
「別にいじめてないぞ」
　あたし達がバーベキューの準備をしている横では、パパ達とレティちゃん、後は何故か魔神の王様までもがバレーボールを続行している。
　……いつの間にか人数増えてるし……。
　ヘリオンと魔神の王様もバーベキュー食べていくのかなぁ。
「もうちょっと多めに切っておこうか」
「……そうだな」
　王子も同じ事を考えていたんだろう。
　向こうで楽しそうに遊んでいる一行を見ながら、王子は小さく呟いた。
「さて、お待ちかねのバーベキューだ。魔神の諸君も楽しんでいってくれたまえ」
　当然の様に言い出した魔王パパ。
　やっぱり、魔神さん達も一緒なんだね……。
　肉や野菜はたっぷり用意してある。
　しかし、やはりというべきか、肉の消費量がやたらと激しい。
「親父、年寄りは野菜を食え野菜を！」
「何を言う。若い者こそ野菜を食べなさい。背が伸びるよ」
「ウソをつけ！」
　親子でギャーギャーやってる間にも、魔神２人はやたらと肉を食べている。
　……魔神って肉食なのかな……。
　あたしやレティちゃんも隙をねらって肉を食べてたりしたけど、王子は魔王パパとフォルカスさんの妨害で、ほとんど肉を食べられなかったみたい。
　……可哀想に……。
「魔界の王よ、ご馳走していただいてとても嬉しかった」
　満足そうな笑みを浮かべた魔神王は、魔王パパに向かってそう言った。
「おお、魔神王よ、もう帰るのかね？」
「うむ。やり残した仕事が溜まっているのでな。ヘリオンを連れて帰るとしよう」
「そうか。では、また会おう」
「うむ。帰るぞ、ヘリオン」
「承知した。我が主、また用があればなんなりと」
「あぁ」
　王子は恭しく頭を下げるヘリオンに、手を上げて投げやりに答えた。
　それが合図だったかのように、魔神２人の姿がすーっと消えてしまった。
　そうこうしているうちに、日も暮れてきて、空には月や星が浮かんできた。
　もうそろそろ帰るのかなと思いきや、フォルカスさんはウキウキと何かを取り出した。
　……フォルカスさんがウキウキしてると、なんか嫌な予感がするのは気のせいでしょうか？
「それでは、夜も更けてきたことですし、夏と言ったらコレでしょう」
　ジャン、とフォルカスさんが出したのはなんと花火セットだった。
　しかもなんだか、あたしがよく見かけるものと比べると、だいぶ大きめな……。
「これ、人間界の花火じゃないですよね？　魔界の花火ですか？」
　あたしが聞くと、フォルカスさんは金色の目であたしを見下ろした。
「いいえ、これは人間界で購入したものです。ただし、ワタクシが少々大きくしてみましたが」
「そ、そうなんですか？」
「ええ。ではとりあえず、景気づけに一つ」
　そう言いながらフォルカスさんが手に取ったのは、超巨大なロケット花火。
　どれくらい大きいかと言うと、先端部分に人が乗れちゃうほどの大きさ。
　フォルカスさんはロケット花火を海に向けてセットし、おもむろににまたがると、キョトンとしていた魔王パパを振り返った。
「さ、陛下。点火をお願いいたします」
「これが人間界の花火かね？　私は初めて見るが……ここに火をつけたらいいのかな？」
　ロケット花火から伸びている導火線を指さすと、フォルカスさんは頷いた。
「そうです、陛下」
「では早速」
　指先に炎を灯すと、魔王パパは導火線の先に火を付けた。
　シューと導火線が短くなっていくのを確かめて、フォルカスさんは王子を見つめた。
「羨ましいでしょう、王子」
「どこかへ飛んでいけ、バカ者」
「ではお言葉に甘えて」
　導火線がどんどん短くなっていき、ロケット花火に火が移る。
　瞬間、ピューという音と共に、ロケット花火が発射。
　フォルカスさんを乗せたまま、凄い勢いで海上を飛んでいってしまった。
　人が乗れるロケット花火っていうのも凄いけど、それに乗ってしまったフォルカスさんに少なからず尊敬の念を覚えてしまった。
　……普通、乗らないって……。
　呆れと尊敬の視線でフォルカスさんを追っていく。
　フォルカスさんを乗せたロケット花火は、ピューと音を残したまま、まず海上を走り、その後に方向転換。
　空に向かって一回転したかと思えば、今度は海に向かって飛んでいった。
　シュゴゴゴゴッとこっちに向かって海中を進んだかと思えば、ピューと空へ舞い上がる。
　高く高く舞い上がる。
　そして、大きな満月をバックに、パンと大きな音と共にロケット花火が爆発。
　フォルカスさんの髪の毛もパンッと爆発……。
　そのまま落下し、ポチャンと海に落ちてしまった。
　……だ、大丈夫なの？　フォルカスさん……。
「おおっ。なんということだ……」
　魔王パパが身を乗り出すけど、王子は半眼になって一部始終を眺めていた。
「この花火は使用禁止だな」
「っていうか、そもそも乗り物じゃないんだけど」
「そうなのか？」
　王子は目を開いてあたしを見る。
　すると、レティちゃんが王子の足下にガシッとつかまってきた。
「主！　私も乗りたい！」
「ダメだ。今のフォルカスを見ただろう？　レティは乗ってはダメだ。というか、フォルカス以外は乗るのを禁止だ」
「主～」
　それでも諦めきれない様子で、レティちゃんは王子に詰め寄る。
　その時、ザバーッと海の中から何かが現れた。
　ちぢれた長い髪に海藻をまとわりつかせ、あたしに向かってヨタヨタと歩み寄ってくる。
「いやー！　化け物～！」
「失礼ですね、比奈殿」
　海藻お化けから、憮然とした声が返ってくる。
「あ……もしかしてフォルカスさんですか？」
「もしかしなくてもワタクシです。比奈殿はワタクシの美しさを分かっておられない」
「いえ……そんなことないですけど……今のフォルカスさんの姿を見たら、ちょっと引きますよ」
「なんと……っ」
　フォルカスさんは一瞬絶句すると、どこからともなく鏡を取り出し、今の自分の姿を映し出した。
「なるほどコレはひどい……」
「でしょ？」
　ようやく納得してくれると、フォルカスさんはパチンと指を鳴らした。
　すると、海藻がどこかへ消え、髪の毛も元のキレイなロングに戻り、服まで乾いてしまった。
「便利ですね……」
「比奈殿も、『<a href="http://gagaga-lululu.jp/lululu/sinkan/index.html#sin0">琥珀色の風</a>』の時、王子から魔法を教わったじゃありませんか。後々の為にもっといろいろと勉強されておくといいでしょう」
「そうですね」
　よし……今度また、王子にいろいろ教えてもらおうっと。
　とりあえず、フォルカスさんは元気そうなので、安心して王子達の方を見ると、花火セットの山の中から、魔王パパが何やら黒い塊を手にしている所だった。
　黒い塊……。
　ちょっと待ってっ。アレはまさかっ！
「魔王パパ。それに火を付けちゃダメですーっ！」
「む？　何故かね？」
　と言って振り向いた魔王パパの手の上では、黒い塊が煙を上げている。
　ああっ……遅かったか……っ。
　説明するよりも早く、黒い塊からシューと煙が上がると同時に、モリモリモリと黒い物体が盛り上がってくる。
「おおっ!?」
　魔王パパは思わず声を上げるけど、あっという間に黒いモリモリに埋もれてしまう。
　その様子を見て、王子は声を上げて笑い出した。
「凄いな、親父。その花火、まるでうん……」
「ダメー！　言っちゃダメーっ！」
「何故だ？」
　キョトンと王子は紅い目を丸くするけど……。
　おそらく魔王パパが手に取ったのは、ヘビ花火。
　これに火を付けた事がある人なら、魔王パパがどうなったかお解りでしょう……。
　巨大ヘビ花火に埋もれてしまった魔王パパは、黒い塊からズボッと顔を出した。
「一体、どうなっているのかね？」
「教えてやろう。今の親父はうん……」
「言っちゃダメだってば、王子！」
「だから、何故だ？」
「なんでも！」
「変なヤツだな」
　王子は不思議そうにあたしを眺める。
　言えない……そして、言わせられない……。
　まさか魔王パパが、う……に埋もれているみたいだって……っ。
「いい眺めだな。とても民にはとても見せられない姿だ」
　とりあえず、王子は魔王パパの姿が気に入ってしまったようで、指を差して笑っている。
　魔王パパは不思議そうな顔で、ズボズボッと黒い塊から這い出してきた。
　そして黒い塊の全景を眺めたところで、『ふむ』と唸った。
「なるほどな。王子があれだけ笑っていたワケが分かった。確かにこれは、まるでう……」
「わーっ！　わーっ！」
「どうしたのかね？　比奈殿」
「な、なんでもないですっ」
　魔王パパも不思議そうな顔であたしを見る。
　パパにも言わせられない……っ。
　あたしは話題を変えようと、必死に花火の山を漁った。
　すると出てきたのは、巨大なネズミ花火。
「これ！　これしましょう！」
　あたしが慌ててみんなの元へ駆け寄ると、フォルカスさんが何度か頷いた。
「ネズミ花火ですね。比奈殿、お目が高い」
「……フォルカスさんにそう言われると、ちょっと不安です……」
「そうですか？　まぁ、とりあえず点火といきましょう」
　あたしが地面に置いたネズミ花火に、フォルカスさんは早々と点火する。
　次の瞬間、シュルシュルとネズミ花火が勢いよく回転し始めた。
　ちょっと待ってよ、このネズミ花火はあたしの顔の大きさくらいある。
　これだけ巨大だと……。
「ちょ、ちょっとっ。あたしが離れてから点火してくださいよっ」
「もう遅いですよ、比奈殿」
　フッフッフと、珍しくフォルカスさんが含み笑いをこぼす。
　マズイ！　これはマズイっ！
　フォルカスさんが楽しそうだと、ろくな事にならない。
　これは今までの体験から学んだ事。
　案の定、巨大ネズミ花火はたくさんの火花をまき散らしながら、あたしの周りを凄い勢いで回転する。
「きゃーっ！」
「大丈夫か、比奈」
　あたしの悲鳴に、王子は慌てて駆け寄ってくるけど、ネズミ花火に阻まれて近づけない。
「くそっ。今、消してやるぞ」
「ダメですよ、王子。ルール違反です」
「なんのルールだ！」
　噛みつくように、王子が叫ぶ。
「やーっ！　助けて王子っ！」
「待ってろ比奈、すぐ行くっ」
「いやぁ、麗しき恋人たちの姿だねぇ」
　魔王パパはのんきに言うけどーっ！
　しかし王子が来てくれるよりも先に、ネズミ花火が方向転換した。
　それはつまり、楽しそうに見ていたフォルカスさんや魔王パパ、レティちゃん達の方へ回転しながら向かって行ったって事。
「おおっ！　こっちへくるぞ！」
「おかしいですね。こんな筈ではなかったのですが」
「なにやらキレイだぞ、主」
　そんな事を言っている間にも、ネズミ花火は３人へ迫っていく。
「よし。今日はこれでお開きだ！」
　迫ってくる花火を見るなり、魔王パパはシュタッと手を上げた。
「そうですね、陛下。それではお２人とも、お疲れでした！　ほら、レティ嬢も」
「主。でした！」
　３人は口々に言うなり、『ひゃー』と悲鳴を上げてネズミ花火から走って逃げて行ってしまった。
「……なんなんだ、あいつらは……」
　王子は呆然とそれを見送るけど……っ。
「王子、花火がまたこっちに来るよっ！」
「なにっ？　意志があるのか？！」
　いまだ勢いの衰えない巨大ネズミ花火は、渦を巻きながらあたしの方へ再び迫ってくる。
「やー！　どうしようっ」
「海に入れ、比奈！」
「そうだ！」
　あたしは王子の言ったとおり、ネズミ花火から逃げながら、海へザブンと飛び込んだ。
　すると、あたしを追ってきたネズミ花火が海に浸かり、ポシュっと小さな音を立てて、火が消えてしまった。
「やった！」
　あたしが海の中でガッツポーズを決めると、王子がニヤニヤしながらサブサブと海の中へ入ってきた。
「楽しそうだな。オレも入るか」
「え、なんで……って、わっ！」
　あたしは思わず後ずさりをしてたんだけど、急に足場が深い場所に足をとられ、そのまま海中に沈んでしまった。
　あ、足が……足が届かないっ！
「言わんこっちゃない」
　王子は苦笑すると、あたしを抱きかかえて、水中から助け出してくれた。
「ぷはっ」
「このあたりはちょっと深い場所があるんだ。お前の背じゃ、まず沈むだろうと思ってな」
「もうっ！　先に言ってよ！」
「悪かった」
　王子はくすくすと笑いながら、あたしを抱く手を離さなかった。
「お、王子……もう大丈夫だから離しても……」
「いいのか、離して？　また沈むぞ」
「ええっ！　やっぱ離しちゃダメ！」
「だろ？」
　王子は肩を震わせ、クックと笑う。
「あいつ等がいてこんな事できなかったんだ。少しは近くにいさせろ」
「王子……」
　紅い目を強く光らせてそんなこと言われたら……ジッとしてるしかないじゃん……。
　あたしは頬を赤らめながら、落ちないように王子の首に腕を回した。
　するとヒューという音が聞こえ、次にパンと何かが弾けた。
　頭上を見上げると、打ち上げ花火がいくつも空に大輪の花を咲かせている。
「綺麗……」
「……親父だな。余計なマネを」
　王子はふっと目だけで笑うと、あたしをギュッと抱きしめた。
「王子っ」
「また来よう。今度は２人だけで」
「そうだね……」
　あたし達はそうやって、しばらくの間、魔王パパのプレゼントを堪能していた。

　海に浸かったままだったので、すっかり体が冷えたあたしは、翌日、ちゃっかりと風邪をひいてしまったけどね……。
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         <category>001 魔界の夏休み</category>
         <pubDate>Fri, 24 Jul 2009 16:43:55 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>水無月のお散歩</title>
         <description><![CDATA[「……やんだか」
　オレは窓辺に立ちながら、ガラスの向こうを眺めていた。
　さっきまで重く垂れていた厚い雲は徐々に晴れ、隙間から太陽の光が差し始めている。
　終わる事が無いように降り続いていた雨が、ようやくやんだ。
　……まったく、面白いものだな。
　人間界は６月。
　『梅雨』という時期を迎えているらしい。
　いわゆる雨季の事を言うのだろう。
　オレが住んでいた魔界には、人間界の……特にここ『日本』という国で四季と呼ばれるものがない。
　地域に寄って異なるが、基本的には一年を通して温度や湿度は一定だ。
　天候が崩れることはあるが、ここまで集中的なものではない。
　だから、季節と言う物がない。
　しかし人間界に来てから、月日が経つと景色が変わっていくのだ。
　葉が茂り、青さを増し、紅く色づき、枯れていく。
　花が咲き、海が眩しく、木の実が落ち、雪が白く積もる。
　実に面白いものだ。
　ふと、知らない間に笑みを浮かべていることに気付いた。
　同時に、ガラスに映る自分の姿を見て気落ちする。
　何とも情けない事だが、オレの身長はとんでもなく縮んでしまった。
　比奈曰く『ミニ王子』の状態だ。
　……それも仕方ない。
　比奈の家に身を置いている時の、約束だからな。
　男たる者、約束は決して違えないものなのだ。
　うむ。我ながら素晴らしい。
　世の男達も、オレを見習うべきなのだと思えてならないな。　
「おーじ！」
　不意に、下の方からオレを呼ぶ声が聞こえた。
　どこか舌っ足らずな、無邪気な声だ。
　オレは声の主を見下ろすと、片眉を上げた。
「どうした、ハリー？」
「何が見えるの？　ボクも見たいよ！」
「お前じゃ、届かんだろう」
　ハリーは小さな体を精一杯伸ばしているが、到底オレが立っている窓には届かない。
　それでもハリーは、長い胴と短い脚で必死にもがいているが……。
　確かハリーの犬種は、ミニチュアダックスフントと言うらしい。
　少々長めでチョコレート色の毛色をしている。
　瞳は黒く、好奇心に輝いている。
　確か、比奈が高校入学のお祝いとして、両親からプレゼントされたと聞いた。
　現在２歳だが、人間にすると１４歳に相当するという。
　だが、生後たった２年だ。
　オレから見れば、まだまだ子供だ。
　オレの大事な指輪をくわえて走り去るだけではなく、オレを土の中に埋めようとしたという悪行をやってのけたのも、今ではいい思い出だな。
　その事については、ハリーは『だって宝物を見つけたと思ったんだもん』と言っている。（詳しくは『<a href="http://gagaga-lululu.jp/lululu/sinkan/sinkan0707.html#sin0">愛玩王子</a>』を読んでくれ）。
　……勘弁してほしい。
　まぁいい。過去の事だ。
　オレは、昔の事をいつまでも引きずる様なうじうじした男ではないからな。
　オレが感慨にふけっていると、ハリーはその場で何度も飛び跳ねた。
「雨は？　やんだの？　やんだの？」
「あぁ。今し方、上がったようだぞ」
「散歩～！　散歩行く！　ずっと雨降ってたから散歩に行けなかったんだもん！　ひなちゃんが『雨やんだら散歩行こうね』って言ってたもん！」
　必死に語ると、ハリーは部屋の中をグルグルと駆け回りだした。
　仕方あるまい。
　何日も家にこもったままだったからな。
　ストレスも溜まるだろう。
「わかったから、落ち着け」
「早く早く！　ひなちゃんの所に行こうよ！　おーじ、ボクの背中に乗ってよ。ひなちゃん、下にいるから！」
「うむ」
　オレは頷くと、こちらに背を向けて待っているハリーの背中に飛び降りた。
　端から見れば滑稽な姿だと思われるだろうが、これもいわゆる生活の知恵なのだ。
　オレだけでは、この部屋から１階へ下りる階段は、とてつもなく大きな障害なのだ。
　半端では無い。
　しかしハリーは、背中に乗るオレの事などお構いなしに階段を駆け下りる。
　オレを振り落とさんばかりの勢いだが、ここはハリーの毛を握って耐える。
　この絶妙なバランス感覚、先の行動を読む洞察力。
　ハリーを乗りこなすのには、意外と高度なテクニックが必要だという事は、誰も知るまい。
　それもこれも、様々な騎獣を操ってきたオレの努力の賜物なのだ。
「おーじ、大丈夫？　落ちてない？」
「うむ。心配はいらん」
「は～い。ひなちゃんの匂い、台所からするから行ってみるね」
「うむ」
　この抜群のチームワーク。
　オレ達が今まで培ってきた絆の証だな。
「おーじ。痛いから、耳の毛は引っ張らないでってこの前も言った～」
「……すまん」
　まだまだ、改善の余地はありそうだがな……。
　オレを背に乗せたまま、ハリーは爪音を立てて軽快に歩いていく。
　比奈の料理の腕は、魔界の宮廷料理人並いやそれ以上なのだ。
　リビングの奥にある台所、そこが比奈の居城だ。
　城の主は今、何やら熱心に作業中だ。
　……何をしているかは、ここからはまったく把握できないが。
　しかしハリーの足音に気が付いたのか、比奈が振り返る。
　比奈は栗色の髪を舞わせて、同じ色の瞳を動かした。
「あれ？　どうしたの２人とも」
「何をしているんだ？」
「今ね、梅酒作ってるの」
「梅酒？」
「うん。リキュールって言うか、果実酒って言うの？　おじいちゃんが青梅をたくさん送ってくれたからさ。おじいちゃんの家の庭に、梅の木があるのよ。それを収穫して毎年この時期に送ってくれるの」
「果実酒……酒か？　お前、酒飲めないだろう？」
「飲むのはパパとママだよ。あたしもお湯とか水で割ったりして飲む時もあるけど……ちょっとだけね。後は料理にも使ったりしてるよ」
「ほぉ……」
　そう言えば先日、比奈宛てに何やら小包が届いていたな。
　その中身が青梅だった訳か。
　比奈は嬉しそうに頷きながら、オレに向かって手を差し出した。
「見る？」
「うむ。せっかくだ。見学させてもらおう」
　オレは差し出された手の平に飛び移った。
　比奈は慎重に、台所の作業台へとオレを運んでくれる。
「あ～！　ズルイ～！　おーじだけズルイ～！　ボクも！　ひなちゃん、ボクも！」
　オレだけ贔屓されたのが気に障ったのだろう。
　ハリーが比奈の足下に飛びかかり始めた。
「あ～ハリーはダメだよ。さすがにここには乗せてあげられないから……そうだ！　ジャーキー食べる？」
　ハリーの駄々にも、比奈は笑顔で応じる。
　この辺りはさすがに慣れているな。
　比奈は戸棚から干し肉の様な物を取り出すと、小さくちぎってハリーの鼻先に向けた。
「ジャーキー！」
　当然、ハリーはちぎれんばかりの勢いで激しく尻尾を振り、大喜びで食べ始めた。
　それを見届けた比奈は『しばらく大丈夫かな？』と呟くと、作業を再開した。
　台の上を見渡してみると、ガラス製のボウルの中に緑色の丸い果実が山の様に積んであった。
「これが青梅か？」
「うん、そうだよ。これは水洗いして水気をきって、ヘタを外したの」
「ほぉ」
「で、これを保存容器に入れて……」
　比奈は説明をしながら、広口の大きな瓶に青梅を移していく。
「それから、氷砂糖を入れて……ホワイトリカーを注いで……。あれ？　ホワイトリカーってどれくらい入れるんだっけ？」
　比奈はキョロキョロと何かを探している。
　すると、目的の物が見つかった様で、瓶の横に置いてあった小さなノートを取り上げた。
「えっとホワイトリカーは……１．８リットルだ」
　確かめるように何度か頷くと、比奈は紙パックに入った透明な液体を、瓶にゆっくりと注ぎ始めた。
　特に意識はしていなかったのか、オレの前に小さなノートを置いた。
　何となく覗いてみると、随分と年季が入った物らしい。
　すでに紙は日に焼けて黄ばんでいて、所々に切れ目や折り目が入っている。
　黒いインクが薄れてしまったのか、すでに茶色く変色した達筆な文字が紙面を埋めている。
　内容を見る限り、どうやらレシピの様だが……。
「……これは比奈の字じゃないな」
「うん。これはおばあちゃん直筆のオリジナルレシピ手帳なの。青梅を送ってくれたおじいちゃんの奥さんなんだけど、凄く料理が上手だったの」
「だった？」
「あぁ～。おばあちゃんはもう亡くなっちゃったんだけどね。小さい時からおじいちゃんやおばあちゃんに可愛がってもらってたの。あたしも２人が大好きで……昼間はおじいちゃんに遊んでもらって、夕方はおばあちゃんと料理をするの。だから、おじいちゃんがレシピ手帳を『形見だからもらっておきなさい』って渡してくれたのよ。おばあちゃんは毎年この時期に梅酒を作ってたから、あたしはそれを真似してるだけ」
　静かに笑いながら、比奈は瓶の蓋を閉めている。
「お前は祖母の味を引き継いでいるのだな」
「ん～そんなに大層なもんじゃないよ。ただ、このレシピを見ながら料理してきたから、やっぱりおばあちゃんの味に近くなってるみたい。よくパパから『おばあちゃんと同じ味がするね』って言われるから。あたしが作ると和食が多くなっちゃうのは、おばあちゃんに影響されてるからかもしれないけど」
　懐かしむように目を細めた後、比奈は蓋を閉めた瓶を台所の棚の中にゆっくりとしまった。
　そして、ふとオレを見下ろしたのだった。
「数年ものの梅酒があるよ。王子、味見してみる？」
「いいのか？」
「うん」
　比奈は嬉しそうに頷くと、棚の奥からさっきと同じような瓶を取り出した。
　瓶の中にはたくさんの梅が沈んでいて、液体は茶色くなっていた。
　よく漬かっているのだろうな。
　しかしだいぶ飲んだのか、量はあまり残っていない。
「あんまりたくさんは酔っちゃうから、少しね。お猪口に入れたらいいかな？」
　比奈は小さな杯に、梅酒をゆっくりと注いでいく。
　器の半分ほどを液体が埋めると、その杯をオレに差し出した。
「はい、どうぞ。酔っ払わないでね。大丈夫？　水で割った方がいいかな？」
「オレを子供扱いするのはやめろ。酒の席に呼ばれる事だってあるんだぞ」
「あ、そっか」
　解っているのかいないのか、比奈はニコニコと笑いながらオレの様子を眺めている。
　まぁせっかくだ、いただくとしよう。
　両手で杯を持って傾ける。
　口に含むと、品の良い香りが鼻から抜け、甘く深い味が広がった。
　ふむ……これが梅酒か。
「どう？　美味しい？」
「うむ。美味だ。香りが良いな」
　そう言うと、比奈は満面の笑みを浮かべた。
「それはね、おばあちゃんが最後に作った梅酒なの」
　微笑みながら語る言葉に、オレはさすがに目を丸くした。
「……貴重な物だろう。オレが飲んでいいのか？」
「うん。せっかくだから、王子に飲んで欲しかったの。美味しいでしょ？　あたしの自慢のおばあちゃんの味だよ～」
　どこか得意そうに言うと、オレが梅酒を飲み終わるのをずっと笑顔で眺めていた。
　……なんだか、悪いことをしたな……。
「とても美味であった」
　オレはどこかバツが悪い気持ちを感じながら、比奈に杯を返した。
　両手でそっと杯を押すと、比奈は無邪気に微笑んでそれを受け取った。
「ひなちゃん！　散歩に行こう！　散歩ーっ！」
　突然、下の方から元気な声が聞こえてくる。
　好物を食べきってしまったのか、相変わらずハリーは比奈の足下で何度も跳ねていた。
「なに、ハリー？　どうしたの？」
「散歩に行きたいらしいぞ。雨もあがったからな」
「ホント？　じゃ、準備してくるね」
　比奈は手早く台所を片付けると、別の戸棚の引き出しに手帳を丁寧にしまった。
　そして、散歩の準備をする為に２階へ向かっていく。
「さて……」
　比奈の後ろ姿を見送ると、オレは床へ飛び降りる。
　ハリーの散歩には、オレも同行しているのだ。
　今日も、いつもの様に元の姿にもど……。
「ズルイ！」
　不意に、ハリーが叫び出す。
「……何がズルイんだ？」
　ちらりと振り向いてみると、ハリーはムッと眉間に皺を寄せている。
「いつもおーじばっかり、ひなちゃんの傍にいてズルイ！　大きくなってズルイ！」
「大きくなるのではなくて、元の姿に戻るんだ」
「ヤダ！　ボクだってひなちゃんの事、大好きだもん。ボクだって、ひなちゃんを守るんだもん！」
　鼻息も荒く、ハリーは興奮気味に毛を逆立てている。
　言ってる事は、正直『子供のワガママ』レベルだ。
　だが、子供とは言えハリーも男だな。
　オレに対して、立派に嫉妬心を燃やしている訳だ。
　しかし、そんなワガママをいちいち聞いていたらキリがない。
　オレはハリーの熱弁を無視して、元の姿に戻ろうと……。
「ダメー！」
「なぁっ！」
　何を思ったか、ハリーは前脚でオレを踏みつけてきた。
「ダメったらダメ！」
「やめろ……っ！　体格差を考えろっ！」
「じゃ、今日は大きくならない？」
「それとこれとは、別の話で……ぐふっ」
　ハリーは徐々に体重をかけてくる。
　ちょっと待ってくれっ！
　これは明らかに虐待だろ！
「ハリー！」
「大きくならない？」
「…………」
「おーじ？」
「……わかった。わかったから……」
「やった！」
　ハリーはご機嫌で尻尾を振ると、玄関に向かって走って行ってしまった。
　このオレともあろう者が、こんな子供にいいようにされるとは。
　……いや、違うな。
　子供のワガママをも許容できる、オレの器の大きさだろう。
　きっとそうだ。そうに違いない。
　オレは独り言の様に呟くと、渋々と猫に姿を変え、ハリーの後を追った。
　そこへ、２階から降りてきた比奈と鉢合わせる。
　比奈はオレの姿を見て、小さく首を傾げた。
「あれ？　今日は、黒猫王子なの？」
「……まぁな」
「ふぅん。まぁ、あたしは大きい王子より猫の方が好きだけどね～」
「言ってろ」
　オレがフンと鼻を鳴らしていると、比奈は手早くハリーの首輪にリードを繋いだ。
「じゃ、行こうか」
　比奈は笑顔で、玄関の扉を開けた。



　
  外へ出ると、湿ったアスファルトが黒々と広がっていた。
　そよぐ風には湿気が混じり、雨上がり特有の香りがする。
　数日ぶりの外出だからなのか、ハリーはズンズンと歩いていく。
　小さな体で、比奈を引きずるくらいの勢いだ。
「ハリー、どうしたの？　今日は元気だね～」
　比奈はほのぼのと笑顔を浮かべるが、実際はそんなにのんびりとした雰囲気ではない。
　ハリーは鼻息も荒く、忙しく周囲を見渡す。
「ひなちゃんはボクが守るからね！　安心してね！」
　比奈に伝わらない辺りが報われないが……仕方あるまい。
　呑気な姫君と、使命感に燃える若い騎士といった感じかな。
　平和な光景に、オレは密かに笑いを噛み殺してしまう。
　すると、オレの胸元でチャリッと金属がこすれる音がした。
　ちらりと見やると、銀色のクラウンのネックレスが揺れている。
　……そういえば、コレもそうだな。
　魔界でパーティに出る直前、オレの胸元が寂しいのを気にした比奈が、自分が身につけていたクラウンのネックレスを着けてくれたのだ。（詳しくは再び『<a href="http://gagaga-lululu.jp/lululu/sinkan/sinkan0707.html#sin0">愛玩王子</a>』を読んでくれ。）
　そしてオレは先ほどの、梅酒の事を思い出す。
　どうも比奈は、あまり『モノ』には執着しないらしい。
　……少し違うな。
　自分が大切にしているモノでも、相手が喜んでくれれば何の躊躇もなく差し出してしまうのだろう。
　見返りを求めずに、無償の提供ができる者は稀だと思う。
　特にオレの周囲は、欲にまみれた輩が多かったから、特にそう感じるのだろう。
　比奈の場合、そこが良いところであり……同時に危ういところでもあるわけだ。
　お人好しが過ぎるから、いつか誰かにつけ込まれやしないか心配だ。
　それは、オレが傍にいて気を配るべき事なのだろうな。
　うむ。やはりオレが居なければダメなのだろう。
　常に真摯に、温かく見守ってやらねばな。
「どうしたの、王子？　尻尾とおヒゲがぴーんってなってるよ？」
「むっ？　なんでもないっ」
「そう？」
　……オレとした事が、少々張り切りすぎてしまったらしい。
　いかんな。王族たる者、常に冷静でいなくては。
　すると突然、比奈が横道に入っていく。
　おかしいな……いつもの散歩コースではないぞ。
「どこへ行くんだ？」
　比奈を見上げると、彼女は含むように笑った。
「あのね、こっちに行くとお寺があるの。そこに紫陽花がいっぱい咲いてるんだ。きっと、見頃だと思うよ」
　『紫陽花寺って呼んでるんだ～』と言いながら、比奈は楽しそうに歩いていく。
　アジサイ……咲く？　なんだ？　……花か？
　聞き慣れない名前に、オレは内心首を傾げる。
　しかし程なくして『紫陽花寺』に到着した。
　雨に濡れた石階段を上がっていくと、古い建築物にたどり着いた。
　瓦を敷き詰めた屋根からは、まだ雨水がしたたり落ちている。 
　なにやら趣があるな。
　ふむ。ここが『紫陽花寺』か。
　『寺』……まぁ、『神殿』の事だろうな。
　確か、本来は仏教の儀式を行う施設の事だったか。
「おう、チビ助一行じゃねぇか」
　と、そこに聞き覚えのある野太い声がかかった。
　振り返ってみると、濃い虎縞模様の巨大猫がノッシノッシと歩いてくる。
　セバスチャンか……。
　そういえば、幼なじみのアルトリート王子が魔界からこちらに来た時は世話になったな。
　小さな瑠璃色の卵を捜索する為に、街中の猫を総動員して……うむ、何やら懐かしい。帰ったら『<a href="http://gagaga-lululu.jp/lululu/sinkan/sinkan0711.html#sin1">瑠璃色の卵</a>』を読み返してみるか。
　アルも無事に結婚し、少しは落ち着いたのかと思えば、早速エスティリーナ嬢に尻に敷かれているらしい。
　時折、思い出したように手紙が送られてくるが、９割は毒舌まみれのノロケ話だ。
　問答無用で破り捨てることにしている。
　あれからセバスチャンを見る度に、比奈は嬉しそうに声をかけ、相変わらず豪華な食事を提供している様だ。
　魔法の効力は切れ言葉は通じないが、意志の疎通は出来ているらしい。
「チビ助よ、元気でやってるか？」
「チビ助と言うな」
「アレだなぁ。雨上がりに出歩くもんじゃねぇな。手が濡れていけねぇや」
　……聞いていないな。
　セバスチャンはオレの言葉など聞き流すと、脚をプルプルと震わせ、時折舐めたりしている。
　そういえば、水が苦手な猫は多いようだな。
「あ、セバスチャン。元気～？」
　巨体のセバスチャンにさすがに気付いたのか、比奈は嬉しそうに声をかけている。
　セバスチャンも尻尾を振って応えると、ヒゲをそよがせた。
「おうよ。オレ様はいつも元気だぜ。お嬢ちゃんも元気そうだな。足下気を付けな。滑りやすいからよ」
「え、なに？　お腹空いたの？　ハリーのジャーキーあるから食べる？」
「……いや、そうじゃねぇよ」
「ちょっと待ってね。すぐ出すから」
「………いやいや」
　……訂正しよう。
　意志の疎通はまだまだの様だ。
　比奈は鞄の中をなにやら探している。
　そして、先ほどハリーに食べさせた干し肉の様な物を取り出すと、セバスチャンに差し出した。
「はい。どうぞ」
「ま、もらえるんならもらっておくけどよ」
　『仕方ない』と言いたそうに呟くが、まんざらではないのは明らかだ。
「……だから太るんだな」
「うるせぇな。コレがオレのチャームポイントなんだよ」
　オレにひとしきり怒鳴った後、セバスチャンはあっという間に干し肉を平らげてしまった。
　するとそこへ、ハリーが目を丸くして近づいてきた。
　珍しいのだろうな。
　ほとんど家の中で生活しているのだから、他の動物と遭遇する機会はあまりないだろう。
　口の周りを前脚で撫でながら、セバスチャンはハリーをちらりと見やった。
「お前さん、お嬢ちゃんとこの坊主だろ？　いい毛並みしてんなぁ。血統書付きってヤツか？」
　あどけない様子に『まだまだおコちゃまだな～』と豪快に笑っているセバスチャンに、ハリーはそっと鼻先を近づける。
「……おじちゃん、くさ～い」
「おじちゃんって言うなや！　これが野生の匂いだよ！　ワイルドな証拠なんだよ！」
「ふぅん」
「あ、良かったね、ハリー。お友達ができたね」
「おおいっ！　よく見ろよ、お嬢ちゃん！　『臭い』とか言われてるんだぜっ？　ちゃんと躾けろよ！」
「え、なに？　セバスチャンもハリーと仲良くしてくれて、ありがとね～」
「全く通じてねぇよ！　おい、チビ助！　通訳しろや！」
「嫌だ」
「セバスチャン、まだジャーキー食べる？」
「オレの言いたい事はそっちじゃねぇよ！　いや、もらえるんならもらっておくけども！　ご馳走様だけども！　言いたい事はそっちじゃねぇんだよ！」
「おじちゃん、ジャーキー食べないんだったら、ボクがもらってもいい？」
「いかーんっ！　それとおじちゃんはやめろっ！」
　……まったく、賑やかな事だ。
　双方の言葉が分かるオレだけが、唯一この状況が理解できる訳だが……。
　……笑いを堪えるのが精一杯だ……。
　思わず肩を震わせてしまう。
　一通りのやり取りを楽しんだ後、オレは比奈を見上げた。
「アジサイとやらを見に来たんじゃないのか？」
「あ、そうだった。セバスチャンも行く？」
　比奈が小首を傾げて問えば、セバスチャンは『しょうがねぇなぁ』と呟いた。
　……顔はまんざらでもない様子だがな。
　『紫陽花寺』と呼ばれるだけあって、寺の敷地内には紫色をした花が咲き乱れている。
　……これが紫陽花なのだろう……きっと。
「わぁ……綺麗だね」
　比奈は目を輝かせると、花の１つに顔を寄せた。
　この年くらいの娘は、やはり花が好きなのだろうな。
　比奈の嬉しそうな顔を見ていると、思わずつられてしまいそうになる。
　光沢のある大きめの葉には、まだ雨の雫が溜まっている。
　時折、葉が頷くように揺れると雫が落ちる。
　うむ、風情があるな。
「む？」
　視線を流すと、紫一色に見えた花の色が赤味を帯びていた。
　更に見渡すと、水色、青、赤紫と微妙に色が違う。
　ふむ……複数の色を持つ品種なのだろうか？
「どうしたの、王子？」
「うむ」
　オレが猫の手を掲げて説明をすると、比奈は僅かに視線を泳がせた。
「あ、確か土の性質で花の色が変わるんだよ。酸性だったら青くなって、アルカリ性だったら赤くなるんじゃなかったかな？」
「そうなのか？　しかし、これは１つの株に咲いているようだが、全て色が違うぞ？」
「あれ？」
　比奈が小さく首を傾げる。
　オレの目の前にある紫陽花は、大本は一本の茎から派生している。
　枝分かれした先から葉や花が伸びているのだが、１つ１つの花の色が微かに違うのだ。
　不思議に思い目を細めていると、隣でセバスチャンが低く唸った。
「土壌の酸性度っつーのは、花の色を決める要因の１つに過ぎねぇんだよ。それに、紫陽花は咲き始めと咲き終わりで、また色が変わってくるしな。だから、こうやって花の色がバラバラになるんだ」
「そうなのか。博識だな」
「おうよ。伊達に長生きしてないぜ」
　大口を開けて『ガッハッハ』と笑うセバスチャンを横目に、オレは比奈にも説明する。
「あ～そうなんだぁ」
　納得顔で頷くと、比奈は紫陽花に携帯電話をかざし始める。
　『写メ』とやらか……。
　……オレは機械はよくわからんが、比奈はこの『写メ』が好きらしい。
「いや～っ！」
　突然ハリーの悲鳴が上がる。
　驚いて見てみると、尻尾を丸めたハリーが首を振ってその場に座り込んでしまった。
「ハリー、どうしたんだ？」
　問うと、ハリーは目を潤ませてオレを眺めた。
「なんかいる～」
「何かいる？　なんだ？」
　しかしオレが『何か』を見つけるよりも先に、比奈がその『何か』をつまみ上げたのだった。
「カタツムリだね～」
　比奈はニコニコと手元を覗き込んでいる。
　何やら巻き貝の様だが……。
　丸い殻から出ている体が、うねうねと動いて何やら不気味だ。
　うねうねと動いて、それが段々とオレの目の前に迫ってきて、うねうねと……。
「はい、王子。カタツムリ」
「やめろっ！　気色悪いものを近づけるな！」
「あれ？　嫌なの？　じゃ、セバスチャンは？」
「こっちに持ってくんなよ！　ダメなんだよ、そういうの！」
　セバスチャンは叫びながら、背中の毛を逆立てた。
　それを見て、さすがに不評だったのが分かったらしく、比奈は残念そうな顔でカタツムリを元の場所に戻した。
「可愛いのになぁ～」
　……わからん……女の言う『可愛い』の意味が時々わからん……。
「じゃ、紫陽花も見たしカタツムリも見たし、そろそろ帰ろうか？」
　比奈はそう言ったが、セバスチャンが何故か重そうな体をゆっくりと動かした。
「セバスチャン？」
「ったく、しょうがねぇな……」
　セバスチャンはブツブツと呟きながら、ちらりとオレを振り返った。
「ついてきな」
「どこへ行くのだ？」
「ジャーキーのお礼だ」
　そう言うと、ノシノシと歩いて行ってしまう。
「どうしたの？」
「うむ。何やらセバスチャンが、ついて来いと言っているのだが」
「え～？　なんだろ？」
　意味がよく解らないまま、オレ達はただセバスチャンの後を追った。
　寺の脇を通り、裏側へ回る。
　すると、小さな花壇の１カ所で、セバスチャンが座り込んだ。
　ニヤニヤと笑みを浮かべながら、セバスチャンは太い尻尾をゆらゆらと揺らせている。
　野良猫にあるまじき巨体の影には、見慣れない花が咲いていた。
　大きく開いた白い花弁の先が、薄く紫に染まっている。
　中心部は黄色の班があるな。
　細くて長い葉の中央には、太い葉脈がある。
「わぁ～、綺麗。この花、なに？」
　花を四方から眺めながら、比奈は口を開いた。
「これは、花菖蒲って言うんだ。これも今の時期の花だぜ。この寺の主が、密かに植えてるんだよ」
　自慢気に説明するが、当然、比奈には通じていない。
　仕方なくオレが通訳をすると、比奈は嬉しそうに笑った。
「へぇ～、そうなんだ。知らなかったよ」
　珍しそうに、比奈は花菖蒲を眺めている。
　それを楽しげに見届けると、セバスチャンがゆっくりと立ち上がった。
「じゃあな。オレは帰るからよ」
「すまんな。付き合わせて」
「いいってことよ。お、そうだ」
　セバスチャンは何故か、ニヤニヤとオレの顔を眺めながら声を潜めたのだった。
「知ってるか、チビ助？　花菖蒲の花言葉はな……」
　セバスチャンの言葉を聞いて、オレは軽く鼻を鳴らした。
　……だからどうしたのかと、言いたいがな。
「そんじゃあな。ジャーキーありがとよ」
　呑気で調子外れな鼻歌を歌いながら、大きな体を左右に揺らしながらセバスチャンは歩いていく。
　その後ろ姿を眺めながら、ハリーは元気に尻尾を振った。
「おじちゃん、バイバイ～」
「だから、おじちゃんって言うなやっ！　よく言い聞かせとけ、チビ助！」
「嫌だ」
「ったくコレだから、若いヤツはよぉ～……」
　何やらブツブツ言っているが、よく聞こえないな。
　一通り『写メ』とやらが終わったのか、比奈は笑顔でこちらを振り返った。
「今度こそ帰ろうか？」
「ひなちゃん、ごはん！　お腹空いた～！」
「なに～？　お腹空いたの？」
　珍しく会話が成立しているのを横目で見ながら、オレは花菖蒲の１つにそっと近づいた。
　バランスを取って後ろ足で立ち上がると、花の１つを音を立てて口でもぎ取る。
　そして勢いよく跳躍し、比奈の肩に飛び乗った。
　不思議そうに目を丸くする顔を視線の端で捉えつつ、オレは花菖蒲を比奈の耳の後ろに差し込んだ。
「なに？　どうしたの、王子？」
「……美しい花だからな。押し花にでもしたらいいだろう」
　ボソリと呟くと、オレは地面に飛び降りる。
　……猫の体も悪くないな。身が軽い。
　それでも落ち着き無く尻尾を揺らせていると、後ろから比奈の声が聞こえてきた。
「ありがとう、王子」
　無邪気に微笑む顔を見て、オレは思わず目元を緩ませた。
　花冠を作って喜んでいた、小さな頃の比奈の顔と重なって見えたのだ。
　あの頃と、なんら変わりはないな。
　比奈に見えないように忍び笑いを漏らすと、オレはスタスタと歩き出した。
　背後からは、ハリーの元気な声が聞こえてくる。
「ひなちゃん、どうしたの？　嬉しい事でもあったの？」
「あ、ハリー。今日もイイコだったね～。泥だらけになっちゃったから、帰ったらお風呂入ろうね～」
「うん、一緒に入る！　おーじも入ろう～！」
「……オレはいい……」
「王子も洗ってあげるね～。水が跳ねて、お腹がドロドロだよ」
「…………」
　……いつになったら、恥じらいと言う物を覚えるのだろうか……。
　先行きが不安で仕方ない。
　見事に広がった青空を仰いでいると、不意にセバスチャンの言葉が浮かんだ。



「花菖蒲の花言葉はな『うれしい知らせ』って意味があんだよ」



　……オレはあまり、そういう迷信の様なものは信じない方だが……。
　まぁそれでも、比奈の元にはいつも『うれしい知らせ』がだけが転がってくるのを願うのも、悪くはないだろう。]]></description>
         <link>http://lu3.gagaga-lululu.jp/aiganouji/2009/07/post_1.html</link>
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         <category>002 水無月のお散歩</category>
         <pubDate>Fri, 24 Jul 2009 16:46:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>王子のお財布事情</title>
         <description>「はぅあっ！」
　実にみっともない事だが、周囲の目も気にせずオレは思わず叫んでしまった。
　……なんということだっ。
　オレの知らない間に、一体何が起こったというのだ……。
　震える手を止めることも出来ず、オレはただ手元を凝視してしまった。
「……引かれているっ。何故だっ！」
　しかし次の瞬間、後ろから声がかけられた。
「王子、申し訳ありませんが、順番が……」
「……うむ。すまんな」
　後ろで順番を待っていた者がいたことを、すっかり忘れてしまっていた。
　オレは一言謝ると、その場を離れた。
　だが、手元の事実は変わらない。
　魔界銀行王都本店を出ると、記帳の終わった通帳をもう一度確認する。
　……やはり引かれている。
　毎月の給料から、一定金額が引かれているっ。
　どういう事だ。
　これは親父に確認せねばならん！
　今は人間界の比奈の家に世話になっているが、魔界での職務もこなしている。
　魔界の王の嫡子とはいえ、オレも仕事を持っている。
　つまり月に一度、口座に給料が振り込まれるのだ。
　親父はオレを、『王子』だからと特別扱いはしない。
　あくまでオレは『仕事をしている者』の１人なのだ。
　なので、街や城で働いている者と同じように、月給制だ。
　幼い頃から、王族だからと特別に贅沢をしていた事はない。
　だが王族だからこそ、他の者と同じではよくない事もあるが……。
　それでも無数の贅沢品に囲まれ、何不自由なく暮らしてきた訳ではないのだ。
　駄目なものは駄目だと、しっかりと言葉で説明されて育ってきた。
　当時は理不尽だと不満も漏らした事もあったが、今ではその意味が解る。
　親父や母上は、オレの人格を尊重しつつ、他人の痛みが解る者になれと。
　民の苦しみや辛さを分かち合える者になれと、教えていたのだ。
　それは、正しいことだと思う。
　思うが……親父のすちゃらかな所は何とかして欲しいものだ。
　切に願う。
　眉間に皺を寄せながら、城へと向かう大通りを歩いていると、突然服の裾を引っ張られた。
「む？」
　振り向くと、オレの膝程の背丈の少年が、ジッと見上げていた。
　金色の髪に緑色の瞳。年はレティと同じくらいだろうか。
　どこかで遊んできたのか、服のあちこちに泥がついていた。
　オレと目があった瞬間、緑色の目がニヤッと笑った。
「久しぶりじゃん、王子。しばらく見なかったからさ、なんかあったのかと思ったよ」
「トマか。久しぶりだな。オレの方もまぁ……いろいろとあるのだ」
「ふぅん」
　この少年はトマという。
　両親は青果を扱う商いをしていたはずだ。
　オレは幼い頃から頻繁に街に出入りしていたので、顔なじみも多い。
　トマもその１人だ。
　最初に会ったときは、慣れない敬語を使い、体を萎縮させていたものだ。
　……オレは別に、小さな子供にひれ伏されたい訳じゃない。
　正直、いい気はしないものだ。
　こんな小さな子供に余計な気を遣わせても、何も嬉しくはない。
　だから、敬語は使わなくていい、普通に接してくれと言った。
  それからは、街でオレを見かけると、こうやって声をかけてくるのだ。
　時間が許せば、一緒に遊ぶこともあったな。
「アレだろ？　給料入ったんだろ？」
「……まぁな」
「なんかおごってよ。腹減ってんだ」
　ヘラヘラと笑いながら、トマはオレを見上げている。
　なんというか……こういう所は妙に鼻が効くな。
　オレはため息をつくと、トマの髪をかき回した。
「いいだろう。だが、食べるものはオレが決めるぞ」
「やった！」
　トマはその場で飛び上がると、何故か振り返った。
「おーい！　みんな、王子がおごってくれるってさ！」
　すると、路地裏からワラワラと子供達が走って出て来るではないか！
「何人いるんだ！」
「オレを入れて６人だけど？　いいっしょ？」
「……おごると言ったのだから、嘘はない」
「さっすが、王子！」
　集合した子供達は、その場で歓声を上げている。
　……いいように使われてしまった。
　まったく、要領のいいヤツだ。
　オレは苦笑を噛み殺すと、子供達を引き連れて通りを歩いた。
　程なくすると、街の一角に小さな赤い屋根の喫茶店が見えてきた。
　うむ。懐かしいな。
　幼い頃から、何度も通ったものだ。
　古びた木製のドアを開けると、上部に取り付けてあった鈴が鳴った。
　それを合図に、店の奥から店主である女性がやってきた。
　顔に刻まれた皺が重ねてきた年月を感じさせるが、決して嫌味なものではない。
　いつも笑顔でいる為に刻まれる、素晴らしいものだ。
　オレの姿を見た瞬間、彼女は穏和な笑みを浮かべた。
「あら、王子。お久しぶりね。今日はお友達をたくさん連れてきてくれたの？」
「まぁな」
「じゃ、奥に座ってちょうだいな。注文は？　いつものかしら？」
「うむ」
　『わかったわ』と言うと、彼女は店の奥へと消えてしまう。
　オレは子供達に席を促すと、奥の椅子に腰を下ろした。
　店内はお世辞にも洒落ている、とは言えない。
　だが、隅まで手が行き届いた掃除がされている。
　壁もテーブルもイスも、古き良き暖かみのある雰囲気だ。
　昔から変わらない。そこが好きなのだ。
　トマを始めとして、子供達は次々に腰を下ろしていく。
　子供達は皆、少年だな。
　年はトマと同じくらいだろう。
　トマと一緒に居るところを、何度か見た覚えがあるな。
　店内を不思議そうに見渡していたトマが、少し身を乗り出した。
「王子、こんな小さい店に来るの？　結構、古そうじゃん」
「解っていないな。店が古いと言うことは、それだけの年月を営業しているということだ。つまり、客が途絶えない。それだけの価値がある店だということだ」
「そっか」
　『ふぅん』と素直に頷くと、トマは隣に座っている少年に声をかけた。
「お前、王子にちゃんと挨拶しろよ。会うの初めてだろ！」
　言って、トマは小さな手で、隣の青い髪をした少年の頭をはたいた。
「いって！　だってさぁ……王子様だろ？　魔王陛下と同じ紅い目で……紅眼の一族だろ？　どうすりゃいいんだよ……」
「そんな小さい事を気にする人じゃないよ。王子はなんていうか……でっかい心を持ってんだよ」
「お。今、良いことを言ったぞ、トマ」
「だろ？」
　オレが鼻を鳴らして笑うと、トマは得意気な顔をした。
　青い髪の少年は、ちらりとオレの顔を見た。
「えと……オレ、セシルって言います。親は小さな焼き菓子屋をやってて……」
「ほう。だったら今度、城に持ってきてはくれないか？　親父宛てでな。もちろん、菓子代も親父宛てで」
「えぇっ！　とても魔王陛下に献上できるようなものじゃ……っ」
「そんな事はないぞ。厨房の料理人が作ったまかない菓子も、盗み食いするような親父だ。素朴というか……手作り感があるような菓子が好きらしい」
「はぁ……」
　オレの言葉に、セシルは僅かに頷いた。
「やったじゃん、セシル！　陛下に食べてもらえるってさ！　お前も仕事手伝ってるんだろ？」
「仕事っていっても、簡単な仕込みだけだぞ」
「いいじゃん。今までの苦労が報われるんだぞ」
「親に言われて渋々やってたけど……陛下に食べてもらえるんだったら、嬉しいな」
「だろ？」
　トマはセシルの背中を叩くと、オレに向かってこっそり親指を突き出した。
　まったく……トマは世話焼きというか、人が良いというか。
　密かに苦笑をしていると、店主の元気な声が響いた。
「賑やかだねぇ。はいよ、注文の品」
「騒がせてすまない」
「子供の声は好きだよ。元気になるからね」
　言いながら、テーブルに人数分の皿を置いていく。
「ゆっくりね」
　彼女はニコニコと笑うと、再び店の奥へ消えていく。
　子供達は、目の前の皿の上に乗っている、丸いボール状の揚げ菓子を見つめたままだ。
「遠慮せずに食べろ」
　オレが言うと、トマは不思議そうな顔で見つめてきた。
「これ、なに？」
「シュネーバルだ」
「……ってなに？」
「知らないのか」
　聞いたオレに、トマは深く頷いた。
「……そうか。元はと言えば、親父が人間界で気に入った菓子のレシピを、懇意にしていたこの店の先代の店主に教えたのが始まりだったらしいからな。確か……どこかの国の言葉で『雪の玉』という意味だったか……。ひも状の生地をボールのように丸めて型に入れ、油で揚げたもの、だったはずだ。材料はよく知らんが」
「へぇ～。人間界のお菓子なんだ」
　トマやセシル、それに少年達は、珍しそうに菓子を眺めている。
　魔界に暮らす者にとって、人間界の料理を口にすることは、ほとんどない。
　この店の菓子も、特に『人間界の菓子』とは謳っていないからな。
　近隣の住民が知らないのも当然だろう。
　『まぁ、食べろ』と促すと、子供達はシュネーバルを口いっぱいに頬張った。
「なんか、すっごいサクサクする！」
「美味いだろ？」
「うん。王子、何でも知ってるんだな」
「……オレも親父に連れてこられたんだ」
「そうなの？」
「まぁな」
　こういう菓子は、敢えて手掴みで食べるのが美味なのだ。
　オレはシュネーバルにかぶりつく。
　うむ。このサクサク感がたまらない。
　……比奈に頼めば、作ってもらえるだろうか？
　是非、比奈にも食してもらいたいものだ。
「あ、そうだ！　王子！」
　不意に、トマが顔を上げた。
「どうした？」
「最近、城から変なコが来るんだよ」
「変なコ？」
「女の子なんだけど……長くて黒い髪で青い目で……」
「ん？　レティか？」
　オレの言葉に、トマの顔がパッと明るくなった。
「そうそう！」
「レティが街に来るのか？」
「時々だけどね。最初は道に迷ってたのを助けたんだけど、そのうち一緒に遊ぶようになってさ。な？」
　トマが少年達に返事を求めると、彼らは口々に言った。
「変わったコだよな。可愛いけど」
「そう。冗談とかもすぐ信じちゃうんだよ」
「真面目っていうか、硬いっていうか……」
「可愛いんだけどな」
「それは、わかったってば！」
　ギャーギャーと口を開き出す子供達を、眺めてしまう。
　そうか。レティも街に来ているのだな。
「トマ」
「なに、王子？」
「レティにはよくしてやってくれ。あれはオレの……妹のようなものだからな」
「そうなの？」
　トマは一瞬だけ目を見開くと、トンと自分の胸を叩いた。
「任せてくれよ。この辺りはオレが仕切ってるからな。変なヤツに絡まれないように、ちゃんと面倒見てやるよ」
「頼むぞ」
「あのコ、ちょっと世間ずれしてるとこがあるからなぁ……。そういうジョーシキも教えないとな」
　腕を組んで考え込むトマを見て、オレは笑いを噛み殺す。
　トマはこの街のガキ大将だからな。
　任せておいて、問題はなかろう。
　菓子を食べ終わり子供達と別れると、オレは城へと急いだ。



　城内に入ると、相変わらず忙しそうに人が出入りしている。
　親父を捜して廊下を歩いていると、メイドの１人がオレに気付いた様だ。
「あら王子、お帰りなさいませ」
　そばかすの少し浮き出た人懐こい笑顔を向けてくれたのは、リンティだな。
　まだ年若いのに、あれやこれやと随分世話を焼いてくれる。
「仕事中にすまないが、親父はどこにいる？」
「陛下でしたら、定例会議中でございますよ」
「そうか……」
「会議室に飲み物を運ぶように言われておりますので、何かございましたらお伝えしておきますけれど？」
　僅かに首を傾げて、リンティが柔らかに言った。
「そうだな。ならば、オレが中庭で待っていると、伝えてもらないだろうか」
「はい。確かに」
　リンティはニッコリと微笑んで一礼をすると、厨房へと向かっていった。
　さて……。
　オレは中庭で待つとするか。
　渡り廊下を歩き、中庭へ向かう。
　中庭へとさしかかると、丁寧に手入れされた草木がキラキラと輝いている。
　水をやったばかりなのだろうか。
　オレは中庭にあるベンチに座ると、空を仰いだ。
　うむ。今日も良い天気だ。
　人間界も良い天気なのだが、いかんせんあの湿気がな……。
　ジメジメとどうにも苦手だ。
「主～っ！」
「む？」
　元気な声に目を向けると、勢いよくレティが走ってくるところだった。
「転ぶぞ」
「大丈夫だ～」
　そのままの勢いで駆けてくると、ベンチのオレの隣に飛び乗った。
「主がいらしていると、リンティ殿から教えてもらったのだ」
「そうか」
「うむ。元気でお過ごしだろうか？」
「オレは元気だ。大丈夫だ」
　オレはレティの頭を撫でつけると、ふと思い出した。
「そうだ、レティ。預かり物がある」
「む？」
「比奈が昔、読んでいたそうだ。物置から出てきたので、お前に渡して欲しいと」
「ほう！」
　瑠璃色の目を輝かせるレティに、オレは一冊の絵本を手渡した。
「おお！　これは……なんというのだ？　私はまだ日本語が読めないのだ」
「そうか」
「主。読んで欲しい」
「よかろう」
　オレはレティにも見えるように本を膝上で広げると、表紙に書かれているタイトルを読み上げた。
「ももたろう」
「ほう」
「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。まいにち、おじいさんは山へしば刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。ある日、おばあさんが川のそばで、洗濯をしていると、川上から、大きな桃が『ドンブラコッコ、スッコッコ。ドンブラコッコ、スッコッコ』と流れて来ました」
「……桃が流れてきたのか？　不思議だ！」
「そうだ。不思議なのが良いところだ」
「ほう！　すっこっこなのだな」
「そうだ」
「了解した」
　レティは深く頷くと、再び絵本に視線を移した。
「おばあさんは桃を拾い、夕方になっておじいさんは山からしばを背負って帰って来ました。桃を食べようと思っていると、桃は中から二つに割れて、男の赤ちゃんが元気よくとび出しました」
「おお！　何故に桃から人が生まれるのか！」
「うむ。おそらくそういう一族なのだろう。桃族だな」
「そうなのか。知らなかった……」
「本は知識を与えてくれる。貴重な物なのだ」
「なるほど」
　再びレティは真顔で頷くと、『早く次を』とオレを急かす。
「桃の中から生まれた子だというので、この子に桃太郎という名をつけました。桃太郎はスクスク育って、やがて強い男の子になりました。そしてある日、桃太郎が言いました。『鬼ヶ島へ行って、悪い鬼を退治します』そして、おばあさんにきび団子を作ってもらうと、鬼ヶ島へ出かけました」
「きびだんご、とは何か？」
「恐らく、きびで作られた団子だな。穀物の一種だったと思う」
「主は博識なのだな。私は食べてみたい」
「うむ。今度、比奈に聞いてみよう」
「比奈殿は何でも作れるお方であり、とても優しいお方なのだ。次にお会いした時に聞いてみよう」
　興奮気味にフンと鼻の穴を広げるレティは、忙しく絵本の次のページを捲る。
「早く続きを！」
「解った解った。旅の途中で、イヌに出会いました。『桃太郎さん、どこへ行くのですか？』『鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ』『それでは、お腰に付けたきび団子を１つ下さいな。お供しますよ』イヌはきび団子をもらい、桃太郎のお供になりました。
まぁ……そんな感じでサルとキジも供にしたのだな」
「私も皆と旅をしたいものだ」
「どこへ行くんだ？」
「むぅ～。わからないが……旅をするのだ。いろいろな所を見て回るのだ。冒険なのだ！」
「そうか。迷子にならないようにするんだぞ」
「そういうのではない。もっと広くて船とか乗って竜で飛んで旅をする……大冒険なのだ！」
「こうして、イヌ、サル、キジの仲間を手に入れた桃太郎は、ついに鬼ヶ島へやってきました」
「無視なのか、主！」
　ムッと眉根に皺を寄せながら、レティはオレを見上げてくる。
　オレはレティの黒髪を撫でつけると、少しだけ視線を泳がせた。
「まぁ……もう少し知識を身につけ、魔法を覚え、大きくなってからだな」
「むぅ……」
「続きを読むぞ。鬼ヶ島では、鬼たちが近くの村からぬすんだ宝物やごちそうをならべて、酒盛りの真っ最中です。桃太郎の号令でイヌは鬼のお尻に噛み付き、サルは鬼の背中を引っ掻き、キジはくちばしで鬼の目をつつきました。そして桃太郎も、刀をふり回して大暴れです」
「主……」
「なんだ？」
「鬼とは皆、もじゃもじゃの頭なのか？　角が生えていて、皆、虎模様のパンツをはいているのか？」
　レティは絵本に描かれている、『鬼』の絵を小さな指でさした。
「どうなのだろうな。日本の童話では、そう描かれるのだろう」
「ほう。一度、目にしてみたいものだ」
「とうとう鬼の親分が、『まいった、まいった。降参だ、助けてくれ』と、手をついてあやまりました。桃太郎とイヌとサルとキジは、鬼から取り上げた宝物を車に積んで、元気よく家に帰りました。おじいさんとおばあさんは、桃太郎の無事な姿を見て大喜びです。そして三人は、宝物のおかげで幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
「主……」
「今度はなんだ？」
「イヌとサルとキジも、幸せに暮らしているのか？」
「もちろんだ。立派に供をしたのだから、当然、優遇されている。勇者なのだ」
「おお！　勇者なのだな！」
「そうだ」
　『おお！』と歓声を上げると、レティは絵本のページを一番最初まで戻した。
　そして、そのままオレをジッと見上げるのだった。
　……もう一度、読めと言うことなのだろうか？
　レティの視線に耐えかねて諦めた瞬間、遠くから陽気な声が響いた。
「待たせたかね、息子よ」
「おかえりなさいませ、王子」
　やっと来たか。
　呑気な笑顔を浮かべている親父と、無表情のフォルカスがゆっくりとこちらへやってくる。
「会議中に済まないな」
「別に構わんよ。ただ、フォルカスがね……」
　苦笑する親父の後ろで、フォルカスが心なしかムッとしている様にも見える。
「陛下、ワタクシの第５３案はいつになったら、可決されるのでしょうか？」
「だからね、フォルカス。別に魔界にコンビニは必要ないのだよ」
「いいえ、陛下。住みよい魔界作り推進委員会会長として、コンビニのチェーン展開をすべきです」
　……また訳のわからん会議をしていたのか。
　オレが呆れて眺めている間にも、フォルカスの熱弁は止まらない。
「いいですか、陛下。２４時間、店が開いているのですよ？　便利ですよ？　夜中に突然アイスが食べたくなったらどうします？　そういう時にコンビニがあると便利なのですよ」
「私なら我慢するよ。それに、今までもコンビニなどなくてもやってこれたのだから、需要はないと思うね」
「……魔王陛下共同開発限定スイーツなどが、店頭に並ぶのですよ」
「…………っ」
「親父、鼻の穴を広げるな……」
　心が傾きかけている親父に釘を刺すと、親父はハッと我に返った。
「いいや、駄目だ駄目だ。深夜に民を働かせる訳にはいかんよ。却下だ、却下」
「……ワタクシは諦めませんよ、陛下」
「諦めてくれ」
　ため息をつく親父を半眼で眺めていると、不意にレティがベンチから飛び出した。
「父上殿！」
「どうしたね、レティ？」
　急いで親父に駆け寄ると、レティはその足下でもどかしそうに地団駄を踏んだ。
「イヌとサルとキジが勇者で、鬼がもじゃもじゃで虎のパンツでめでたしなのだ！」
「……ん～、なんだかよく解らないが、めでたしなら良かったね」
　そう言うと、親父はレティの頭を撫でている。
　……今の説明で解ったのか？
　レティは満足そうに、満面の笑みを浮かべている。
　……まぁ、本人が喜んでいるのならよいが。
「何事ですか？　何がめでたしなのですか？」
　相変わらずの涼しい顔でフォルカスが尋ねてくるが、オレは無言で手元の絵本を取り上げた。
　表紙を見た親父とフォルカスは、同時に『あぁ』と唸った。
「桃太郎の話だったのだね」
「虎のパンツですね」
　何故かそこの部分だけ取り上げたフォルカスに、レティはパッと顔を輝かせた。
「そうなのだ。鬼は皆、虎のパンツをはいているのだ。不思議だ」
　『ううむ』と唸ったレティに、親父は僅かに笑った。
「日本では古方位といって、家の中心から北東は鬼門と呼ばれるのだよ。鬼が出入りする縁起の悪い方向だと言われている。『丑寅』の方角が起源で、鬼が虎のはき物で牛の角が生えているのは、そこからきているという説もあるね」
「おお！　父上殿は物知りなのだ」
「長く生きているからね、それなりの知識を、得る機会があるということだよ」
　瞳を輝かせて感心しているレティの頭を撫でながら、親父をこちらに視線を投げた。
「ところで、どうしたね？　私を待つほどの用事があったのかな？」
「そうだった」
　オレはハッと思い出して立ち上がると、魔界銀行の通帳を突き付けた。
「これは一体どういうことだ。何故、オレの給料から毎月天引きされているのだ。納得のいく説明をしてもらおう」
　ムッと睨みつけるが、親父は涼しい顔で『おや？』と首を傾げた。
「言っていなかったかね？」
「何がだ」
「お前の給料から毎月一定額を差し引いて、お前の生活費として比奈殿に送金しているのだよ」
「なにっ？」
　眉を潜めたオレに、親父は大げさに肩をすくめた。
「当たり前だろう。それともなにかね？　比奈殿の家を間借りしていて、なおかつ食事も用意してもらって……全て比奈殿の家の家計から出されているとでも思ったのかね？　それはね、息子よ。『ヒモ』と言うのだよ。女性に経済的に頼る男を『ヒモ』と言うのだよ。アレかね？　お前は『ヒモ』なのかね？」
「……違う」
　絞り出した言葉に、親父は大げさに『そうだろう』と声を上げた。
「だから、お前の給料から生活費を差し引いて、比奈殿に渡しているのだ。何か問題でもあるかね？」
　ニヤニヤと笑いながら、親父は『うん？』と返事を促してくる。
　……くっ。
　こうなると解って、わざとオレに説明をしなかったなっ？
　オレは鼻でフンと息を出すと、マントを翻した。
「もういい。帰る」
「おや、もう行くのかね？」
「用事は済んだからな」
「主……」
　足下で、レティが寂しそうに見上げてくる。
　オレは自分の頭を掻くと、持っていた絵本をレティに手渡した。
「これを日本語を覚える為の、教材とすればいい」
「うむ。承知した」
　レティは本をしっかりと受け取ると、ニッコリと微笑んだ。
　傍に居てやれなくて、済まないな……。
　オレはレティの頭をもう一度撫でると、竜舎に向かって歩き出した。



「あ、おかえり～、王子」
「うむ、今帰った」
　オレは『ミニ王子』姿になると、比奈の部屋のある２階の窓から入ってきた。
　どうにも暑いらしく、窓が開け放たれていたのだ。
　窓の隙間から室内へ入ると、ベッドで寝ころび本を読んでいた比奈が、ニコリと微笑みかけてきた。
「随分長いお散歩だったね。遠くまで行ってたの？」
「……まぁな」
　オレは窓から飛び降りると、ちらりと比奈を見上げた。
「ところで、比奈」
「なぁに？」
「毎月、オレの生活費を受け取っているのだろう？」
　言うと、比奈は『ああ～』と声を上げた。
「一応、魔王パパから『取っておきなさいって』あたしの口座に入ってきてるけど……正直、王子の生活費ってかからないもんね。お家だってドールハウスだし、食事だってハリーの方が食べるし……ちゃんと取っておいてあるから、まとめて返すね」
「いや、いい。もらっておけ」
「なんで？」
　比奈はキョトッと首を傾げるが……。
　オレだって男だ。
　女性の比奈に、何から何まで世話になるのはプライドが許さない。
「……いつも思うんだけどさ」
「なんだ？」
「魔界のお金なのに、ちゃんと日本円で入金されるんだよね。なんで？」
「魔界の貨幣を、人間界各国の金に換金できる機関があるんだ。そこでオレは日本円に換金して持っているのだ。親父もそうしているのだろう」
「えっ！　そうなの？」
　比奈は目を丸くして、思わず上半身を起こした。
「オレだって、自分で金を支払う事だってあるだろう」
「あぁ～そうだよね。時々、自分のお財布からお金出してるの見たことあるし……そういう事なんだぁ」
　『へぇ～』と唸ると、比奈は再びベッドに寝ころんだ。
「比奈」
「なに？」
「……アイスが食べたくはないか？」
　ボソリと呟くと、比奈は小さく笑った。
「冷蔵庫の中にはないから、コンビニに買いに行こうか？」
「うむ」
　コクリと頷くと、比奈はベッドから立ち上がった。
「オレが払うから、比奈は金を持って行かなくていいぞ」
「ホント？　ならあたし、ハーゲンダッツのバニラがいい～」
「うむ。任せろ。ちなみにオレはアズキミルクだな」
「好きだね～」
　ニコニコと笑いながら、比奈はオレに向かって手を差し出した。
　オレがその手に飛び乗ると、比奈は『やっぱりストロベリーにしようかなぁ』と呟きながら、部屋を出た。
　……魔界にコンビニがあるのも、悪くないかもしれんな。
　少しだけ、フォルカスの気持ちが分かったような気がした。
　……本当に少しだけだかな。</description>
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         <category>003 王子のお財布事情</category>
         <pubDate>Fri, 24 Jul 2009 16:48:20 +0900</pubDate>
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