一話(1)

 足の裏に、冷たい石の感触。  辺りはとても静かで、静かすぎて、自分の鼓動がやけに耳に響く。  風通しの小窓から差し込む月光に、部屋の中にある物が、ぼんやり青く浮かんでいた。  箱。――大小さまざまの箱が、天井まで届く棚に、無数に並べられている。  部屋に入ったときに強く感じた黴臭さは、呼吸を繰り返すうち鼻が慣れてきたようで、いまは、さほど気にならない。  ……早く戻らなくちゃ。  まさか、こんな...

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一話(2)

「どうした。何を探してる?」  宝物庫の外には、番兵の姿などどこにもなかった。まさか、中に見張りがいたなんて。  ライラはじりじりと後ずさりした。……大丈夫、こちらはヴェールをしている。顔は見られていない。見つかってしまった以上、ひとまず逃げるしかない。 無意識に、心臓のあたりを手で押さえていた。激しい鼓動が手のひらに伝わる。「逃げるつもりか。ま、そうだろうな。けど、まだ探し物は見つけてないんだろ...

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一話(3)

 男の靴音が、近づいてくる。 「こ……来ないで!」  だが男が足を止める気配はなく、ライラは膝を抱えて顔を伏せた。  顔を見られて、正体を知られて、盗みの罪で捕まるわけにはいかない。そうでなくても、大人の女性は、滅多なことで男性に素顔をさらしてはいけないと、きつく言われているのだ。 もう十六歳なのだから。顔を見せてもいいのは、父親とか、いずれ夫となる相手とか……。  あの人、には……まだ、見せてな...

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一話(4)

 黙り込んだライラに、男は、じゃらじゃらと音を立て、鍵束を振ってみせる。 「別に、全部話せとは言わないさ。ただ、話の内容によっては、俺はおまえを捕らえもしないし、ドゥーンバーン王期の部屋を開けて、目的のものを探してやってもいい」 「……ずいぶん寛大じゃない」 「寛大すぎて信用ならないか?」  男は笑って、鍵束から、ひとつを選び出した。 「夜は長い。退屈してた。そこに麗しき女盗賊の登場だ。俺としては...

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一話(5)

「それで間違いないか?」 「……」  返事が声にならず、ライラは何度も頷いた。男も目を細めてライラの手元を覗き込んだが、首を傾げる。 「暗くてよく見えないだろう。本当にそれでいいのか?」 「いいの。わかる。……あたしには、わかる」  男の言うとおり、窓から射す月明かりだけでは、石はルビーかどうかすら、判別できない。だがライラの直感は、それが本物だと告げている。  ……あなたも、わかるでしょう。あた...

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一話(6)

「あ……あなたは……どう、するの」  ライラはひったくるようにして男の手を振りほどき、ルビーを後ろ手に隠した。 「俺?」 「泥棒を、逃がしたら、あなたが……」 「なるほど。それは確かに、俺の失態だな」  ちっとも重大なこととは思っていないような口調で、男は頷いた。 「そうだな。じゃあ……一日だけ、猶予をやろうか」 「猶予?」 「そう、猶予だ。この夜が明けてから一日だけ、俺はおまえを見逃してやる。た...

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