四話(2)
「あっこら、開けなさいよー!」
慌ててドンドンと扉を叩いても後の祭り。うんともすんとも返事が無い。
「うぅ……ふ、ふん。逃げても無駄よ。正面から参拝してやるんだからっ」
負け惜しみのように言ってカミ・ザオネイルの間有料扉へと向かい始めるアイリス。
「根気強いですねぇアイリス様」
「あらあなた、そういえばこの間は千ラン紙幣を、さっきは裏切りをどうも」
「いやあ面目ない。カミに願いを叶えてもらえる機会なんて滅多にないものですから~」
悪びれずにコリコリと頭を掻く使用人。何故か楽しそうにアイリスの後をついてくる。
「で、で、先ほどの薄笑いの真相はいかに? 何か必勝法を思いついたんですかっ?」
「……私はあなたがどうしてそんなに楽しそうなのかが知りたいわ」
「どうしてって、アイリス様がいらしてからというもの退屈しませんね、ここ数日。僕だけじゃないですよ。ザオネイル様もアイリス様がいらしてから、なんだかお楽しそう」
「ザオネイルがお楽しそう~?」
思わず足を止め、胡乱な眼差しを使用人に向けてからアイリスはプクッと頬を膨らました。
「そりゃあ楽しいでしょうよ。人の真剣な願いをさんざ弄んで楽しんでるんだものっ」
「そうじゃなくてなんだか生き生きしてるというか。さっきだってわざわざ部屋を出てアイリス様の先回りをしてましたでしょ? あんなこと今までに一度だって無かったですもん」
「ふうん。さすがに弱ってきたのかしら」
再び歩みを進め、参拝用の扉の前まで来てアイリスはまた立ち止まった。先客がいたのだ。
荘厳な音と共に開いた扉の前に、身なりの良い老紳士が立っていた。熱心に首を伸ばして室内を探っているが、案の定ザオネイルの姿は天蓋の下に見当たらない。
「むう、また留守か……」
苦々しげに呟き、踵を返した老紳士の顔を見て使用人が小さく声を上げる。
「あ、あれはザオネイル様と先約を交わしている地元の旅館の社長です」
「先約?」
「ちらっと聞いちゃったんですけど、自分の所の温泉源をもっと広げて欲しいとか……」
あの人偉そうであんまり好きじゃないんだよなあ僕、との声を聞き流しながら、アイリスは先ほどのザオネイルの台詞を思い出していた。
(この人に順番を譲ってもらえたらもしかして……)
少し考え、聞くだけタダだし、と老紳士に歩み寄ってみる。
「あのー、ちょっとご相談があるんですけど……」
怪訝そうに振り返った社長は、しかしアイリスが皆まで言わないうちに首を横に振った。
「ダメだダメだ。こっちは家宝の金の招き猫まで差し出してるんだぞ。どきなさい」
「でも時間が無いんです。一刻も早く叶えてもらう必要があって……」
「ふんワシだってそうだがね。ライバル達が同じ願いを叶えてもらいにくるかもしれん。そうなる前に一刻も早く、だ。億単位の金が動くんだぞ。まあ君には縁の無い話だろうが」
最後にアイリスを上から下までじろじろと眺め、嫌な笑い方をして彼は去って行った。
「なっ……何よあの人! 最後のあれ必要? ねえ必要っ?」
「やはり庶民の格好をしていると、王女様とはいえオーラが薄れるものなんですかねぇ」
憤るアイリスに使用人はズレまくった同調をする。
「大体あれってつまり、ライバル達の温泉を奪ってしまおうってことでしょ? ザオネイルはそんな願いを平気で受け付けるわけ!?」
「受け付けたんでしょうねぇ。多分、家宝を差し出せとかなんとか言ったんですよ」
「ちょっと言ってやらなきゃ気が済まないわ!」
小切手と引き換えに手に入れた千ラン札の束を取り出し、一枚を箱に吸わせ、さらにもう一枚を使用人に渡すアイリス。荘厳な音と共に扉がパカッと開いた。
「入場料ですね。まいど!」
頑張ってくださーい! との彼の応援を背に受けつつアイリスは室内へ踏み込んだ。
(どこにいるのかなんてもう分かってるんだから)
慣れた様子でツカツカツカッと広間を渡り、段をよじ登って天蓋の下へ入り込む。
案の定ザオネイルは紅色の紗幕の合間で、何故か金の招き猫を胸に抱いたままスカーッと寝こけていた。よく見ると、周囲にも貢物らしい怪しげな壷や置物がぽつぽつと見つかる。
「ザオネイル起きて、ねえ起ーきーてーっ」
懸命に肩を揺すり腕を叩き鼻を摘み招き猫を奪ってみたのだが、なかなか起きてくれない。
「むぅ、しぶといわね」
今度は無理矢理上半身を起こそうと頭を持ち上げてみる。しかしこれが意外に重く、支えきれずにゴンッと床に落としてしまった。うぐぅ、と呻き声を発するザオネイル。
「あっ……ご、ごめんなさい!」
さすがにこれは痛いはずと慌てて謝ったのだが、彼は再び目を閉じて寝始めてしまった。今度は寝息すら立てず実に安らかだ。手強い。