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    <title>小学館：ルルル文庫／WEB小説_キャンディ・ポップ</title>
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    <updated>2008-07-14T07:24:57Z</updated>
    <subtitle>ルルル文庫WEB小説</subtitle>
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    <title>四話（３）</title>
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    <published>2008-05-26T15:00:00Z</published>
    <updated>2008-05-26T15:00:12Z</updated>
    
    <summary>「もう、ちっとも聞いてくれないんだから……！」 　ぺたんとお尻を床につけ、さすがのアイリスも音を上げて小休止に入った。膝を抱えてザオネイルの寝顔を眺めつつ、どうやって叩き起こそうかと考え始める。 （でもほんと、こうして見てると全然普通の人間と変わりないのね） 　あれこれ策を練る合間に思考の端っこで、ぼんやりとそんなことも思っていた。 　カミは不老不死だから実際の年齢は分からないが、人間で言うと丁度...</summary>
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        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
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        「もう、ちっとも聞いてくれないんだから……！」
　ぺたんとお尻を床につけ、さすがのアイリスも音を上げて小休止に入った。膝を抱えてザオネイルの寝顔を眺めつつ、どうやって叩き起こそうかと考え始める。
（でもほんと、こうして見てると全然普通の人間と変わりないのね）
　あれこれ策を練る合間に思考の端っこで、ぼんやりとそんなことも思っていた。
　カミは不老不死だから実際の年齢は分からないが、人間で言うと丁度レジーと同じくらいの年頃に見える。嫌味な親父から家宝を奪ったり、一国の王に愛娘を献上させたりしているとは外見だけなら誰も思うまい。少し開いた唇にはあどけなさすら感じられた。
（不思議な髪の色。薄曇の日の桜の花みたいね。カミの血は赤くないって本当かしら……）
　髪よりも色味の濃い睫毛に前髪が引っかかっているのを見て、アイリスは無意識に手を伸ばして取ってやっていた。手を除けてから彼が目を開けていることに気付き、ドキリとする。
「あ、な、何っ？　頭痛い！？」
　何故か狼狽し、パッと手を引っ込めたアイリスを夢の続きでも見るように少し眺めて。
横になったままザオネイルは折角開けた目をまた半分閉じ、呆れ声を出した。
「またお前か、しつこいな……。いいか、たとえ動機が愛でもストーカー行為は犯罪……」
「違うわよ！　仕方ないでしょ、捕まえとかないとあなた逃げるんだもの。こっちは一刻も早くお父様の願いを叶えて欲しいっていうのに、いい加減分かってくれないっ？」
　頬を膨らまし、眉根を寄せて言い立てるアイリスを今度は興味深げに見るザオネイル。
「変な奴だな、お前」
　平素はやる気の無い瞳が、今は何かを面白がるような光を乗せていた。
「また父親の願いの話か。カミがこんな近くにいるのに、何か頼もうとは思わないのか？」
「あのねあなた記憶力ある？　散々頼んでるじゃないのよっ」
「それはお前の欲求ではない。普通はカミを見れば、もっと個人的な願いをするものだ」
「だから、今はお父様の願いを叶えてもらうのが私の一番の願いなんだったら」
　それは本心だった。元よりカミ嫌いで育ったアイリスだ。よほどのことが無ければカミに頼ろうとなどとは絶対に思わないだろう。
　ふうん、と言って寝転がったまま伸びをし、ようやくムクリと起き上がるザオネイル。
「なら順番を待つんだな。俺はトイレの順番とかそういうのは守る方だ」
「え、カミってトイレ行くの？……ってそんなことはどうでもよくて、そういえばそのことだけど、人のものを奪ってまで利益を求めるような人間の願いを叶えていいわけ？」
　アイリスが社長を引き合いに出すと、ザオネイルは途端にかったるそうな表情になった。
「知るか。人間の願いなどカミにとっては食料に過ぎない。カミにとって良い人間とは、なるべく個人的で即物的な願いをしてくる奴のことだ。金が欲しいとか、出世とかな」
「えっあなた、今までもそんな願いを叶えてきたの！？」
「だとしたら、なんだ」
　目を細め、ザオネイルは皮肉っぽい口調で続けた。
「カミに善悪の判断をしろと？　どんな願いでも叶えれば物事が変わる。それによって得をする者も損をする者もいる。回り回って最初に得をした者が損側になることもあるだろう。しかしそれは、俺にはもはや関係の無いことだ。だが人間とは面白いものでな。あの願いさえ叶えられなければ……という具合に、しばしばカミを憎む」
　不意を衝かれた気分になってアイリスはまじまじとザオネイルの顔を見た。面白いと言っているわりに、面倒くさそうな表情しかその顔には浮かんでいない。
（確かに……それは一理あるかも）
　身に覚えがあるわけではなかったが、身近な例で想像はついた。国の施策として何かを打ち出すたび、それが成功しようが失敗しようが、必ずどこかから文句が出ると父王がぼやいているのを耳にしたことがあったのだ。あちらを立てればこちらが引っ込む。最初は喜んでいた者達も、やがて批判に転じることがままある。民とは勝手なものよ――
（そう考えるとカミって、確かにちょっと大変っていうか……損な役回りかも）
　さっきの嫌味親父のような人間も積極的に訪ねてくるし、叶えても必ず感謝されるわけではないとなれば、たとえ空腹を満たすためとはいえ、やる気が出ないのも頷ける気がする。
　――と、そこまで考えてアイリスはハッとした。
（いやいや同情してどうすんのよ！　こっちは約束通り献上されてんのよっ？）
　自分の心が一瞬カミ側に傾いたことに気付き、ちょっと焦った。やる気が出なかろうがなんだろうが約束は約束だ。国のためにも生真面目な父親のためにも、守ってもらわねば困る。
　……とはいえ、全くカミの立場を考えずに物を言ってしまったことは気になるような。
「あの、悪かったわ。良く知らないのに口出して。だからって約束は守ってもらうけど……」
　居心地悪そうに切り出したアイリスを、ザオネイルはきょとんと見つめた。
「カミに意見した挙句謝るとは、お前、本当に変な奴だな」
　そして他人からはそれと分からない程度に、少し笑った。

        
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    <title>五話（１）</title>
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    <published>2008-05-28T15:06:58Z</published>
    <updated>2008-05-28T15:15:12Z</updated>
    
    <summary>アイリスによる〝ザオネイルのおやつ抜き大作戦〟―― 可愛い名前とは裏腹に実際のところ体力勝負なそれは、思いついたその日から開始された。 「ザオネイル様、湯殿の清掃が終了いたしましたが……」 「お、ならひと風呂浴びてくるかな」 　丁度千ラン紙幣で扉を開けた参拝者がいるというのに見向きもせず、ふんふんと鼻歌を奏でながら廊下に出てしまうザオネイル。その後を何者かの影が尾行していた。 （私の予想が正しけれ...</summary>
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        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
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            <category term="005五話" />
    
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        アイリスによる〝ザオネイルのおやつ抜き大作戦〟――
可愛い名前とは裏腹に実際のところ体力勝負なそれは、思いついたその日から開始された。
「ザオネイル様、湯殿の清掃が終了いたしましたが……」
「お、ならひと風呂浴びてくるかな」
　丁度千ラン紙幣で扉を開けた参拝者がいるというのに見向きもせず、ふんふんと鼻歌を奏でながら廊下に出てしまうザオネイル。その後を何者かの影が尾行していた。
（私の予想が正しければザオネイルは、そろそろおやつに手を出すはずよ……！）
　きらんと菫色の瞳を光らせる、尾行者の正体はもちろんアイリスだ。
　湯殿へ向かう途中の廊下に、困ったように立ち尽くす年若い女中がいた。
「ああーどうしよう、このままじゃ怒られてしまうわ……」
　オロオロする彼女の目の前の廊下は水でびしょびしょに濡れ、無残な状態になっていた。傍に空の桶が転がっていたり、天井の梁に雑巾がぶら下がっていたりするところから察するに、足を滑らせて水入りの桶と雑巾を派手に吹っ飛ばしてしまったのだろう。
　えいっ、えいっ、と懸命にジャンプして雑巾へ手を伸ばす女中にザオネイルが近付いた。
「お前困っているな。助けてやってもいいぞ」
　女中が振り向き、目をぱちくりさせて不遜な物言いのザオネイルを見上げる。
（今だ！）
　柱の陰から飛び出し、よく磨かれた廊下を力強く蹴るアイリス。
振り向いた鋼色の瞳が見開かれるよりも早く、彼女の手は彼の肩を強く叩いていた。
　ポーン……と、馬跳びの要領で飛び上がったアイリスの手が確実に雑巾を捉える。
　着地するや否や、彼女は床に張り付いてせっせと零れた水を拭き取り始めた。
「早く！　他の乾いた雑巾も持ってくるのよ！」
「あ、は、はいっ」
　呆然と見ていた女中が我に返り、慌てて雑巾を取りに走り出す。
　床を拭きながら視線を上げ、アイリスはポカンとこちらを見ているザオネイルに不敵な笑みを浮かべてみせた。
「ふっ……まずは一勝」
　ようやく事態を呑み込んだザオネイルの顔が僅かに引きつる。
「お前まさか……俺のおやつを！？」
「ふふん、とくと体験するがいいわ。ご飯をちゃんと食べない悪い子の末路をね……！」
「くっ、馬鹿な！」
　身を翻し、アイリスが追ってこないうちにと風呂へ向かって走り始めるザオネイル。
途中、庭に面した廊下で、しょんぼりと座り込む老人を見つけた。
「はふう……歳のせいかのう。最近、思うような庭木のカットができんようになってしもた」
　その呟きを聞きつけ、早速下心を持って近付いてみる。
「おい老人。なんなら、お前の思うような庭にしてやってもいいんだぞ」
「ほ、本当かえ？　そう言うお前さんは一体」
「俺が誰かは重要じゃない。お前の願いが叶う、と言っているんだ。そうだな、今ならお前の持っているその巨大なハサミをこの俺に捧げるだけで……」
　胡散臭い交渉をこそこそと始めるザオネイルの背後にその時、高い位置で纏めた長髪をたなびかせる少女がザザッと立ちはだかった。
「騙されちゃダメよおじいさん！　あなたに必要なのはその男ではなく、そう、これ！」
　そう言って彼女が突き出した手の中には、四角くて黒っぽい謎の石が。
「なんだそれは。硬いこんにゃくか？」
　怪訝な顔のザオネイルの横で、しょぼくれていた老人がハッと驚くような表情を見せた。
「そ、それはまさか……砥石では！？」
「そうよおじいさん。鈍ったのはあなたの腕じゃない、刃先だったの」
　優しい微笑みを浮かべ、そっと老人の手の中に砥石を置くアイリス。
「技に溺れ、道具や周囲のものへの配慮を疎かにする……職人なら誰もが通る道かもね」
「あ、あんた……それをわしに教えるために、この砥石を……！？」
　くっと袖で顔を拭い、キリリとした表情になるや、砥石に刃先を構えて呟く老人。
「恩に着るぜお嬢さん。あんたは大切なものを思い出させてくれた」
　うおおおお……と猛烈な勢いでハサミ研ぎを始めた老人を背景に二人は見合った。
「二勝目ね」
「くそっ」
　悪態をつき、再び逃げるように駆け出すザオネイル。目前に湯殿を捉えニヤリとする。

        
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    <title>五話（２）</title>
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    <published>2008-06-02T15:02:40Z</published>
    <updated>2008-06-02T15:15:11Z</updated>
    
    <summary>「ふん、追えるものなら追ってきてみろ」 　後方のアイリスに捨て台詞を吐くなり、彼は脱衣所に飛び込んでしまった。 「うう！？　さ、さすがにこれはっ」 　ゆ、と書かれた暖簾の前で急停止し、頬を赤らめて目の前の空間を睨むアイリス。 「もう、ずるいんだから！」 　腕を組んで脇の壁に背をつけ、仕方なくザオネイルが出るのを待つことにした。 （まあでも、さすがにお風呂の中に困ってる人はいないだろうし、追うまでも...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
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            <category term="005五話" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/">
        「ふん、追えるものなら追ってきてみろ」
　後方のアイリスに捨て台詞を吐くなり、彼は脱衣所に飛び込んでしまった。
「うう！？　さ、さすがにこれはっ」
　ゆ、と書かれた暖簾の前で急停止し、頬を赤らめて目の前の空間を睨むアイリス。
「もう、ずるいんだから！」
　腕を組んで脇の壁に背をつけ、仕方なくザオネイルが出るのを待つことにした。
（まあでも、さすがにお風呂の中に困ってる人はいないだろうし、追うまでもないか）
　冷静に考えるとこの状況は悪くない。おやつを食べていないザオネイルはお腹が空いてすぐに出てくるだろうし、アイリスがいなくなるのを待とうとしても湯殿にずっといればのぼせてしまうだろう。どちらにせよ弱った彼を相手にすることになる。
「ふんだ。見てなさいよ、今日こそ田喰い虫退治をしてもらうんだからねっ」
　少し機嫌を良くしたアイリスの目の前をその時、何やら慌てた様子の使用人が「た、大変だぁ」と言いながらパタパタパタ～と通り過ぎて〝ゆ〟の暖簾を潜り抜けて行った。
（……ふへっ？）
　ぎょっとし、思わず暖簾を割って中を見てしまうアイリス。
　中では使用人の男が焦った様子で脱衣カゴの中や体重計の裏を覗き込んでいた。明らかに何かを探していて――とても困っている様子だ。
「どうしよう彼女からもらったのに……あっ、湯殿の掃除の時かなぁ」
　ハタと何か思いついた様子で、彼は脱衣所と湯殿を分ける竹細工のすだれに「失礼しまぁ～す」と声を掛けるや、ペロッと捲って中へ入って行ってしまった。
（ぎゃあ！）
　頭が真っ白になってアイリスは咄嗟に彼を追う。
「まま、待って！　お願いだから今はやめて後に――」
　白い湯気の立ち込める空間に入った途端、のんびりと湯に浸かっていた人物と目が合った。
「えっ……えええええ！？」
「ひっ……いやあああ！？」
　ギョッとして何故か胸元を隠すザオネイルと頭を抱えるアイリス。その合間を「どこかなあこっちかなあ」と呟きながら使用人がうろつく。
「ままっ、みみむめっ、見てませんからねっ！？」
「ささっ、しすせっ、そこまで追うかっ！？」
「たちつてどこかなあ……」
　とりあえず全員が動揺していたが、一番ショックを隠しきれないのはやはりうら若き乙女であるアイリスだ。押し入られたならまだしも（それも嫌だが）自ら押し入るとは。
（ああ～っこんなの一生の恥よぉ！）
　半泣きになりつつも、とりあえずザオネイルを見ないようにしながら使用人を回収しようと視線を巡らせ……
　何か、キラリと光るものが視界の端に引っかかった。
「ねえあなた、もしかして指輪か何か探してない？」
「え、どうして分かるんですか？　彼女からもらった大事なリングなんですう」
　指輪はあった。丁度湯に浸かっているザオネイルの、頭上の岩場辺りに……。
（は、早く取ってこの場から立ち去らなくちゃ）
　アイリスは混乱していた。ザオネイルより先に自分がやらなくては、との思いばかりが先行し、使用人に在り処を教えてやるという当たり前の発想が頭から飛んでいた。
（見ないように行くのよアイリス！）
　突然据わった目で中空の一点を見つめ、全く足元を確認しないままズンズンとこちらに向かって歩き出したアイリスに、当然のことながらザオネイルは再びギョッとする。
「な、なんのつもりだ！？　お前、バカ、足元を見っ――」
　ザオネイルの忠告は間に合わず、力強く踏み出されたアイリスの足が、床に置かれた手桶の中にものの見事にはまった。ズルッと滑り、スカポーンと手桶を跳ね飛ばしながら岩場に向かって倒れこむアイリス。ごつごつと尖った天然岩が目に迫る。
「いゃぁっ！？」
（バカバカなんてこと！）
『ランズーカ王女激突死！』『男性入浴中の風呂に押し入り転倒』『痴情のもつれか』……自分が死んだら出されるであろう新聞の見出しがパッパと浮かんでは消える。墓碑銘は王女の墓から痴女の墓に書き換えられるに違いない。
（ごめんなさいお父様国民の皆様アイリスは親不孝な子です……！）
ギュッと目を瞑ることくらいしかできず衝撃を覚悟するアイリス。
――しかし次の瞬間、彼女の体は何か熱いものにぐいと抱え込まれていた。
　倒れこむ方向が変わり、それを疑問に思う暇もなく体がお湯に叩きつけられる。周囲が突然無音になり、粘りつくような浮遊感が体全体を襲った。
（え、苦しっ……）
　空気の塊を吐き出しながらもがき、熱いお湯の塊をがぱりと呑み込みながら水面に顔を出す。湯気と一緒に空気を吸い込んだ途端、喉が激しく痙攣した。
「はッ……げほッげほげほッぅえ……げほッうっ……げほげほッ」
　息が吸えなくて頭が朦朧として涙がボロボロと溢れ出す。
（く……るし、よぉ……！）
　この苦しさには覚えがあった。幼い頃によく発症した喘息だ。急に呼吸しづらくなり、喉がゼエゼエして胸が痛くなるのだ。一人きりの時は本当に心細くてとても怖くて不安になる。
　何かにすがりつこうと必死に手を伸ばすアイリスを不意に、誰かの腕が包み込んだ。

        
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    <title>五話（３）</title>
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    <published>2008-06-04T15:04:27Z</published>
    <updated>2008-06-04T15:15:11Z</updated>
    
    <summary>「ふん、追えるものなら追ってきてみろ」 　後方のアイリスに捨て台詞を吐くなり、彼は脱衣所に飛び込んでしまった。 「うう！？　さ、さすがにこれはっ」 　ゆ、と書かれた暖簾の前で急停止し、頬を赤らめて目の前の空間を睨むアイリス。 「もう、ずるいんだから！」 　腕を組んで脇の壁に背をつけ、仕方なくザオネイルが出るのを待つことにした。 （まあでも、さすがにお風呂の中に困ってる人はいないだろうし、追うまでも...</summary>
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        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
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        「ふん、追えるものなら追ってきてみろ」
　後方のアイリスに捨て台詞を吐くなり、彼は脱衣所に飛び込んでしまった。
「うう！？　さ、さすがにこれはっ」
　ゆ、と書かれた暖簾の前で急停止し、頬を赤らめて目の前の空間を睨むアイリス。
「もう、ずるいんだから！」
　腕を組んで脇の壁に背をつけ、仕方なくザオネイルが出るのを待つことにした。
（まあでも、さすがにお風呂の中に困ってる人はいないだろうし、追うまでもないか）
　冷静に考えるとこの状況は悪くない。おやつを食べていないザオネイルはお腹が空いてすぐに出てくるだろうし、アイリスがいなくなるのを待とうとしても湯殿にずっといればのぼせてしまうだろう。どちらにせよ弱った彼を相手にすることになる。
「ふんだ。見てなさいよ、今日こそ田喰い虫退治をしてもらうんだからねっ」
　少し機嫌を良くしたアイリスの目の前をその時、何やら慌てた様子の使用人が「た、大変だぁ」と言いながらパタパタパタ～と通り過ぎて〝ゆ〟の暖簾を潜り抜けて行った。
（……ふへっ？）
　ぎょっとし、思わず暖簾を割って中を見てしまうアイリス。
　中では使用人の男が焦った様子で脱衣カゴの中や体重計の裏を覗き込んでいた。明らかに何かを探していて――とても困っている様子だ。
「どうしよう彼女からもらったのに……あっ、湯殿の掃除の時かなぁ」
　ハタと何か思いついた様子で、彼は脱衣所と湯殿を分ける竹細工のすだれに「失礼しまぁ～す」と声を掛けるや、ペロッと捲って中へ入って行ってしまった。
（ぎゃあ！）
　頭が真っ白になってアイリスは咄嗟に彼を追う。
「まま、待って！　お願いだから今はやめて後に――」
　白い湯気の立ち込める空間に入った途端、のんびりと湯に浸かっていた人物と目が合った。
「えっ……えええええ！？」
「ひっ……いやあああ！？」
　ギョッとして何故か胸元を隠すザオネイルと頭を抱えるアイリス。その合間を「どこかなあこっちかなあ」と呟きながら使用人がうろつく。
「ままっ、みみむめっ、見てませんからねっ！？」
「ささっ、しすせっ、そこまで追うかっ！？」
「たちつてどこかなあ……」
　とりあえず全員が動揺していたが、一番ショックを隠しきれないのはやはりうら若き乙女であるアイリスだ。押し入られたならまだしも（それも嫌だが）自ら押し入るとは。
（ああ～っこんなの一生の恥よぉ！）
　半泣きになりつつも、とりあえずザオネイルを見ないようにしながら使用人を回収しようと視線を巡らせ……
　何か、キラリと光るものが視界の端に引っかかった。
「ねえあなた、もしかして指輪か何か探してない？」
「え、どうして分かるんですか？　彼女からもらった大事なリングなんですう」
　指輪はあった。丁度湯に浸かっているザオネイルの、頭上の岩場辺りに……。
（は、早く取ってこの場から立ち去らなくちゃ）
　アイリスは混乱していた。ザオネイルより先に自分がやらなくては、との思いばかりが先行し、使用人に在り処を教えてやるという当たり前の発想が頭から飛んでいた。
（見ないように行くのよアイリス！）
　突然据わった目で中空の一点を見つめ、全く足元を確認しないままズンズンとこちらに向かって歩き出したアイリスに、当然のことながらザオネイルは再びギョッとする。
「な、なんのつもりだ！？　お前、バカ、足元を見っ――」
　ザオネイルの忠告は間に合わず、力強く踏み出されたアイリスの足が、床に置かれた手桶の中にものの見事にはまった。ズルッと滑り、スカポーンと手桶を跳ね飛ばしながら岩場に向かって倒れこむアイリス。ごつごつと尖った天然岩が目に迫る。
「いゃぁっ！？」
（バカバカなんてこと！）
『ランズーカ王女激突死！』『男性入浴中の風呂に押し入り転倒』『痴情のもつれか』……自分が死んだら出されるであろう新聞の見出しがパッパと浮かんでは消える。墓碑銘は王女の墓から痴女の墓に書き換えられるに違いない。
（ごめんなさいお父様国民の皆様アイリスは親不孝な子です……！）
ギュッと目を瞑ることくらいしかできず衝撃を覚悟するアイリス。
――しかし次の瞬間、彼女の体は何か熱いものにぐいと抱え込まれていた。
　倒れこむ方向が変わり、それを疑問に思う暇もなく体がお湯に叩きつけられる。周囲が突然無音になり、粘りつくような浮遊感が体全体を襲った。
（え、苦しっ……）
　空気の塊を吐き出しながらもがき、熱いお湯の塊をがぱりと呑み込みながら水面に顔を出す。湯気と一緒に空気を吸い込んだ途端、喉が激しく痙攣した。
「はッ……げほッげほげほッぅえ……げほッうっ……げほげほッ」
　息が吸えなくて頭が朦朧として涙がボロボロと溢れ出す。
（く……るし、よぉ……！）
　この苦しさには覚えがあった。幼い頃によく発症した喘息だ。急に呼吸しづらくなり、喉がゼエゼエして胸が痛くなるのだ。一人きりの時は本当に心細くてとても怖くて不安になる。
　何かにすがりつこうと必死に手を伸ばすアイリスを不意に、誰かの腕が包み込んだ。

        
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    <title>五話（４）</title>
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    <published>2008-06-09T15:01:05Z</published>
    <updated>2008-06-10T16:01:47Z</updated>
    
    <summary>（お母様） いつも慌てて駆けつけ、泣いて苦しがる彼女の背中を良くなるまで撫で続けてくれたのは母だった。父も暇を見つけてやって来ては、胸がスウッとなる甘い薬を匙に取って舐めさせてくれた。苦しいけれど優しい――今となっては切ない思い出だ。 （おかあさま……おとうさま……） 　抱きしめてくれる大きな温かい腕にしがみつき、アイリスはまた涙をぽろぽろと零した。 　幼い日の光景が頭を掠め、心臓の辺りがキュッと...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="005五話" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/">
        （お母様）
いつも慌てて駆けつけ、泣いて苦しがる彼女の背中を良くなるまで撫で続けてくれたのは母だった。父も暇を見つけてやって来ては、胸がスウッとなる甘い薬を匙に取って舐めさせてくれた。苦しいけれど優しい――今となっては切ない思い出だ。
（おかあさま……おとうさま……）
　抱きしめてくれる大きな温かい腕にしがみつき、アイリスはまた涙をぽろぽろと零した。
　幼い日の光景が頭を掠め、心臓の辺りがキュッとなって、すると余計に涙が出てきて。
　――どれくらいそうしていただろう。呼吸が落ち着き、涙も止まりかけ、温かなお湯と人肌の感触でうつらうつらし始めた頃……
「……もう、いいか？」
　耳元でボソリと、男の声が聞こえた。
　凍りつき、ギギギッと首を起こし、しがみついていた相手の肩から少し身を離して。
　何やら複雑な表情を浮かべているザオネイルを見た途端、アイリスは悲鳴を上げていた。「いやあぁぁああッ！」
「いや、あの、できればその悲鳴は俺が上げたいところなんだが」
「ごめんなさいごめんなさいでもだってあなた裸なんだものっ」
「いや、そりゃ、服で風呂に入れと？……まあ安心しろ、腰にはタオルを巻いてあるので」
「生々しいこと言わないでーッ」
「すみません。なんで謝ってるんだ俺」
　岩場に激突しそうになったアイリスを咄嗟に引き寄せ、温泉に水没させはしたものの、咳が治まるまで支えてやっていたというのにどうしてこうなるのだろうか。
「さっき使用人に乾いた服を届けるよう言っておいた。脱衣所にあるはずだ」
　濡れて足に絡み付いてくるスカートを引きずり、必死で逃げるように温泉から這い上がったアイリスにザオネイルが声を掛ける。それを聞いてアイリスはピクリと肩を震わせた。
「あ……ありがと……」
　震え声で言ってザオネイルの方は見ないまま髪と服をザッと絞り、慌しく脱衣所へ向かう。
　――ぴしゃんと後ろ手ですだれを下ろしたアイリスの顔は、茹でダコも恐れ入るほど真っ赤になっていた。乾いた大きなタオルを手にとって被り、しゃがみ込んでしまう。
「わ、私のバカ……敵に弱みを握られた挙句、助けられるなんて……」
　あのままお湯に溶けてしまえば良かったのにと思うくらい、恥ずかしかった。いっそザオネイルが罵倒でもして突き放してくれればまた違ったのだが……
（な、何も言わないんだものっ。落ち着くまで待ってるなんてっ）
むせている間は苦しくて自分ではどうにもできなくて、本当に辛かった。認めたくはないが、支えてくれる温かな腕があって、とても心強かったのだ。
（うう、だめだめ！　助けてもらったからって勝負を譲るわけにはいかないのよっ）
　タオルを被って膝に顔を埋めたまま、成り行きを回想しては一人でジタバタし続ける。
やがてアイリスは、ピンク色に上気した頬を空気に触れさせてぼんやりと呟いた。
「優しいとこもあるのに……なんでお父様の願いは、叶えてくれないの……？」
　そのわだかまりさえ無ければ本当はもっと、ちゃんとしたお礼が言えたのに。
　いやそもそも、それが無ければ今回の事件は無かったわけだが……。
（ああもう、わけがわからないわ……）
　混乱して考えるのをやめ、アイリスは再びふにゃりと膝に顔を埋めた。
　――ようやく一人になり、落ち着いた湯殿でザオネイルは一つ息を吐き、
「……あ、そういえば……」
　あることに思い当たってちょっと肩を落としていた。
「乾いた服を持ってこさせるより、乾かしてやると言ってあいつの願いを叶えるべきだったな。せっかくのチャンスが……いかん、何か勘が鈍っているようだ……」
　そう呟いて上気した頬を天に向け、また一つ溜息をついた。

        
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    <title>六話（１）</title>
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    <published>2008-06-11T15:00:24Z</published>
    <updated>2008-06-17T00:43:08Z</updated>
    
    <summary>ちょっとした事件はあったものの、だからといってアイリスＶＳザオネイルの攻防がそう簡単に終わるわけがない。それどころか二人の闘いは、日を重ねるごとにますます熾烈を極めるものとなっていた。戦いのリングは主に別荘だが、時には温泉街になることもある。 　アイリスが作戦を開始してから数えて四日目の今日、ザオネイルはかなり切羽詰ってきた腹を抱えて獲物を求め、温泉街をフラフラと彷徨い歩いていた。ちなみに彼の戦績...</summary>
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        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
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            <category term="006六話" />
    
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        ちょっとした事件はあったものの、だからといってアイリスＶＳザオネイルの攻防がそう簡単に終わるわけがない。それどころか二人の闘いは、日を重ねるごとにますます熾烈を極めるものとなっていた。戦いのリングは主に別荘だが、時には温泉街になることもある。
　アイリスが作戦を開始してから数えて四日目の今日、ザオネイルはかなり切羽詰ってきた腹を抱えて獲物を求め、温泉街をフラフラと彷徨い歩いていた。ちなみに彼の戦績は五勝二十六敗十三分け。引き分けは二人の睨み合いに怯えた獲物が自ら願いを取り下げた例だ。
どういう仕組みか、時折腹が「くきゅるるる」と人間と同じように音で空腹を訴えてくる。
「ううくそ……どこかにいないか……手ごろな欲求を抱えている人間……」
　周囲を見回していた鋼色の瞳がやがて、道端でうずくまる老婆を見つけ出した。
（腰が痛いか落し物をしたかで困っている、といったところか。手ごろだな）
　しかし彼が動いた途端、物陰ではキランと紫の光が走っていた。
「おいそこの老婆、何か困りごとがあるのなら、言ってみ……」
　老婆に大股で歩み寄るザオネイルの呼びかけは、背後からドピュンと現れた黒い影の発する高い声によって掻き消された。
「どぉーしたのお婆ちゃんっっ。私にできることあったら言って！　無くても言って！？」
　追い抜きざま、長い髪でザオネイルの横面をピシリとはたき（わざとじゃない）、怒涛の勢いで走りこんできたのはもちろんアイリスだ。彼女を見て弱々しく声を上げる老婆。
「ふがふがふが……」
「入れ歯が無いのね！？」
　断ずるなり、森に潜んだ獲物を見つけ出す敏腕ハンターのごとく入れ歯を発見、捕獲。
「さあこれでもう安心よ！」
「ああ助かったよ、ありがとうねぇ。そうだお礼にこれをあげよう」
　もらったザオネイル饅頭を有り難く頬張りつつ、ザオネイルが次なる標的にフラフラ歩み寄ろうとしているのを見つけて迫真の走りを見せるアイリス。
「そこな子供、何か困っているのなら、この頼れる大人に話してみ……」
「どぉーしたの僕ぅ！　何だっていいわ、この頼れるお姉さんに言ってごらんなさい！？」
「あのねあのね、お使い用に渡されたお金をいじわるな子に取られちゃって……」
「なんですって！」
　憤慨するなり、標的を追跡する敏腕スナイパーのごとく問題の悪ガキを発見、お仕置き。
「これでもう大丈夫よ！」
「ありがとうお姉ちゃん！　そうだお礼にこれあげるね」
　もらった商店街の福引券を握り締め、三たびザオネイルを追い越すアイリス。
「どぉーしたの買い物中のお母さん、左頬に手なんか当てちゃって！？」
「いえね、どうしても福引がしたいと言って子供が聞かなくて……」
「これをあげるわ！」
　お礼に〝ランズーカの名水〟をゲット。
「わんわわんわんわん」
「お飲みなさい」
　犬の毛をゲット。
「猫対策に集めていて……」
「少しですがお役に立てれば……」
「持病のリューマチがのう」
「マタタビが効くそうよ」
　……こんな調子で次々と獲物を横取りされ、ザオネイルはもはやフラッフラだった。
「うう、まずい。このところ手軽な願いばかりで手抜きしてたから、体力が……」
　青い顔でゼエゼエと荒い息を吐き、街外れの街道脇に生えた木にすがりついている。
「どう？　そろそろ順番待ちしてる方の願いを叶える気になった？」
　膝に手をついて立ち、同様に荒い息を吐きながらも憤然とした調子でアイリス。
「もう街外れよ。通りかかる人なんて滅多にいない。悪あがきはできないんじゃないの？」
「お前な……」
　さすがに苛立ちを見せ、ザオネイルは向き直りざまアイリスの肩を掴んだ。
「痛っ」
「いい加減にしろ。こんなことでカミを思い通りにできるとでも思ってるのか？　残念だが人間と違ってカミに死は訪れない。飢えてもただ深い眠りにつくだけだ」
　背中に木がぶつかり、逃げ場を失いながらもアイリスは果敢に相手を睨み上げる。
「ええ知ってるわ。不老不死なんでしょう？　でもお腹は空くみたいだから」
　命に関わるならこんなことするワケないじゃない、と言いかけてやめたのは、甘く見られるのがごめんだったからだ。アイリスは代わりにツンと顎を上げてみせた。
「いいわよねカミは、飢えても死ぬことがないなんて。だから困っている人の気持ちが分からないんでしょう。田喰い虫が人間にとってどれだけ恐ろしいか、想像もしないんだわ！」
「当たり前だろう。俺はカミだぞ」
　感情的な彼女の言葉を聞くなり、鋼色の瞳が不機嫌そうに細められた。
「お前達人間の気持ちなどわからない。家宝だなんだとくだらないものを大切に仕舞い込んで何が面白いんだ？　これが一番大切な何某だと貢がれても、それが本物かどうかは怪しいところだ。俺にとってはどれもこれも、ただのガラクタに見えるからな」
「何ですって……！？」
突き放すように言われ、絶句したアイリスの右手が次の瞬間、空を切っていた。
パシイィィィインッッ
唐突な破裂音が周囲の山々に反響し、驚いた山鳥が群れを為して天へと逃げ惑う。

        
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    <title>六話（２）</title>
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    <published>2008-06-16T15:00:17Z</published>
    <updated>2008-06-17T00:45:16Z</updated>
    
    <summary>手の平が痺れる感覚でハッと我に返り、アイリスは痛む右手を慌てて胸に引き寄せた。 （いけない、考えるより先に手が出るなんて） だが殴られた左頬に指を這わせ、何が起こったのか分からないという顔つきをしているザオネイルを見るや、怯む気持ちはすぐに吹き飛ばされてしまう。 「お前……今……俺を殴ったか……？」 「殴ったわよ！　悪い！？」 震え声で怒鳴り、アイリスは菫色の瞳を怒らせてキッとザオネイルを睨みつけ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/">
        手の平が痺れる感覚でハッと我に返り、アイリスは痛む右手を慌てて胸に引き寄せた。
（いけない、考えるより先に手が出るなんて）
だが殴られた左頬に指を這わせ、何が起こったのか分からないという顔つきをしているザオネイルを見るや、怯む気持ちはすぐに吹き飛ばされてしまう。
「お前……今……俺を殴ったか……？」
「殴ったわよ！　悪い！？」
震え声で怒鳴り、アイリスは菫色の瞳を怒らせてキッとザオネイルを睨みつけた。
「ふざけんじゃないわよ！　どこまで人を馬鹿にすれば気が済むの？　もぉアッタマきた。自分で要求しておきながらイチャモンつけるってどういう了見！？」
「い、いちゃもん？　そんな妙なものつけてなど……」
「つけてるじゃないのよ！　ガラクタだと思うならどうしてそんなもの欲しがるのっ？　どんなにガラクタに見えたってその人にとって大切ならそれは宝物なのよ！！」
　脳裏には別れ際の、憔悴しきった父の顔が浮かんでいた。自分を命より大事だと言ってくれた父。王として立派な決断を下した父。――ザオネイルはその父を侮辱したのだ。
「お父様が私を、どんな気持ちで送り出したと思ってるの……！？」
　怒りに震えるアイリスを、ザオネイルはしばらくの間驚いたように見つめていたのだが、
「人間に殴られるなど……記憶している限り初めてだ……」
　独り言のように呟き、ややあって眉を曇らせた。
「――お前、いい気になるなよ」
　再びアイリスに歩み寄り、無造作に彼女の顎をぐいと持ち上げ、菫色の瞳を覗き込む。
「さっき悪あがきはできないとか言ってたが……忘れているな。人間ならここに一人いる」
　その声は、アイリスが想像していた冷酷なカミそのものだった。負けじと目を逸らさず睨み返すアイリスに向かい、ゾクリとするほど冷たい鋼色がスッと細められる。
「優位に立ったつもりだろうが、残念だったな。俺をここまで追い詰めた努力に免じて、人間がカミに勝てない理由をお前に教えてやることにする」
　傲慢なカミの顔をして、彼は残酷に言い放った。
「本気で父親の願いを叶えたいか？　なら今ここで、お前自身の願いを捧げろ。早くしないと俺は飢えて眠りについてしまうぞ。そうしたら次に目覚めるのは何十年後か分らん。しかも目覚めた時には、それまでの記憶は全て失っている」
「え……」
　一瞬呼吸を忘れ、目を見開くアイリスにザオネイルは勝ち誇ったような表情を浮かべる。
「そうなって困るのはお前なのではないか？」
「そんな……勝手すぎるわよ！　だってお父様と約束したのにっ……」
「勝手だろうが何だろうが、選ぶのは俺だ、と言っている。――ほら、早くしないと手遅れになるぞ。お前がここまで空腹にさせたんだろう。そんなに勿体ぶるような願いなのか？」
　悔しくて憎らしくて、アイリスの目からはとうとう涙が零れ落ちていた。
（悔しい……！　こんなに馬鹿にされて、何もできないなんて……！）
　泣き顔を見られるのが嫌で顔をそむけかけたアイリスは、しかしその時、ザオネイルが僅かにギクリと身を強張らせたことに気付いた。
「な、泣くほど嫌か……！？」
　明らかに腰が引けているような、狼狽したような声が耳に届く。
（えっ？）
　アイリスが再び目を向けると、彼は慌てたように唇を引き結び、意地の悪い笑みを形作った。それは先ほどまでと同じ傲慢なカミの顔だったが――
「なんだ。また、母親の代わりをして欲しいのか？」
　嘲るような声音の中に、微かにこちらを窺うような、気後れした調子があって。
　母親の代わりとはもちろん、あの温泉での一件を揶揄した言葉だろう。普段のアイリスなら烈火のごとく怒っていたはずだ。しかし。
「……あ。いや、人間は母親というものが好きだからな……」
（……もしかして、言い過ぎたと思ってる？）
焦って言い繕おうとするザオネイルの様子に、今は逆に怒りが収まってしまって。
「よくわからない人ね、あなたって……」
　気づけばぼんやりと呟いていた。
「黙って支えてくれたり、ひどいこと言ったり、自分で泣かせておいて慌てたり……」
「な！　だ、誰が慌ててなど！」

        
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    <title>六話（３）</title>
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    <published>2008-06-18T15:00:34Z</published>
    <updated>2008-06-18T15:15:11Z</updated>
    
    <summary>　動揺して反論しかけ、しかし逆効果だと気付いたのか黙り込むザオネイル。一拍置いてから眉をひそめ、「慌ててなどいない」と仏頂面でボソリと言う。 （考えてみればこの人、あの時は一つも得なんてしないのに、私を助けてくれたんだわ。それに落ち着くまでそっとしておいてくれた。私に願いを言わせるチャンスだったのに、ちゃんと乾いた服だって用意してくれて……） 「わからないわ。あなたは傲慢なカミだけど、でも本当は…...</summary>
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        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
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            <category term="006六話" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/">
        　動揺して反論しかけ、しかし逆効果だと気付いたのか黙り込むザオネイル。一拍置いてから眉をひそめ、「慌ててなどいない」と仏頂面でボソリと言う。
（考えてみればこの人、あの時は一つも得なんてしないのに、私を助けてくれたんだわ。それに落ち着くまでそっとしておいてくれた。私に願いを言わせるチャンスだったのに、ちゃんと乾いた服だって用意してくれて……）
「わからないわ。あなたは傲慢なカミだけど、でも本当は……優しい人にも見える」
　戸惑いを隠さず正直に言うと、ザオネイルがハッと息を呑み、目を剥いた。
「なっ……何を！？」
　やたら焦り声を出し、後ずさりながら上ずった調子で言う。
「俺はカミだぞ！　変なことを言うな！」
「じゃあ温泉に落ちた時どうしてあのままでいてくれたの？　乾いた服なんて用意してくれたの？　カミが人間に優しくするなんて私だって信じられないけど……でもしょうがないじゃない、あなたはそうだったんだから。あの時あなたは、何の見返りも求めなかったわ」
「そ、それは、咄嗟のことで……」
「咄嗟にそれができるのは、優しい人じゃないかしら。ねえ、あなたがここまでお父様の願いを叶えたがらないのには、何か訳があるの？」
　後ずさり、遠のいてゆくザオネイルを見つめてアイリスは続けた。
「考えてみれば私、あなたが傲慢なカミだとばかり思い込んでいて、ちっともその理由を知ろうとしていなかった。あなたにも何か事情があったのかもしれないのにね」
「やめろ、人間にカミの事情など、わかるわけがないだろう！」
「そうね。カミの事情なんて確かに、理解できないかもしれない……」
　というか、理解しようとも思っていなかった。
　人間とカミは全くの別物だ。傲慢で冷酷で無慈悲でただ人間を食い物にするカミ。心などない化け物のような存在だと、いつの頃からか信じ込んでいた。
　それなのに今目の前にいる彼は、どこか自分と同じなのでは、と思わせて。
（カミだからと思うから、いけないのかもしれない）
　不意にそんなことを思った。
　たとえばザオネイルがカミだと知らずに出会っていたらどうだろう？　それを叶える力があるのに、人の頼みを頑なに拒む青年。アイリスはどうしてなのか考えるだろう。少なくとも最初からカミゆえの傲慢さで、とは思わないはずで――
「決めた。あなたをカミだと思うの、やめることにする」
　スッと背筋を伸ばし、アイリスはキッパリとそう宣言した。
「おやつ抜き作戦はもうやめるわ。もっとちゃんと話し合いましょう。人間とカミじゃなくて、私とザオネイル。その二人の話し合いよ。私はあなた自身を見るよう努力する。だからあなたも、どうか人間をひと括りにして見るのはもうやめてちょうだい」
「なっ……」
　その言葉のとおり、菫色の眼差しがひたむきに自分へ向けられているのだと意識して。
　自分でもおかしく思うくらい、ザオネイルは狼狽していた。今だかつてこんな経験があっただろうか。アイリスはとにかく他の人間とは様子が違っていて調子が狂う。
　自分の願いを言わないし、カミである自分に対等な口を利いてくるし、あまつさえカミだと思うのやめるなどと――人間はカミを、カミとしてしか見ないものだと思っていたのに。
（だ、だめだ、わけが分からん。こいつが理解の範疇を超えている上に、腹が……）
　混乱と動揺の極致に陥ったあげく、空腹続きで既に大分弱っていたザオネイルは、折からの強風に煽られた拍子にヨロヨロっと数歩後退し……――――
　街の方からやってきた猛烈な勢いの馬車に、轢かれた。


        
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    <title>七話（１）</title>
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    <published>2008-06-23T15:00:07Z</published>
    <updated>2008-06-23T15:00:12Z</updated>
    
    <summary>　パカラパカラと物凄い勢いでやって来て通過していった馬車にザオネイルの姿が掻き消された時、最初アイリスは、何が起こったのか理解することができなかった。 　数秒後、馬車の轍の跡に、力なく横たわる灰桜色の髪を見つけて青ざめる。 「……え、なにこれ」 　馬車は勢いが猛烈すぎて人を轢いたことに気付かなかったらしく、既に地平の彼方だ。アイリスは慌てて地面に倒れるザオネイルの元へ走り寄り、傍へ座り込んだ。 「...</summary>
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        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="007七話" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/">
        　パカラパカラと物凄い勢いでやって来て通過していった馬車にザオネイルの姿が掻き消された時、最初アイリスは、何が起こったのか理解することができなかった。
　数秒後、馬車の轍の跡に、力なく横たわる灰桜色の髪を見つけて青ざめる。
「……え、なにこれ」
　馬車は勢いが猛烈すぎて人を轢いたことに気付かなかったらしく、既に地平の彼方だ。アイリスは慌てて地面に倒れるザオネイルの元へ走り寄り、傍へ座り込んだ。
「ちょっ……だっ……だいだい大丈夫っ！？　しっかりしてザオネイル！！」
　オロオロしつつも容態を見ようと体に手をかけた途端、地面にじわりと広がる液体が目についた。その色を見て、急に冷水を浴びせられたかのような気分になる。
（これは……血なの……？）
　恐らく血であろうザオネイルの体から染み出しているそれは、銀色だ。
（血の色が違うって……本当だったんだ）
　決定的な証拠を目にし、鈍い衝撃が体中にじわりと広がった。
「う……」
　軽くうめき声を上げ、ザオネイルがうっすらと目を開けてアイリスを見る。横たわったままぎこちなく首を巡らせ、彼は自分の体をあちこち確認すると溜息混じりに力を抜いた。
「あーこれは……大怪我だな」
「何をのんびり言ってるの、早くなんとかしないと！」
　懐からハンカチを取り出し、とりあえず出血の酷そうな腕を縛ろうとアイリスは手を出しかけたのだが、察したザオネイルに止められてしまった。
「やめろ。大丈夫だ。カミの血には触れない方がいい」
「でもっ」
「いいと言っている。俺はカミだぞ。カミは死なない。ただ眠るだけだ」
　声音は落ち着いているようにも、投げ遣りなようにも聞こえた。
「だってそんなこと言ったって……痛くないのっ？　血だってどんどん出てるしっ」
「痛いぞ。出血でそのうち気も失うだろうな。だが、そうすればぺーぺー鳥が来る」
「ペ……ぺーぺー鳥？？」
「ああ。ぺーぺー鳥はカミガミの眠る〝霧の回廊〟を守護する番鳥だ。ぺーぺーという神秘的な鳴き声がその名の由来でな。ものすごく目つきと性格が悪くて馬鹿みたいにデカい」
　何か嫌な思い出でもあるのか半眼になり、ザオネイルは続けた。
「飢えや大怪我で身動きがとれなくなったカミはそいつに回収される。そして霧の回廊に運ばれ、傷が癒えるまでのひどく長いつまらない年月を、そこで過ごすことになる」
「じゃあその鳥を呼べばいいの？　そうすれば助かるっ？」
「別に呼ばなくていい。動けなくなれば、勝手に向こうから来るからな……つっ」
　顔をしかめ、少し上半身を浮かせて痛みに耐えるザオネイル。
「ったく派手に轢いてくれたな……俺としたことが……やはり空腹は、こたえたか」
「ね、ねえ！　あなた、自分の力を使って傷を治せばいいんじゃないの！？」
　ぱっくり割れた肘の傷を見つけてしまい、慌てて目を逸らしながらアイリスは提案した。
「そうよ、あなたならそれくらいきっと簡単にっ……」
「いや、カミは自分自身の願いを叶えることができない。それをすればカミは人間になってしまうからな。……そういう約束だ」
　淡々とした返事にアイリスは瞠目した。
（そんな決まりがあったなんて……）
　人間がカミになるためには、全ての欲を捨て去る必要がある、と以前に聞いたことがある。しかしそれはとてつもなく難しいことだ。きっと、逆も同じなのだろう。
「だからカミは欲望を持たない。何も願わない。何も求めない。……人間とは違う」
　目を瞑り、眠りに落ちる直前のようにザオネイルは言った。
「お前はやはり間違えている。俺はカミであって、優しさなど――」
　微睡みに沈むように、ザオネイルの声は最後の方ほとんど聞き取れなくなってしまった。
「ちょっと……！　ねえ、やっぱり止血をっ」
　慌てて自分の帯を解こうとしたアイリスの耳に、その時妙な音が聞こえてきた。
　大きく羽ばたく翼の音と、「ペー」としか聞こえない何らかの獣の声。
（いけない、ぺーぺー鳥がもう！？）
　見上げた空に巨大怪鳥らしき姿はまだ見えないが、来るのも時間の問題だろう。
「やだっ……ねえ、ザオネイル！　目ぇ開けなさいよっ」
　慌ててぺしぺしと頬を叩き、アイリスは耳元で呼びかけた。大きな黒い影がサッと頭上を横切ったように感じ、咄嗟に自分の体でザオネイルの体を覆い隠す。
（何も求めず、何も欲さない……そんなことが可能なの？　カミと人間って本当に、そんなにも違うもの？　そりゃ私だって最初はそう思ってたけど……）
　そんなにも違うのだと、アイリスとて思っていた。ザオネイルに会うまでは。
　大怪我を負っていると知った時の彼の表情。うんざりしたように溜息をついただけで、轢いた馬車に対する怒りも見せなかった。目の前に人間がいるのだから「俺の傷が治るよう願ってくれ」と頼めば良さそうなものなのに、それすらしない。だが、本当に欲していないのだろうか？　単に、ものすごく簡単に諦めているだけのように、アイリスには思える。

        
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    <title>七話（２）</title>
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    <published>2008-06-25T15:00:08Z</published>
    <updated>2008-06-25T15:00:11Z</updated>
    
    <summary>「ねえザオネイル、じゃあ、私が願えばあなたの傷は治るのね？」 「……馬鹿を言うな。人間がカミのために願うなど聞いたこともない」 　目も開けずに彼は面倒くさそうに言った。 「上辺だけ願ったってだめだ。それが本当の願いでなければ、叶えることはできない」 （上辺だけ？） 　ザオネイルを治したいと思う自分の気持ちは、上辺だけなのだろうか。 もちろん、このまま霧の回廊とかいう場所に運ばせてしまうわけにはいか...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="007七話" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/">
        「ねえザオネイル、じゃあ、私が願えばあなたの傷は治るのね？」
「……馬鹿を言うな。人間がカミのために願うなど聞いたこともない」
　目も開けずに彼は面倒くさそうに言った。
「上辺だけ願ったってだめだ。それが本当の願いでなければ、叶えることはできない」
（上辺だけ？）
　ザオネイルを治したいと思う自分の気持ちは、上辺だけなのだろうか。
もちろん、このまま霧の回廊とかいう場所に運ばせてしまうわけにはいかない。ザオネイルが帰ってしまえば父の願いは叶えてもらえなくなるのだ。だが、理由はそれだけではない気がした。このまま帰してしまえばきっと自分は後悔すると、なんとなくそう思う。
（だってザオネイルは私を助けてくれたし……それに、わからないんだもの。あなたって本当はどういう人なの……？）
絶対にカミになど関わりたくないと思っていた。それなのにザオネイルが、それまで自分が想像していたカミとあまりにも違うものだから。焦ったり、ムッとしたり、気遣ったり、動揺したり……彼の態度は時に、もしかしたら自分と違わないのではないかと思わせて。
せっかく彼自身を見ようと心に決めたのに、その矢先にいなくなるなんて困る。
このままじゃモヤモヤする。もっとちゃんと知りたいのに。
（やっぱり、このまま帰すのはいやっ！）
――ぺーっぺーっ
　天空から降り注ぐ珍妙な鳴き声をキッと睨み、アイリスはザオネイルをゆすった。
「起きてザオネイル！　起きて起きて起ーきーてーッ」
　額をぺしぺしと叩き頬をむにむにと摘み耳をビヨンと伸ばしてみたところ、ようやく最後の気力を振り絞って薄目を開けてくれるザオネイル。
「ううっ、死人を起こすようなマネを……！」
「あなたが霧の回廊に帰らなくていい方法が一つだけあるわ。私の願いを食べるのよ」
　真剣な眼差しで自分を覗き込んでくるアイリスを、ザオネイルは胡乱な目つきで見やった。
「お願い、私の願いを食べて。あなたの傷を治したいの」
「……本気か？」
「もちろんよ！　早くしないとペーペーとかいうふざけた名の鳥が来てしまうわ！」
「……なるほどな。そこまでして父親の願いを叶えさせたいか」
　ふうっと溜息をつき、ザオネイルは再び目を瞑りながら諭すように言う。
「残念だがそれは願いとならない。願いのための願いは願いとして認められな……」
「バカね何を聞いてるのよ、私はあなたの傷を治したいんだって言ってるでしょうっ？」
　キッとした声音を聞き、ザオネイルは驚いて再び目を開けた。ぷくっと頬を膨らませ、眉根に皴を寄せて彼女は怒ったようにこちらを覗き込んでいる。
「つまり……お前は今、本気で俺のために願っているのか？」
　呆けたようにアイリスの顔を見たまま、半信半疑といった調子で尋ねる。
　返事をする代わりにアイリスは、組んだ両手を口元に寄せ、そっと目を閉じた。
　伏せられた長い睫毛に誘われるように、ザオネイルはぎこちなく腕を伸ばした。残った力を振り絞ってアイリスの額に触れ、その願いを引き出す。
（俺のために願うだと……？）
　人間がカミのために願うなど、聞いたことがない。
　しかし具現化した彼女の願いを見た途端、ザオネイルはそれが本当なのだと知った。
　空中にふわっと出現した薄桃色のコンペイトーを、ぎこちなく捕まえて唇へ持っていく。
　――途端に、心臓がドクン、と脈打った。
　空腹が満たされ、体に体温が戻る。失われていた力が漲って体の隅々まで広がり、体中がカッと熱くなる。特に傷口が、焼け付くように熱い。
　遠く聞こえるぺーぺー鳥の声をぼんやり聞きながら、ザオネイルは彼の問いに応じていた。
（ああ。まだ当分、霧の回廊に帰る気はない……）
　そして微かに笑い、借りを作ったな、と、口の中で呟いた。

        
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    <title>八話（１）</title>
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    <published>2008-06-30T15:00:28Z</published>
    <updated>2008-07-01T15:14:02Z</updated>
    
    <summary>（う、うまくいったのかしら……） 　両手を胸の前で組み合わせ、どきどきしながらアイリスはザオネイルの目覚めを待っていた。彼が額に触れて何かした感覚はあったが、その後は寝こけてしまっていて具体的に何がどうなっているのかはよくわからない。肘や頬についていた擦り傷はもう大分薄くなっているので、成功だとは思うのだが…… 　風がそよそよと灰桜色の髪をそよがせている。花びらに似たその色に誘われて、一匹のトンボ...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="008八話" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/">
        （う、うまくいったのかしら……）
　両手を胸の前で組み合わせ、どきどきしながらアイリスはザオネイルの目覚めを待っていた。彼が額に触れて何かした感覚はあったが、その後は寝こけてしまっていて具体的に何がどうなっているのかはよくわからない。肘や頬についていた擦り傷はもう大分薄くなっているので、成功だとは思うのだが……
　風がそよそよと灰桜色の髪をそよがせている。花びらに似たその色に誘われて、一匹のトンボがザオネイルの無造作に伸びた前髪に停まった。
（あら、可愛い……）
　そーっと身を乗り出し、指先を目玉に向けてくるくるしていると……
「……何してるんだ？」
「きゃああっ！」
　突然の声にバランスを崩し、危うくザオネイルの胸に突っ伏しそうになるアイリス。
「ザオネイル！　うまくいったのね、良かった！」
「まあな」
　相変わらずやる気のなさそうな目でアイリスを見やり、彼はおもむろに立ち上がった。
　あまりにあっさりとした態度に拍子抜けし、アイリスは唇を尖らせてみせる。
「まあなって、もうちょっと他に言うことあるんじゃないの。心配してたのに……言っておくけど、闘いが終わったわけじゃないんだからねっ。病み上がりだからって容赦は」
　ぶちぶち言いながら立ち上がり、頬を膨らませて続ける彼女をザオネイルは見下ろす。
「アイリス」
「何よ」
　普通に答えてから目を丸くし、アイリスはザオネイルを見つめた。記憶が正しければ、彼に名前を呼ばれたのは初めてのような気がする。しかし驚きはそこで終わらなかった。
「田喰い虫のいる田んぼはどこだ？　案内しろ」
　最近湧き出た新しい温泉の在り処を聞くときと全く同じ調子で彼は尋ねてきた。
アイリスの目はもはや満月よりも真ん丸状態になっている。
「え、何、それってつまり、お父様の願いを……」
「俺は、借りは作りたくない方だ。……行かないのか？」
「……こ、こっち！」
　頬を紅潮させ、アイリスは一刻も早いうちにと先に立って山道を駆け下り始めた。ふもとには田園が広がっており、そこも田喰い虫の被害地域なのだ。
　しかし――
　山を下りたアイリスが見たものは、真っ白な繭に覆われた広大な田んぼの風景だった。
「繭に……なってる……」
　呆然と呟き、その場にへたり込んでしまうアイリス。
（遅かった……。稲が、食べつくされちゃった……）
　農夫達もとうに諦めたのだろう。周囲に人影はなく、辺りはシンとしている。
　景色だけ見るとまるで雪が降り積もったかのように美しいが、これは負の光景だった。
「繭ばかりだな。これではもう無理だ。カミでも、時を戻すことはできん」
　悲嘆に暮れるアイリスの横で、特に悲しむでもなく淡々と事実を述べるザオネイル。
自分は無関係だとでも言いたげなその態度が妙に気に障り、アイリスは声を荒らげた。
「何言ってんのよ！？　あなたがモタモタしてっ……」
　くってかかりかけ、しかし虚しくなって言葉を萎ませ、結局は力無く俯いてしまう。
　――父王はどんな気持ちでこの光景を見つめているだろう。
　そのことを考えるとひどく胸が痛んだ。決死の覚悟で娘を送り出し、それなのに虫の被害はまったく収まる気配も無く、遂には繭を作ることまで許してしまい……
（ごめんなさいお父様、私、お役に立つことができなかった……）
　無力感がどっとアイリスを襲った。あれだけ頑張ったのに、ここまで来たのに、全てが無駄だったのだ。アイリスにできることなど何も無かった。
「……うっ……」
　しゃがみこみ、両手に顔を埋めてしゃくり上げ始めるアイリス。
　その傍らに立ち、ザオネイルはしばらく黙り込んでいたが、やがておもむろに懐から書状のようなものを取り出した。広げるとそこにはでっかく「国民に米を！　田喰い虫撃退！」と書かれている。ランズーカ王が強引に置いていった入魂の一筆だ。
文字の表面を撫でるようにすると、ふんわりと白いクリームに包まれた上品な一口ケーキが現れた。それをパクッと口に頬張り、田んぼに向かってふぅっと息を吐きだす。
「時を戻すことはできないが……任意の時を進めることなら、できる」
　そう彼が独り言のように呟いた直後。
　ぱちっ、ぱちぱちっ……
　田んぼから何かが割れるような幾つもの音が聞こえてきた。
　訝しく思い、涙を拭いながらアイリスが顔を上げると――
「えっ、虹っ？」
なんと目の前では、幾つもの虹が生まれていた。
白い繭が割れ、その隙間からスッと優美な虹が伸び上がり始めたのだ。
（まさか、あれが田喰い虫の成虫……？）
　それは実に美しい光景だった。
　白い繭から大きな虹色の薄羽を持つ虫が生まれ、それぞれの羽を伸ばして次々と宙を舞い始める。太陽光を反射し、虹は至るところに生まれ、辺りの空間を埋め尽くした。
その光景にどこか見覚えがあるような気がして、アイリスは見とれながらも首を捻る。
「……あっ思い出した！　この光景、昔読んだ絵本に出てきたんだわ！　確か、田にかかる虹は豊穣のしるし、虹色の羽を持つ虫は豊穣を司る幻の――えっ、まさか」
　呆気に取られてザオネイルを見上げ、興奮気味に尋ねる。
「まさか、田喰い虫の成虫が豊穣を司る幻の虫だっていうの！？」
「ご名答。こいつらは幼虫の時こそ田の稲を喰い尽くすが、成虫になってからは逆に田を害する虫を食べる。その美しい羽が狙われて乱獲され、この辺りでは絶滅したとされていたらしいが……なんの奇跡か、このランズーカで蘇ったようだな」
　アイリスに並んで美しい光景を眺めながら、淀みなく答えるザオネイル。

        
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    <title>八話（２）</title>
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    <published>2008-07-02T15:00:10Z</published>
    <updated>2008-07-02T15:15:10Z</updated>
    
    <summary>「でもやっぱり困るわ。だってこんなにいっぱいいたら、来年もまた幼虫に稲を食べつくされちゃうじゃない？」 「案ずるな、自然界とはうまくできているものだ。ひと所にいれば手狭なのはこいつらも分かっている。元々この近辺に広く住みついていた虫だからな、放っておいても卵を産む前に他国へバラけるだろう。そうすれば来年からはそう大した被害も出ないし、逆に実りが良くなるから養ってやっても釣りが来るぞ」 「そうなの？...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="008八話" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/">
        「でもやっぱり困るわ。だってこんなにいっぱいいたら、来年もまた幼虫に稲を食べつくされちゃうじゃない？」
「案ずるな、自然界とはうまくできているものだ。ひと所にいれば手狭なのはこいつらも分かっている。元々この近辺に広く住みついていた虫だからな、放っておいても卵を産む前に他国へバラけるだろう。そうすれば来年からはそう大した被害も出ないし、逆に実りが良くなるから養ってやっても釣りが来るぞ」
「そうなの？　でもそれなら何で急に大発生したのかしら……」
　当然といえば当然なアイリスの疑問を聞き、ザオネイルは少し黙った。
「……さあ。そんなことは、俺の知るところではないな」
　妙に静かな口調で言う。そりゃそうよねと一つ頷き、アイリスは別の質問をすることにした。さっきから待っていたかのような答えをする彼に、ある予感を抱き始めていたのだ。
「ねえ、もしかしてあなた……最初からそれを知っていたの？」
　それを知っていて田喰い虫が繭になるまで待っていたのだとすれば、彼がなかなか願いを叶えようとしなかったのは、わざとということになる。
　虹の輝きを乗せて吹き抜ける風に目を細め、ザオネイルはちょっと首を傾げた。
「まあこういうのは、言ってもなかなか伝わるものではないからな。……豊穣の虫は普通真夜中に繭から出て、以降は滅多に人前に姿を現さない。そのために、田喰い虫と豊穣の虫が同じものだと知っている人間はほとんどいない」
（つまり、今は言っても分からないと思って……だからあんなに何だかんだ言い訳をつけて逃げていたっていうの？）
　言ってくれれば、という気がしないでもなかったが、でもそうしたところで、自分が納得して大人しくなったかと聞かれると自信がない。カミを信用していなかったし、それにたとえ信じたとしても、今現在田が食い荒らされている以上、やっぱり撃退を頼んだかもしれない。――ザオネイルはきっと、それを嫌ったのだ。
　数々の自分の暴言と行動とを思い出し、アイリスは身が縮むような気分になった。
（そんなこと考えていたなんて、全然思いもしなかった……）
　しばし惑い、やがてザオネイルに向き直り、一つ深呼吸をして。
「あ、あの、ザオネイル、その、今までのことだけど……」
　思いっきり息を吸い、ごめんなさい！　と頭を下げようとした瞬間。
「これはこれはこれはこれはザオネイル様ではありませんか！！」
　背後から飛んできた野太い声が被り、決死の謝罪を完全に掻き消してしまった。
　振り返ると、キンキラな法衣のようなものに身を包んだ中年の男性が満面の笑みを浮かべ、揉み手でこちら目指して近付いてくる。
「ど、どなた？　知り合い？」
「いや、あんな眩しい知り合いはいない」
「またまたザオネイル様、相変わらず素っ気無さが売りでいらっしゃる！　わたくしですよ。ほら先日、お世話になったナルパ王国の農大臣めでございまするよ！」
ナルパ王国といえばランズーカの南に位置する大国だ。彼の自己紹介を聞き、アイリスとザオネイルは揃って実に対照的な反応を見せた。
ああ、あの国の大臣様なのね、こちらには気付いてないみたい、というアイリスと、
げっやばい、どうにかせねば、というザオネイル。
「？　どうかしたの、ザオネイル」
「い、いや別に、大したことでは……あー大臣、積もる話は後々ゆっくりということで」
「そうですか！　やあこんなところでお会いできるとはまさに奇遇ですなあ。わたくしは今ランズーカを旅行中でして、山の上の温泉郷を目指しているところなのです！」
「そ、そうか。それは早く行ったほうがいいな。温泉は早いうちが湯の花だぞ、うん」
　急に焦りだし、アイリスをチラチラと見ながら意味不明なことを言い出すザオネイル。
　これは怪しい……と、アイリスじゃなくても思うところだろう。

        
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    <title>八話（３）</title>
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    <published>2008-07-07T15:00:48Z</published>
    <updated>2008-07-08T05:13:19Z</updated>
    
    <summary>　きな臭さを感じ取ったアイリスは、思い切ってキラキラ大臣に直接話しかけてみた。 「あのー大臣様、つかぬことをお伺いしますが……ザオネイル様とはどんなご縁で？」 「おお！　よくぞ聞いてくださいました！　先日このザオネイル様は、我が国を農業経営の危機から救ってくださったのです！」 「……農業？」 　ピクピクッとアイリスの耳が動き、その横でザオネイルの顔が心なしか青褪める。 「ええ。自国の恥をさらすよう...</summary>
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        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/">
        　きな臭さを感じ取ったアイリスは、思い切ってキラキラ大臣に直接話しかけてみた。
「あのー大臣様、つかぬことをお伺いしますが……ザオネイル様とはどんなご縁で？」
「おお！　よくぞ聞いてくださいました！　先日このザオネイル様は、我が国を農業経営の危機から救ってくださったのです！」
「……農業？」
　ピクピクッとアイリスの耳が動き、その横でザオネイルの顔が心なしか青褪める。
「ええ。自国の恥をさらすようでお恥ずかしいのですが、実は先日、ウチの国でとんだ昆虫騒動が起きましてねー」
「……昆虫騒動？」
「熱心な昆虫マニアの団体が、絶滅したはずの田喰い虫をどこからかまた持ち込みおったのですよ！　各地の愛好家同士で繁殖させた挙句自然に帰すなどと余計なことをしてくれたお陰で我が国の稲は大損害を受けるところでしたが、そこで颯爽と現れたのがこのザオネイル様！　我が国の国宝級のお宝であります〝超号泣スリッパ〟と引き換えにその田喰い虫共を！　あーら不思議、どこかへ綺麗さっぱり移してくだすったじゃあありませんかっ」
　その後も大臣は田喰い虫亡き後の稲の成長の様子やら新たに入荷した新スリッパについての話を延々と続けていたが、アイリスもザオネイルももはや聞いてはいなかった。
　ランズーカよりも国土の広いナルパ王国の農業を危機に陥らせるくらいだ。それをそっくりそのまま持って来られたらそりゃひとたまりもないだろう。
「……ふうううぅぅーん……」
　スイッと菫色の目を細め、口元だけで笑顔を形作ったアイリスがザオネイルの方を向き、どこか陰のある笑みを浮かべる。
「大活躍なのねぇ、ザオネイルさん？」
「ま…………………………まあな」
　ふいと視線を逸らし、口笛でも吹きたそうな様子でザオネイル。その目は大会があったなら優勝確実であろう泳ぎっぷりを見せている。
「同じ願いなのに、ナルパ王国の方は叶えたわけね」
「いやその……そろそろ繭になる頃合いだったし、いくらなんでも二度移動させるのはカミとしてちょっとな……そういうことするとペーペー鳥がうるさいし……」
　だったら面倒がらずにあらかじめ分散させておくとか、もっと後先考えて行動してほしいと思いつつも腕を組み、少し考えてアイリスはなるたけ穏やかな口調で言った。
「ねえザオネイル、田喰い虫は成虫になると豊穣を司るけど、幼虫の時は田を喰いつくす……ということは、結局今年の田んぼはもうだめってことよね？」
「う、うむ。そうなるな」
「でも、ナルパ王国はどうやらそれなりに収穫があるみたいね？」
「う、うむ。そうだな」
「だとしたらもしかしたら、頼めば援助米をくれるかもしれないわね？」
　田喰い虫もくれたみたいだし……と微笑むアイリスに見守られる中、ザオネイルはカミにしては珍しく冷や汗をダラダラとかいたまま、ナルパ王国の農大臣にランズーカへ援助米を送る旨を約束させたのだった。
　かくしてランズーカ王の「国民に米を！」という願いは、カミすら怯えさせる王女の謎の圧力により、無事叶えられることとなったのである。
　――めでたし、めでたし？

        
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    <title>九話</title>
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    <published>2008-07-09T15:00:36Z</published>
    <updated>2008-07-09T15:15:12Z</updated>
    
    <summary>春かと見紛うほどうららかな、とある秋の日の午後。 　木漏れ日の網目紋様で彩られた山の小道を、ザオネイルはゆったりとした足取りで進んでいた。時折立ち止まり、何かに耳を澄ませるような仕草をしては、再び歩き出す。 　やがてその背後から、軽やかな人の走る足音が近付いてきた。 　頬を赤くし、髪を背中で跳ねさせながら、ザオネイルの姿を見つけるなりアイリスは不満の声を上げる。 「ちょっとー！　お弁当買うまで待っ...</summary>
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        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
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            <category term="009九話" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/">
        <![CDATA[春かと見紛うほどうららかな、とある秋の日の午後。
　木漏れ日の網目紋様で彩られた山の小道を、ザオネイルはゆったりとした足取りで進んでいた。時折立ち止まり、何かに耳を澄ませるような仕草をしては、再び歩き出す。
　やがてその背後から、軽やかな人の走る足音が近付いてきた。
　頬を赤くし、髪を背中で跳ねさせながら、ザオネイルの姿を見つけるなりアイリスは不満の声を上げる。
「ちょっとー！　お弁当買うまで待っててって言ったじゃない、何で先行くのよ！」
「何でお前が弁当買うまで俺が待ってなくちゃいけないんだ」
「あら全否定！？」
　ふう、と息を整えてから上気した頬をぷくっと膨らますアイリス。ザオネイルの足取りは先ほどより速くなり、もう立ち止まろうとする気配を見せることはなかった。
「あのねあなたと違って私はお弁当を食べなくちゃいけないの。山道を行くなら先に買っておくのは常識でしょ？　食べられる木の実なんてそうそう見つからないし……」
「だからそもそも、なんでお前が山道を行くんだ」
「何よ別ルートで行けって言うの？　そんなことして、途中出会った山賊の願いなんか叶えられちゃたまらないじゃない。私わかったの。あなたが民に害を為すような願いをほいほい叶えたりしないよう、しっかり見張るのが自分の使命なんだって」
　胸の前で手を組み、遠い眼差しで空を見上げるアイリス。
「この決意はお父様にも手紙でお報せしたわ。田喰い虫が豊穣の虫になることも、ナルパ王国から無償で援助が受けられることも早速民に伝わりだしたようだし……あとはこの喜びを無に帰さないよう、あなたをしっかり見張ることが大切なのよ」
　それに……と、こちらは口の中でこっそり呟くアイリス。
（やっぱりあなたがどういう人なのか、ちゃんと知っておきたいしね）
　貢物の立場を嘆くより、見聞を広めるいい機会だと前向きに捉えた方がきっと健康的だ。前向きなアイリスをザオネイルはちょっと心外だとでも言うような目つきで眺めた。
「信用ないな」
「あるものですか！　人をちょっと感動させておいて、結局自作自演なんだから！」
　ザオネイル弁当とザオネイル饅頭（おいしかったらしい）の包まれた風呂敷を振り回し、ぷんぷんしながらアイリスはザオネイルを睨め付ける。
「大体順番待ちがどうのとか言っておいて、どの願いも結局貢物を返して無かったことにしちゃうんだから責任感ってものがないわ、責任感ってものが！」
「まあな。最初はそれなりに叶える気でいたんだが、なんか面倒になって」
　どの貢物も結局あんま気に入らなかったし……と悪びれないザオネイル。今朝になって突然「温泉飽きた」と言い出した彼は、貢物とそれぞれの願状を並べ、下手くそな字で「ごめん。かえす。」と床に直接墨汁で書き、そのまま家人に何も告げず館を出奔したのだ。
　父の願いは叶えてもらったのだが、なんか癖でつい早朝からザオネイルの部屋を訪れてしまっていたアイリスも慌ててその後を追い、今に至る。
「あんなにお世話になったっていうのに、良かったの？　家の人に何も言わないで……」
「言えば引き止められる。いつものことだ。ナルパ王国でも、あのキラキラした男が祠とか作り始めたから慌てて出てきた。いくら食事に困らなくても自由が無いのはごめんだからな」
「ふうん……」
　確かに願いを叶えて欲しい人間からしてみれば、カミがずっと傍にいるのは喜ばしいことなのだろう。でもそんな風に頼りきりになるのはごめんだ、とアイリスは思う。人間にはカミに無い素晴らしい力があるのに、みんなそれを知らないのだろうか。
（カミをやるのもなかなか大変なのね）
　自由気ままに傲慢に生きているカミよりも、実はカミに自分の願いを叶えさせようとする人間の方がずっとしたたかで、傲慢なのかもしれない。どっちもどっちということか。
「ねえところで、次はどこに向かっているの？」
「特にどこという目的はない。気の向いた方向に歩いているだけだ」
「だったら折角ならここに行ってみない？　秋になると紅葉が綺麗だってこの本にね」
　購入したのであろう肩掛け鞄から、これも購入したらしい『見なきゃ死ねない！　ランズーカ一押し観光地百選！』をいそいそと取り出すアイリス。そんな彼女を横目でちろりと見てザオネイルはふと首を傾げた。
「ところで一つ疑問があるんだが……」
「何よ？　あ、ここもいいわね。昔ながらの美しい棚田が広がる農村風景……」
「そもそもお前、最初なんのために来たんだっけ？」
　何気なく発されたザオネイルの素朴な疑問に、アイリスはピタリと動きを止めた。
まさかこの人、私が貢がれてきたこと忘れてる？
（だとしたら……願いを叶えてもらった以上しっかり貢がれなきゃと思ってたけど、知らぬ顔して王城に帰っても問題無かったってわけ……？）
　いや、それにしたってザオネイルを見張る人材は必要だし興味もある。同じことだ。それでも何か違う。何かこう、覚悟の度合いというか、自分の立ち位置というか。
　それにそうだとしたら、父の決意やレジーの怒りは一体……。
「えーと確か、ランズーカ王の願いを叶えさせるという他に何か……あ、俺のファンだっけ」
　たまにいるんだよな、と呟き、立ち止まったアイリスを訝しげに振り返るザオネイル。
　その顔をギンッと睨みつけ、どこにそんだけ、と思わせる怒りのオーラを立ち上らせ、口を火でも噴きそうな具合にカッと真四角に開け放って。
「あんっったが所望したんでしょうがーーーーッ！！」
　周囲の梢を震わせるアイリスの怒声に、休んでいた小鳥達が一斉にバサバサと飛び立った。
「まったく信っじらんないこの責任無し無節操男！！　とても許し難い発言だわ！！」
　ガミガミガミガミと捲くし立てるアイリスに追われるようにして、睨まれた瞬間から耳を塞いでいたザオネイルは、そのまま嵐が過ぎ去ることを祈りつつそれまでより速めにスタスタと歩みを進め始めた。こいつの爆弾どこにあるかわからん、と胸中でぼやきながら。
（――ま、何でもいいか）
　ガミガミ言いながらアイリスは、耳を塞ぐ自分の手を背伸びして外そうとしている。
彼女の懸命なその様子は見なくても手に取るように分かり、何故だか口元が緩んだ。
（紅葉だっけ……？）
　人間のように道の先に目的があるというのも、きっとたまには悪くない。
<了>
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    <title>『キャンディ･ポップ』ＷＥＢ連載をご愛読いただきありがとうございます。</title>
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    <published>2008-07-14T07:12:17Z</published>
    <updated>2008-07-14T07:24:57Z</updated>
    
    <summary>『キャンディ･ポップ』ＷＥＢ連載をご愛読いただきありがとうございます。 　先週ＵＰしました「九話」をもって、連載を終了させていただきます。 　このＷＥＢ連載の続きは現在発売中の文庫版でお読みになれますので、そちらもあわせてお楽しみいただければ幸いです。（ルルル文庫編集部　２００８年７月１４日） 　なお、今までの連載分は、以下のリンクよりお読みいただけます。 （一話／二話／三話／四話／五話／六話／七...</summary>
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        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
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            <category term="編集部からのお知らせ" />
    
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        <![CDATA[『キャンディ･ポップ』ＷＥＢ連載をご愛読いただきありがとうございます。
　先週ＵＰしました「<a href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/009/">九話</a>」をもって、連載を終了させていただきます。
　このＷＥＢ連載の続きは現在発売中の<a href="http://gagaga-lululu.jp/lululu/sinkan/sinkan0806.html#sin5">文庫版</a>でお読みになれますので、そちらもあわせてお楽しみいただければ幸いです。（ルルル文庫編集部　２００８年７月１４日）


　なお、今までの連載分は、以下のリンクよりお読みいただけます。
（<a href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/001/">一話</a>／<a href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/002/">二話</a>／<a href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/003/">三話</a>／<a href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/004/">四話</a>／<a href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/005/">五話</a>／<a href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/006/">六話</a>／<a href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/007/">七話</a>／<a href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/008/">八話</a>／<a href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/candypop/009/">九話</a>）
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