第一章 船上のクーデター(1)

 空は鮮やかな夕焼け色に染まり、砂埃が熱く乾いた風に舞っている。  潮の香りに混じる焼けた大地の匂い。  ――ティエランカ王国領デジエルト。  ここは、南大陸の半分を占めるデジエルト砂漠に作られた小さな港だ。  古びた波止場に漁船が並び、スパイスや魚介類を並べた露店が軒を連ねている。その隙間をぬうようにして、頭にターバンを巻いた男たちや、色鮮やかな布をかぶった女たちが路上を行き交い、にぎやかな異国...

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第一章 船上のクーデター(2)

 スクリューだけでなく、エストレリャ号はいたるところに修繕が必要な部分を抱えている。  遠目には優雅に見える王室専用船だが、実際は短い航行が精一杯の旧式の船だ。ガタガタと耳障りな音を立てるエンジンと、白い塗装の下からのぞく赤茶けたサビ。それは、所有者であるティエランカ王室の窮乏ぶりをそっくりそのまま物語っていた。 「しばらくは、エルニド港の修理所(ドック)に預ける必要がありそうだな」 「ええ、それ...

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第一章 船上のクーデター(3)

 南大陸をあとにしたエストレリャ号は、クエルヴァたちを乗せて真っ暗な夜の海を航行していた。上空では激しく雲が流れ、厚い雲が星空を覆いはじめている。海面では波が重くうねり、熱気が淀んだエストレリャ号の船内は、じっとりと蒸し暑かった。  そんな中、最上階の船室では、クエルヴァが寝苦しさにうなされながら何度も寝返りを打っていた。  ――銃声! はっとしてベッドの中で跳び起きる。  クエルヴァは肩で息...

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第一章 船上のクーデター(4)

「……なにが」  クエルヴァは狭まった喉からなんとか掠れ声を絞り出した。 「何が起きているのですか、お父様……!」 「大丈夫だ、心配はいらない」  しかし、父の瞳には隠しきれない緊張の色が浮かんでいる。クエルヴァは、不安で胃が縮み上がるのを感じた。  反射的に弟のフェリックスに手を差し伸べると、クエルヴァの動揺を察したのか、フェリックスが毅然と顔を上げた。  「ご安心ください。姉上のことはフェリッ...

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第一章 船上のクーデター(5)

 けれど――、 「黒いオイルの油田が、デジエルト砂漠に?」  はじめて聞いた事実にクエルヴァが目を瞬かせると、父が力強く頷いた。 「そうだ。まだ極秘だが、これは、黒いオイルの油田の位置を記した唯一の手帳だ」  父の言葉に、クエルヴァはハッとして再び手帳に目を落とした。 「まさか……」  政情が不安定とはいえ、父が突然デジエルト砂漠に向かったのは――。  クエルヴァの考えを見透かしたように父が口を開...

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第一章 船上のクーデター(6)

 甲板は、思いのほか静かだった。  バリオスを先頭に、クエルヴァたちは左舷の下甲板を目指して進んでいる。  ときおり、右舷の方向から武装親衛隊の声と足音が聞こえ、そのたびにクエルヴァたちは息をひそめて動きを止める。緊張で、意識が遠のくような気さえした。  ふと、低い雷鳴が聞こえ、クエルヴァは夜空に顔をめぐらせた。嵐を予感させる不吉な黒い雲が、急速に頭上に広がりはじめている。  思わず背筋を震わせて...

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第一章 船上のクーデター(7)

「陛下(レクス)、王太子殿下(プリンシペ)。我々はこの船を制圧しました。お二人の身柄は、これから武装親衛隊の監視下に置かれます。お二人が抵抗、あるいは逃亡を試みないものとみなし、手錠による拘束は控えましょう。部下が船室までご案内します」  父が周囲を見渡し、静かに頷いた。 「よかろう。ただし、船内にいる人間たちの安全を保証してもらいたい」 「我々もこれ以上の流血は望みません」  アギラスがわずかに...

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第一章 船上のクーデター(8)

 クエルヴァは、甲板に残ったアギラスの広い背中を見つめていた。  アギラスは職業軍人らしく、わずかに足を開き両手を後ろで組んだ姿勢で立っている。  しばらく、彼は微動だにせず暗く先の見えない海を見つめていたが、やがて、ゆっくりと顔を巡らせて甲板を見回しはじめた。  空に白い稲妻が光り、一瞬、暗闇の中にアギラスの精悍な頬が浮かび上がった。漆黒の髪が、ふわりと風に舞い上がる――。  少佐、と呼ばれるに...

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第一章 船上のクーデター(9)

「家族を……父と弟を解放しなさい」  クエルヴァは、決死の思いでアギラスを睨み上げた。  しかし、アギラスは氷のような無表情を崩さなかった。 「我々と心中されるつもりですか、姫殿下(プリンセッサ)?」  その、高いところから相手を睥睨するような態度にクエルヴァは眉をひそめた。  アギラスが淡々と言葉を続ける。 「落ち着いて、私の話を聞いてください」  クエルヴァは青緑色の瞳を燃え上がらせた。 「国...

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