プロローグ
湿った風が吹き始め、重く静かだった波が揺れはじめた。
かすかな雷鳴の響きに、クエルヴァは首筋を強張せる。
この船は嵐に追いつかれそうだ、それもじきに。
暗い梯子階段の陰に身を潜めたまま、クエルヴァはできるだけ浅く呼吸をする。熱気を含んだ重苦しい空気に息がつまりそうだった。
膝を抱えて震えるクエルヴァの肩には、さきほどから粘ついた液体が滴り、白いガウンに赤い染みをつけていく。ぞっとするような感触をもたらす生暖かい液体は、梯子階段に覆いかぶさるように倒れた男のものだ。
男の額には小さな赤黒い穴が空き、後頭部は完全に吹き飛ばされている。そこから溢れた血と細かな肉片が、ポタリ、ポタリと梯子階段の隙間からクエルヴァの肩に落ち続けている。
頭を銃で撃ち抜かれた男は、生気のない虚ろな瞳で梯子階段の隙間からクエルヴァを見つめていた。
見てはいけない――!
クエルヴァは自分の視界にあるものから懸命に視線をそらした。
見たら、今度こそ乾いた悲鳴がこぼれてしまう。
すぐそばの甲板を行ったり来たりする軍靴の音。
クエルヴァは身動きもせず、奥歯をかみしめた。
そして、ただこの混乱が一刻も早く過ぎ去ることだけを願った。