三十六話(5)

「……あ」
 庭の向こうの渡り廊下を、一人の青年が、こちらの建物へと歩いていた。
 愛鈴は身を翻して中に戻ると、すぐに茶葉を選び、湯を汲んだ。
 やがて、ちょうど茶の支度が整ったころ、部屋の扉が開く。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、愛鈴」
 慧俊が、出迎えた愛鈴に微笑みかける。
その顔を見て、愛鈴は小首を傾げた。
「……何か、ございましたか?」
「わかるのか?」
「お疲れのようでしたので……」
「お見通しか」
 慧俊は笑って、庭に面した椅子に腰掛けた。愛鈴がその傍らの卓で、用意していた茶を注ぎ、慧俊の前に置く。
「頭の固い連中と、評議で少々やり合っただけだ。気にすることはない」
「……はい」
 慧俊は、肘掛けに頬杖をついて、愛鈴を見ている。
 愛鈴が目で問うと、慧俊は、すぐ隣りの椅子を、指で叩いた。
「……」
 ちょっとはにかんで、愛鈴は、黙ってそこに座った。
 涼やかな風。
 白い蓮も、池の水面も、夕日の色に染まろうとしていた。
 慧俊が、愛鈴の肩を抱き寄せる。
やさしい指が、頬に触れた。
 目を閉じる。――微かな吐息。
 唇が重ねられ、愛鈴は、応えるように、そっとその身を添わせた。(了)

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