一話 (1)

 月は、どこで見ても同じだと思っていた。  ……月まで、こんなに遠いなんて。  冴え凍る夜気に自分の体を抱きしめながら、少女は天空遥かに浮かぶ満月を見上げていた。  故郷の月は、もっと手の届きそうに近かった。  都の月はこんなに遠く、風はこんなにも冷たい。  体はすっかり冷えきっていたし、明日も朝から稽古がある。早く戻って休まなければと思うが、いまは、まだ教坊に戻る気分にはなれなかった。  ……み...

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一話 (2)

「きゃ……」 「愛鈴!」  泳ぐように腕で空を掻き、何とか止まろうとしたものの、余計に裾を踏みつけてしまい、愛鈴は大きくのけぞった。倒れる、と覚悟した刹那、慧俊にその腕を掴まれ、体を支えられる。 「――軽いな」 「え……あ、あの」 「ほら、おいで」  愛鈴が遠慮する間もなく、慧俊は愛鈴の手を引いた。 「あ、あの、あのあのあの」 「ちょうど梅が見頃だ。昼間だったら、もっとよく見えるのだけどな」 「あ...

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一話 (3)

 卯州の片田舎から猿国の都、華安に辿り着いたとき、その巨大さと華やかさに圧倒された。都にいると、貧しい故郷が同じ国の中にあるとは思えなかったくらいだから、慧俊が驚くのも当然かもしれないと、愛鈴は思った。 「確かに各地で不作だと聞いたが……まさか人を売って、税を払っているところがあるとは……」 「でも、珍しいことじゃないんですよ。うちの村では、この秋はあたしと、あと六人いました。でも、みんな別々のと...

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一話 (4)

「あの、太子様」 「堅苦しいな。慧俊でいい、愛鈴」 「……慧俊、様」  今度こそ顔を上げ、愛鈴はまっすぐに慧俊の目を見た。 「いつか、上手く踊れるようになったら、あたしの舞を、見てもらえますか」  何年かかるかわからない。  それでも、この人のためなら。 「あたし、きっと上手くなります。慧俊様の前で立派に踊れるように、きっと……」  微笑んだまま、慧俊がはっきりと頷いた。 「そうだな。楽しみにして...

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一話 (5)

「……梅……ですか?」 「そうだ。わかるか」 「香りが……」  辺りを見れば、小路の両側にぽつぽつと花を咲かせた梅の木が植えられており、息を吸い込むと、ほのかな匂いが感じられた。 「……これを」  と、慧俊は、自ら折った梅の枝を――愛鈴の髪に、そっと挿した 「えっ? えっ?」  愛鈴は思わず、見えもしない自分の頭を見ようとして、おろおろと仰のいてしまう。  慧俊は何か納得したかのように、二、三度頷...

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