三十二話(1)
闇夜に紛れて東和殿に入った愛鈴は、とにかく追っ手から逃れようと走っていた。 いつもの門とは違うところから入ってしまったため、いま、自分がどこにいるのか、まったくわからない。 耳を澄ますと、番兵たちの声は聞こえなくなっていた。 ちょうど雲が切れてきたのか、再び満月が辺りを照らしていた。愛鈴は一度立ち止まり、周囲を見まわす。 そこは、庭だった。 だが、いつも愛鈴が通される、慧俊の部屋の前の庭...
くわしくはこちら »三十二話(2)
場所がわからないなら、探せばいいのだ。立ち止まったところで、何にもならない。 見たことのない庭を突っ切り、渡り廊下をひとつ越え、その向こうの庭に出る。真ん中に大きな池があり、そのさらに向こうに、もうひとつ廊下が見えた。 灯りが。 ひとつ、ふたつ、みっつ――動いている。 人が歩くのと、同じ速さで。 愛鈴は、柵を乗り越え渡り廊下に戻った。息をつめ足音を忍ばせ、姿勢を低くしながら、遠くの灯り...
くわしくはこちら »三十二話(3)
「あなた、昇貴親王殿下に言われて、慧俊様を亡き者にしようとしてるんですか?」 列の後ろについていた男たちが、腰に下げた剣の柄に手をかけた。 褒姫はやはり、身じろぎもしない。 「それとも、あなたが進んで、昇貴親王殿下のために、そうしようとしてるんですか」 「去れ!」 先頭の侍女が、鋭く叫ぶ。男たちは、抜刀した。 「こちらは吏部尚書、曹子成様の御息女、褒姫様であるぞ! 妓女ごときが無礼な口利き、...
くわしくはこちら »三十ニ話(4)
男が一人、愛鈴と壷を持つ侍女のあいだに飛び込んでくる。 軽い音を立て、愛鈴の剣は、たやすく折れた。 剣が役に立たないことは、最初から承知している。愛鈴は、折れた剣の柄だけを男の顔めがけて投げつけ、鞘をもう一人の男に投げ、素早く男の脇をすり抜けた。 あの壷さえ割れば―― 壷を持つ侍女が、怯えた顔で後ずさる。 愛鈴は手を伸ばし、その侍女の袖を掴もうとしたが、またも男たちが斬りかかってきた。 ...
くわしくはこちら »三十二話(5)
向かってくる剣を、身を翻して避ける。切っ先が、衣の裾を裂く。 目の隅に、褒姫が壷を侍女から取り上げ、一人で奥へ入っていこうとするのが見えた。 「だめ……」 行かせてはいけない。 なのに褒姫の後ろを侍女たちが固め、自分の目の前には、剣を構えた男たちがいる。 それでも―― 愛鈴は顔を上げ、褒姫の侍女、男たちを、挑むように見据えた。 刹那。 床を蹴って、愛鈴は走り出す。 まっすぐ。 褒...
くわしくはこちら »三十二話(6)
「――愛鈴」 慧俊が傍らに膝をつき、自分の上着を脱いで、肩を包むように愛鈴に着せ掛ける。 「遅くなってすまない。表が騒がしかったから、そちらに気を取られてしまった。まさか愛鈴が、中にいるとは……」 ほつれた髪を指で梳いて、慧俊が、愛鈴の顔を覗き込んだ。 「怪我は? どこか痛むところは」 「……いいえ……」 昼間の宴でその姿を見て、まだ半日も経っていない。 それなのに、もう何年も逢っていなか...
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