三十二話(6)
「――愛鈴」
慧俊が傍らに膝をつき、自分の上着を脱いで、肩を包むように愛鈴に着せ掛ける。
「遅くなってすまない。表が騒がしかったから、そちらに気を取られてしまった。まさか愛鈴が、中にいるとは……」
ほつれた髪を指で梳いて、慧俊が、愛鈴の顔を覗き込んだ。
「怪我は? どこか痛むところは」
「……いいえ……」
昼間の宴でその姿を見て、まだ半日も経っていない。
それなのに、もう何年も逢っていなかったかのように思えた。
「……御無事、ですか」
「私は何ともない。愛鈴は本当に、怪我はないのか」
無事だった。
……慧俊様が、生きている……。
愛鈴は、手を伸ばしていた。
震える指先で、そっと、ほんの少しだけ、慧俊の頬に触れてみる。
人の肌の――あたたかさ。
生きている。
「……」
愛鈴は、慧俊の首にしがみついていた。
生きている、と。
このひとが生きていると、ただそれだけしか、考えられなかった。
あふれる涙が、慧俊の衣の、肩口に染みていく。
慧俊は、黙って、愛鈴を強く抱きしめた。
あれほど触れることにためらっていた小さな手が、必死に、その背にすがりつく。
……もう、いい。
慧俊様が生きていれば、それでいい――
愛鈴の手から、次第に力が抜けていく。
「……愛鈴? 愛鈴!」
慧俊の腕の中で、愛鈴は、ぐったりと首を垂れた。