三十六話(3)

「あら? ――あれ、伊福の爺さんじゃないの?」
「あ、うん。ここの庭も、見てくれてるの」
「元気そうじゃない」
 席を立って、声をかけようと端近に出た佳葉を、愛鈴が慌てて止める。
「待って待って。……今日は、駄目」
「どうしてよ?」
「だって……ほら」
 愛鈴の指したほうを佳葉も見ると、伊福の後ろを、白髪交じりの女が一人、歩いていた。
「……貞琴先生?」
「そう」
「嘘っ。……なんで?」
「伊福さんが、ときどき貞琴先生に庭を見せに来るの。だから、いまは声かけないでね?」
「……邪魔はしないわよ」
 肩をすくめ、佳葉は小さく笑った。
「あたしも、帰ろうかな」
「もう帰っちゃうの?」
「今日は慈雲が早く帰るようなこと言ってたから」
「あ、それじゃ、慧俊様も早くお帰りかな……」
 菓子の残りを紙に包んで、愛鈴が佳葉に持たせる。
「ごちそうさま。また来るわ」
「うん。今度、教坊のほうにも顔出してね?」
「そうね」