三十六話(4)
佳葉が帰るのを、建物の外まで見送ってから、愛鈴は部屋に戻った。茶器を片付けていると、まだ幼さの残る侍女が、慌てて入ってきた。
「――す、すみませんっ! あの、あたし片付けますから……」
「いいのよー。わたし、やるから」
「駄目です! お后様にそんなことさせてって、あたしまた怒られますー!」
必死の様子の少女に、愛鈴は微笑んで、茶器の盆を渡した。
「じゃあ、お願い。それと、代わりの茶碗を……」
「はい、持ってきますっ」
「急がなくていいからね? 落ち着いてね?」
「はいっっ」
ここに来て日の浅い少女が、失敗を繰り返しては、古参の侍女たちに叱られているのを、よく目にしていた。
……でも、頑張ってるし。
家は華安の小さな古着屋だというが、父親が病がちなので、宮殿に働きに来たのだという。
宮殿の、それも后付きの侍女ともなれば、貴族の娘などが選ばれるのが普通だったが、愛鈴の身辺には、この少女のように、それほど身分の高くない侍女が何人かいた。愛鈴が侍女にまで気を遣わなくていいようにという、慧俊の配慮である。
そろそろと茶器を運んできた少女が、盆を卓に置き、ほっと息をつくのを、愛鈴は目を細めて眺めていた。
「ありがとう。――どう? だいぶ慣れた?」
「あ、はい。でも……」
「でも?」
下を向いて、少女がつぶやく。
「……やっぱりあたし、駄目ですね」
愛鈴は一度、庭のほうを振り向いた。遠くで伊福と貞琴が、ゆっくりと歩いている。
少女のほうに目を戻して、愛鈴はにこりと笑った。
「わたしも前は、よくお茶碗割ったり、茶葉を間違えて、叱られなぁ」
「……お后様が?」
少女は信じられないという顔で、目を瞬かせている。
「だって、わたしもここに来るまで、いいお茶なんて淹れたことなかったもの。舞も下手で、毎日毎日、怒られてた」
「……」
愛鈴が妓女で、田舎の出だったということは、この少女も知っていた。
「そんなにすぐに、駄目なんて言うものじゃないのよ?」
「……」
少女が、おずおずと顔を上げた。
「だって、まだこれからじゃない。駄目なんて言ったら、あなたがかわいそう」
なんて――と言って、愛鈴は笑う。
「わたしも、そう励まされて、ここまで来たの」
「……」
少女は愛鈴を見つめ、そして、唇を引き結び、背筋を伸ばした。
「あの、あたし、頑張ります」
「……ええ」
「ありがとうございました。……失礼しますっ」
勢いよくお辞儀をして、少女が部屋を出ていった。まだ肩に力が入っているから、もうしばらくは、失敗も続くかもしれないが。
……だいじょうぶ。
信じていれば、きっと。
愛鈴は端近に出て、欄干にもたれ、息を吸った。
水と、緑の匂いがする。
いつのまにか、伊福たちの姿は見えなくなっていた。
静かな庭に、小鳥のさえずりが聞こえる。