一話(1)

 雷鳴が轟き、稲光がその姿を浮かび上がらせた。
 叩きつけるような激しい雨音さえ掻き消すように、女たちの絶叫が響き渡る。
 鬼が、という誰かの声を遮って、青白い閃光が再び異形の者を照らした。
逆立った髪、おそろしく大きな目鼻、剥き出された歯――それは怒りの形相に似て、だが、とても人の顔とは思われなかった。誰かが言った鬼という呼び名が、この異形の者には、最も合っているのではないだろうか。
「鬼が……鬼が!」
「誰か来て、助けて――」
 女房たちが悲鳴を上げで逃げ惑う中で、詞子は柱の陰から、じっと息を詰めて鬼の様子を窺っていた。
「逃げましょう姫様。早く……」
「淡路、静かに。……誰かを捜しているわ」
 詞子は必死で袖を引く女房を手で制して、開け放された妻戸から吹き込む風にもかろうじて消えずに残っている、燈籠のわずかな明かりを頼りに、目を凝らす。
 鬼は腕を振り、床を踏み鳴らしながら、几帳を片端から引き倒し、隠れていた女たちの髪を掴み、あるいは単の襟首に手をかけて、いちいち泣き叫ぶ顔を見ているようだった。
「ここにいる者に恨みでもあるんでしょうかね」
「変なこと言わないでよ葛葉っ……」
 詞子の袖を引いていた淡路が、慌ててもう一人の女房の口を塞ぎにかかる。
「……!」
 鬼が何か吠えた。捜す者が見つからない苛立ちか、動作は次第に荒々しさを増していく。その足元には、恐怖で気を失ったのだろう、何人かの女房が倒れていた。
「聞こえた? いまの……」
「えっ?」
 淡路と葛葉は一度耳をすまし、それから首を傾げた。
「何か聞こえたんですか?」
「そうびの……とか」
 再び、鬼が何か叫んだ。雨音に紛れたそれは、聞き取りづらかったが、確かに、そうびのきみ、と聞こえた。
「……言いましたね」
「そうび……薔薇のことでしょうか?」
「薔薇……」
 淡路の言葉に、詞子がふと顔を上げる。
「まさか、艶子……」
「えっ?」
「あの子、薔薇の扇を使っていなかった?」
「檜扇ですか? ええ、たしか薔薇の絵が――」
 稲妻とともに、天地が割れたかと思うような轟音がした。近くに雷が落ちたのだろう。
「……っ、姫様、やっぱり戻りましょう!」
「そうですね。どのみちここにいても鬼に食われるだけかもしれません。それより向こうで隠れていたほうが」
「だから葛葉、そういう縁起でもないことっ……」
「艶子!」
 詞子の鋭い口調に、淡路と葛葉は振り返った。
 すでに屋敷の奥まで踏み込んでいた鬼が、腕に女を一人、抱えている。抱えられた女は絶え間なく泣き叫び続けており、その雷鳴より耳につく甲高い声が誰のものかに気づいた女房たちまでも、さらに絶望的な悲鳴を上げる。
「姫君が、姫君が……!」
「誰か……誰か姫様をお助けして……!」
 混乱の中、ようやく家人が集まってきたのか、走りまわる幾つもの足音と男たちの声がした。灯りが点され、薄闇に泣きわめく娘と鬼の姿がぼんやりと見える