一話(4)
「あの鬼は、あなたを捜していたようだったわ。あなたに心当たりはないの?」
「あるわけないでしょ!? 何よ、自分で呼んでおいて、白々しい!」
雷鳴が轟き、稲光がその姿を浮かび上がらせる。
さっきの鬼にも似た、憤怒の形相。
「出てってよ」
言葉が目に見えるものならば、きっと薔薇のように棘のある声色。
「出てって、鬼姫。あんたがいるから、こんな恐ろしい目に遭うのよ。――早く、いますぐここから出てって!!」
人の声と雷鳴が途切れただけで、ずいぶんと静かになる。
雨音だけが聞こえていた。
詞子は一度目を閉じ、そして目を開け、唇に冷めた笑みを浮かべて、まだぼんやりと突っ立っている父親を振り返る。その冷笑の中に、諦めの影が差していたことに気づいた者は、誰一人いない。
「北白河の家が、空いていますわね」
「あ……ああ……」
「夜が明けたら、まいります」
弓を父親に押しつけ、詞子は開いた格子から真っ暗な空を見上げた。
「……夜明けには、この雨も止むでしょう」