二話(2)

 敦時は少し驚いたように、目を見張った。
「……私が手を出していない女人を捜そうとしたら、とうとう鬼姫にまで行き着いたということかな?」
「何です兵部卿宮、まさか鬼までも恋人にしていたのですか」
「いや、さすがの私も、あのような話を耳にしては、口説こうとは思えなかったな」
「あのようなって……」
 身を乗り出してきた公達に、敦時は苦笑して杯を傾ける。
「二条中納言の中の君が美女だと聞いて、それなら大君も美しいのではないかと、あそこの女房にそれとなく尋ねてみたのだが、何故か皆、大君のこととなると口が重くてね。それどころか、鬼姫と呼ばれているじゃないか。ますます気になって、ようやく聞き出したら……」
「聞き出したら?」
「呪われている、らしい」
「……」
 身を乗り出していた連中が、逆に身を引いて、気味悪そうに互いの顔を見合わせている。
「の、呪い、ですか?」
「話してくれた女房もずいぶん恐ろしがって、詳しくは言おうとしなかったな。ただ、大君は中の君や三の君とは、母親が違うそうだ。大君の母親は身分の低い女で、もう亡くなっているとか……。とにかく、顔立ちは中の君とはまるで似ていない、特に見るべきところもないと聞いて、文も出さずに終わってしまったよ」
 公達は各々、納得したような、がっかりしたような声を上げた。雅遠は干した鳥の肉に醤をつけては、口に運んでいる。
「呪い持ちの姫君とは、恐ろしいなぁ」
「何かに憑かれているのかも……」
「なるほど。それでいままで大君の話は聞かなかったということですか」
「美女でないとしても、年は今年で十六だというから、そのようなことでもなければ、少しぐらいは口の端に上っただろうね」
 干鳥を飲み込んだ雅遠が、酒で喉を潤し、甘いとつぶやいて顔を上げた。
「それで? 二条中納言は、二条に屋敷があるから二条中納言というんだろう? 二条の鬼姫ではなくて、どうして白河の鬼姫なんだ」
「いや、だからな、そこなんだよ。いま、その鬼姫は白河にある二条中納言の別邸に住んでいるというんだが、ここ数日、急にあちこちで白河の鬼姫鬼姫と聞くものだから、兵部卿宮なら御存知かと……」
「それで私が呼ばれたわけか」
 敦時は笑って、扇を広げて襟元を少し扇いだ。
「十日ほど前、ひどい大雨と雷の夜があっただろう。そのとき、右大臣家の女房が方違えで二条中納言の家に泊まっていたそうなのだが、夜になって、庭先に鬼が現れたとか」
「鬼!?」
 一人が杯を取り落とし、慌てて拾う。
「本当ですか、それは……」
「姿を見たと言ったよ。それは恐ろしい面相で、とても人とは思われなかったと。しかも屋敷の中にまで乗り込んできた――」
 別の一人が、ひぇっ、と声を上げ、袖で口を押さえた。
「そ、それで?」
「右大臣家の女房は、恐ろしさのあまり、気を失ってしまった。目覚めた後で聞いてみると、鬼は矢を射かけられて退散したらしいが、大君が鬼を呼び寄せたのだと大騒ぎになっていて、さすがに中納言も屋敷に置いておけないと思ったのだろう、朝早くに大君を白河の別邸に移したのだそうだ」
 その話を右大臣家の女房が吹聴して、噂が広まった――ということらしい。
「……それは……恐ろしい……」
「せっかく方違えした先でそのような目に遭うとは、まさかそれも呪いのうち……」
「ま、まさか、方違えぐらいでは避けられぬほどの呪いだと?」
「当分は白河に近寄らないほうがいいな……」
「二条中納言の大君は、鬼に憑かれた姫君であったか……」
 頬を引きつらせた面々に、敦時はくすりと笑い、閉じた扇で優雅に廂の奥を指し示した。
「まぁ、せっかくの宴の夜、きみたちもわざわざ鬼の姫君に思いをはせなくとも、この家の美しき花々を愛でてはいかがかな」
「そ……そうですね……」
「そうそう、ここの女房、いや、ここの花はなかなか美しい……」
 一人、また一人と腰を上げ、とうとう座には、雅遠と敦時だけが残された。雅遠はひたすら、瓜の漬物をこりこりと噛んでいる。
「……食べてばかりだな、きみは」
「宴の酒は甘くて好かないんですよ」
「花見の宴なのだから、花を見たらどうかという意味だが」
「うちの女房どもなんか見慣れてます」
「庭の桜だよ」
「毎年見てます」
「……相変わらず無風流だね」
「花は好きですよ。ただ、昼間蹴鞠と弓の稽古をしたら、腹が減って」