六話

「安芸守の姫君も駄目だったんですか?」
 容赦ないひと言に、雅遠は剣呑な顔で乳兄弟を振り向いた。
「まだ駄目と決まったわけじゃない」
「でもその御様子だと、限りなく駄目な方向に近づいてるわけですよね」
「……そんなことないっ。今度のは、そんなに悪い対応でもないんだ。が……」
 雅遠は文机に向き直り、しばらく料紙を睨んで唸っていたが、とうとう筆を投げ出した。
「あー、やめだやめだ! なんっにも思いつかん!!」
「そこで投げたらますます駄目でしょう」
「思いつかないものはしょうがないだろ。おい、保名。おまえ夜までに一首詠んでおけ」
「私がですか!? 嫌ですよ! そんな、雅遠様に差し上げられるような気の利いた歌があれば、自分で使ってます!」
「ったく……誰だ、恋をするには歌を詠めなんていう決まり事を作ったのは」
 ぶつぶつ文句を言いながら、雅遠は手早く硯箱を片付けてしまう。
「そんなに毎度苦心されるのでしたら、兵部卿宮にお願いしてはいかがです? あの御方なら、恋歌を詠むくらい、爪を切るよりたやすいことでしょう」
「……もう頼んだ。だいぶ前に」
「そうだったんですか?」
「で、それを四、五人に使いまわした」
「……」
「そうしたら、どこからかその話が漏れてな。ますます笑い者になった」
 保名はさも頭が痛そうに、額を押さえた。
「雅遠様……。もう観念して、おとなしく御父上に結婚相手を決めていただいたほうがよろしいのではないですか」
「絶対嫌だ。父上の選んでくるのはな、どれも教養があって、歌集を全巻暗記するようなのばっかりなんだ。そんな女と一生付き合わなくちゃならないなんて、背筋が寒くなる」
 仮に結婚相手が自分の苦手な女だったら、世間並みに、他に恋人を作るなり時機を見て別れるなりしてしまえばいいだけのことだと思うが――と、保名は口には出さないまでも、首をひねる。少なくとも、左大臣の嫡子という地位があれば、そのくらいは不可能ではない。
もっとも、そういうことに考えが及ばないところも、どこまでも世の公達とずれている雅遠らしいのだが。
「……どこかにいるといいですねぇ、雅遠様にお似合いの、歌の嫌いな姫君が」
「おまえもせいぜい祈っててくれ」
 雅遠は、狩衣の裾を無造作にさばきながら腰を上げる。
「どちらに?」
「馬でひとまわりしてくる。こういうときは、走るのが一番だ」
「日が沈むまでにはお戻りになって、ちゃんと安芸守の家に行ってくださいよ。たとえ歌が詠めていなくても、続けて通わないと誠意がないと見られて、本当に駄目になってしまうんですから……」
「あー、わかってるわかってる」
 追ってくる乳兄弟の声に軽い返事をして、雅遠は背を向けたまま、ひらりと手を振った。