(11)

「あのときは、本当にうれしかったな」  ぽつりと呟いたジルに、ミゼリコルドが言った。 「本当の誕生日でもないのにか?」 「不思議とそんなことは、ちっとも気にならなかった。だって、ママ・クリスが、わたしたちを祝ってくれているのは、ちゃんとわかっていたから…。大事なのは日付じゃない。祝ってくれる人がいることだ。そうだろう?」 「だが、おかしな話だな」  ミゼルコリドは、怪訝そうに眉を寄せた。 「おかし...

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(12)

「それに、わたしといると、ルシードはきっと機嫌を悪くしてしまうよ。顔だけ同じでも、中身はまるで違うそうだから」  するとなぜか、ミゼリコルドが小さく笑った。 「本当に不思議なものだな、人間というのは。口で言っていることと、実際していることがまったく同じにはならない。気にしていないといっても、気にしている。お前のような聡明な人間でさえ」 「気にしている?」 「そうとも」  人でないミゼリコルドには分...

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(13)

(そうだと、いいのに)  ぽつん、とその想いが、自分でもまったく予想外に浮かび上がってきた。  そうだといい。誕生日当日、メリルローズは国内行事に忙しくて、ルシードはきっとパルメニアのエスパルダ王宮内のトイレで、もんもんと寂しくしていたんだ。パーティにも呼ばれず、贈り物も出来ず。――そう、今のわたしのように。 (…うん?)  ふいに、ジルははっと息を呑んだ。  さっきから自分は何を妙なことばかり考...

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(14)

「あの、殿下、何を…!」  あっという間にその鞍の上に押し上げられ、瞬きもしないうちに後ろにルシードが跨る。相乗りさせられたと分かったときには、もう既に馬は走り出していた。  夜陰に、馬の蹄が地面を蹴る音だけが響いていく。結い上げもしていない髪や頬が一気に夜風に巻き上げられる。  そして、目の前は真っ暗だ。 「ルシード!」  悲鳴のようなものが口から出そうになり、ジルは懸命にそれを呑み込んだ。 「...

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(15)

「まったく、あなたのすることはいつも唐突すぎて、わけがわかりません」  何の気まぐれを思い付いたのか…、と、ジルは憤然と言った。いくら相手は夫とはいえ、わけがわからないまま、ただ振り回されるのは気分がいいものではない。 「こんな夜に、外でなにを…」 「いいから、黙って待ってろ。見ればわかる」 「はあ」  ルシードの口調がいつもと少し違うように感じられたので、ジルは言われるがまま、敷布の上で膝をかか...

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(16)

(”つくった”?)  眉根に三本ジワを寄せたまま、ジルは硬直していた。 (つまり、彼がこの肉や詰め物の中身を用意したのということだろうか。ということは、これはルシードの、手料理……?)  にわかには信じがたいことだった。この(粗雑ではあるが)ルシードが料理を準備し、しかもそれを(偽者の妻である)自分にふるまうなんて、彼が毒殺されるよりもありえない事だ。  むしろ、これらが彼が狩ってきた猪肉とかいう...

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(17)

「あの…、誕生日を祝うため…、ですか?」 「…そ、そうだ」 「しかし、今日はわたしの誕生日ではありませんが……」 「そんなことくらい知ってる!!」  きっぱりと言い切られて、ジルはさらにきょとんと目をまるくする。  やっぱり、ルシードは変だ。今日がジルの誕生日でないと知っているのなら、なぜわざわざこんなことをするのだろう。 (あ、もしかして)  ジルは、いくつか浮かんだ予想の中で、一番正解に近いだ...

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(18)

 ルシードの口ぶりから察すると、おそらく、パルメニアにいる間、彼は両親から祝いの言葉さえもらったことがなかったにちがいない。  いまでこそ、彼は大公として国中から盛大に祝われる立場になった。彼の生誕日は国の祝祭日として認められ、多くの人間が彼の誕生を祝う。  けれど、それは、彼が本心から求めているものではない。 『誕生日なんてものは、誰かに祝ってもらうためにあるもんだ』 (あ――)  そのとき、ジ...

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(19)

 すっくと、彼女は立ち上がった。 「ジル?」  絹の靴をぬいだ裸足のまま、ジルは、草の上に一歩を踏み出した。砂糖をまぶしたレモンのような月と、その明かりが、彼女の足下を照らし出している。  だから、怖くはない。  振り返れば、あたたかな火がそこにあることを知っているから。  ルシードが、彼女を追ってきた。この気持ちを、ちゃんと彼に伝えたくて、ジルはそっと彼の手を取った。 「手」 「え…?」 「城に...

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(20)

 そうして、アジェンセンの大公夫妻が、月明かりの下で遅い夕食を取った、その翌朝…、 「殿下、お急ぎ下さい! あと三分で会議が始まってしまいます」  どんどんどん、と、大公専用のトイレのついたてを叩きながら、目下、大公の忠実な秘書官であることを自称するマシアス=ソアソン男爵は叫んでいた。 「聞いていらっしゃいますか、殿下。ここにいるんでしょう。  あなたはもうとっくに包囲されています。無駄な抵抗はお...

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