(11)

「あのときは、本当にうれしかったな」
 ぽつりと呟いたジルに、ミゼリコルドが言った。
「本当の誕生日でもないのにか?」
「不思議とそんなことは、ちっとも気にならなかった。だって、ママ・クリスが、わたしたちを祝ってくれているのは、ちゃんとわかっていたから…。大事なのは日付じゃない。祝ってくれる人がいることだ。そうだろう?」
「だが、おかしな話だな」
 ミゼルコリドは、怪訝そうに眉を寄せた。
「おかしい?」
「おかしくはないか? 実の母親なら、おまえの生まれた日を知っているはずだろうに」
 それは、ごく自然な問いかけだったが、ジルは傷口をつつかれたような痛みを感じた。
「…教えて、貰えなかったんだ」
 ジルは、両手を胸の上にそっと重ねて俯いた。
 誕生日を、三人で纏めて祝われることに不満があったわけではない。けれど、姉と妹と、三姉妹ともが、まったく同じ誕生日ということはさすがにないだろう。
 自分の守護聖人がいないというのは、身寄りがないのと同じくらい不安なものだ。思いあまって、ジルは何度も本当の誕生日はいつなのか、母に問いただした。
 けれど母は、最後まで教えてくれなかった。
 誕生日などというものは、生まれてきてくれたことを祝えれば、それでいいのだと言って――
 そのときのことを思い出すたび、ジルは考えることがある。
 それは、もしかしたら本当は、自分が生まれた日のことなど、母は覚えていないのかもしれない…、ということを。
 ジルは、生まれたときから、母と姉妹たちと暮らしていたわけではない。物心ついた頃、ジルは、”あの男”とともに、あちこちを旅して回っていた。
 母に引き取られたそののち、母が自分たちを手放した理由を、姉のキキが教えてくれた。子どもたちを、アンティヨールの娼婦にしたくなかったからだと。そのために、急いで手放し遠くへやったのだと、クラレンシースはキキに話したことがあったらしい。
 母は、子供に嘘を付くような人ではなかった。もちろん、その言葉を疑うつもりはない。けれど、今日のような、思い出を掘り起こさずにはいられない日などに、ほんの少し、不安になるときがある。
 とくに、母が永遠にいなくなり、愛する姉妹たちと離ればなれになってしまった、今では……
(ママ、クリスは、ほんとうにわたしを必要としてくれていたんだろうか)
 ジルは思った。
 それとも、何か別のどうしようもない理由があったのだろうか。実の娘の生まれた日を隠さなくてはならないような理由が、なにかほかに――
「聞けば聞くほど、おまえたち人間は、おかしなものだ」
 仕方がないといわんばかり、ミゼリコルドは目をみはり、
「おかしいって、どういうところが?」
「お前は言ったろうジル。日付の正しさに意味がないのなら、べつに今日でもいいではないか。だったら、胸を張って今日を楽しんでしまえばいい。あの夫どのにも、昔とおなじように祝って貰えばいいのに」
「とんでもない!」
 ジルは、肩をすくめて言った。
「だって今日は、わたしじゃなくて、メリルローズの誕生日なんだ。きっとルシードにとって大切な日に違いないんだから。邪魔は…したくないよ」
 本来、彼の元に嫁いでくるはずだった、パルメニアの第一王女メリルローズ。
 彼女とルシードとは、彼が人質としてパルメニアの王宮に預けられていた間に出会ったと聞いている。
 その間、彼とメリルローズの間には、ジルの知らない思い出がたくさんある。強い絆も、約束もあるのだろう。事実、ルシードは心から彼女のことを愛している。離れて何年も経ち、一度として言葉を交わすこともままならないの今でも。
 なのに、そんなルシードに気を遣わせるのは申し訳ない。
 自分などを構っているより、メリルローズと過ごしたこの日のことをゆっくり思い出す方が、よほど彼のためになる。彼だって、たくさん思い出のある今日は、本当に愛しい人のことを思って過ごすほうがいいだろう。
 なにより、メリルローズのことを思い出すような日に、彼の側にいたくない。自分を通して、彼女をいちいち思い出されるのは、――苦痛だ。