(7)

 しかし、
(くそ、ったく…)
 ルシードは、舌打ちした。
 たしかにジルは、ルシードが愛した、あのメリルローズではない。
 姿形だけはそっくりだが、まったくの別人だ。
 形の上では夫婦であるため、ルシードはジルと寝室をともにしていたこともあった。しかし、結婚からこれまで、ジルとの間にそれらしいことがあったことは、一度もない。
 けれど、妻だ。結婚して二年、だれよりも側で寝食を共にしてきた仲だ。
 なのにルシードは、結婚して一年以上もたつのに、彼女の本当の誕生日さえ知らなかった。
 結婚してしばらくがたち、いくらかの苦難をともに乗り越えた。彼女のことはある程度わかったつもりでいたのに。自分たちはたとえ偽物であっても、”夫婦”であるというのに……
「……なあ、だったらさ」
 悔しさと、そっけなくされたことへの苛立ちから、ついつい口調がとげとげしくなった。
「はい?」
「だったら、おまえの誕生日はいつなんだ」
「………は?」
 ルシードの問いかけに、ジルは、まったく予期せぬ事を聞かれた、というような顔をした。
「なんですか?」
「だから、お前の誕生日はいつなんだと聞いてるんだ。ジル」
「わたしの、誕生日?」
「そうだ」
「――――――、…知りません」
 惑いなくきっぱりと言われて、ルシードは間抜けな声を上げた。
「へ?」
「ですから、わかりません。わたしは、自分の誕生日を知らないんです」
 ルシードは、思わず自分の耳を疑った。
(誕生日を知らない!? 普通、そんなことがあるのか…?)
 この、大陸の主立った国々は、ほぼ、アンゲリオン星教という宗教を信仰している。ここアジェンセンも、ジルの故郷であるパルメニアも同様である。
 そして、アンゲリオン星教を信仰している国々には、聖人カレンダーというものが、存在していた。
 それは、暦にあわせて聖人が記されたもので、アンゲリオン信仰圏に生まれた人々には、自分が生まれた日の聖人を、己の守護神とするならわしがあった。
 例えば、心からの誓いを交わす際、人々は、己の誇りと、守護聖人に誓いをたてる。
 かつて、メリルローズに結婚の約束を申し込んだときも、ルシードは己の守護聖人、戦闘神ザンドリエルに、強く誓った。
 それほど、人々にとって自分が生まれた日とは大切なものなのだ。
 だからこそ、己の誕生日を知らないという彼女の答えは、ルシードにはすぐには受け入れがたいものだった。
(たしかにジルの母親は、アンティヨールの高級娼婦だ。
 しかし、いくら娼婦の娘といっても、自分の誕生日くらいは知っているのではないだろうか…)
 ルシードは、目をぱちぱちさせながら問うた。
「まさか。冗談だろう。自分の誕生日を知らない奴なんて、この世にいるものか」
「そんなことを言われても、事実わたしは知らないのです」
「そんなことって…」
「本当です」
 そして、何度も聞いてくれるなといわんばかりに、煩げに手を振って、
「ですから、殿下がわたしの誕生日のことなど、わざわざ気にして下さらなくても結構です。とりあえず今日のところは、ちゃんとそれらしくふるまいますから」
「き、気にするなっていったって…。どうやったって、気にはなるだろ!」
 ――俺は、お前を祝ってやるべきなのかどうかで、散々悩んで、朝寝坊したんだから!
 そう、喉の奥から出かかりそうになるのを、なぜかルシードはこらえる。
 そんなルシードの逡巡を、ジルは知ることもなく、
「……なんと無駄なことを」
「なんだと」
「あいにくですが、わたしは、自分の誕生日などに興味はありません」
「っっ!」
 刃物を振り下ろすように、自分の悩みをすっぱりと切り捨てられて、ルシードは、今度こそ頭に血を上らせた。
(くそ。なんて女だ。せっかく、人がここまで気を使ってやっているのに!)
 どうしてこの女は、人の気遣いを、こうも無下にするのだろう。いつも自分を馬鹿にするような、そんな物言いをしてくるのか。
(だったら、俺はいつ、おまえの誕生日を祝ってやればいいんだよ!)
 ルシードは、声を荒げて言った。
「はっ、自分の誕生日に興味がないやつなんているもんか! 普通の人間なら、自分の生まれた日が気にならないやつなんていない。おまえ、どっかおかしいんじゃないのか?!」
 すると、彼女もまたぎろりと鋭い眼光をルシードに向けて、
「べつに、わたしがわたしの誕生日を気にしようともしなくとも、殿下には関係のないことではありませんか」
「なに?!」
(関係ないだって!?)
 ルシードは、苛立ちのままに、彼女の腕を掴み上げようとした。