(12)
「それに、わたしといると、ルシードはきっと機嫌を悪くしてしまうよ。顔だけ同じでも、中身はまるで違うそうだから」
するとなぜか、ミゼリコルドが小さく笑った。
「本当に不思議なものだな、人間というのは。口で言っていることと、実際していることがまったく同じにはならない。気にしていないといっても、気にしている。お前のような聡明な人間でさえ」
「気にしている?」
「そうとも」
人でないミゼリコルドには分かりかねるのか、心底不思議そうに言ってみせる。
「それは…、仕方がないよ、ミゼル」
ジルは、遠くを見るように目を細めた。
だって、やっぱり誕生日というのは、特別なものだから…
生まれた日を知らないということ。
それだけで、まるで自分が生きていないかのような…、幽霊であるかのような、そんな気持ちにさせられてしまうのは、なぜなのだろう。
ミゼリコルドに言ったとおり、大切なのは日ではない。祝ってくれる人がいるということだのに。
(ああ、早く今日という日が終わってしまえばいい)
そう、ジルは強く思った。
そうだ。今日はもうはやいうちに床に入ってしまおう。今日が終わってしまえば、明日からいつもと同じ日々が戻ってくる。ルシードも徐々に思い出をふりきって、メリルローズではなくわたしを見てくれるようになるだろう。
日よ、早く沈め。そしてわたしに安らかな時間を。そしてどうか、彼が一刻も早く感傷の淵から帰ってきますように。
ジルは、久しぶりにそう祈りの言葉をつぶやいた。
自分の守護聖人――、その日生まれた全ての赤子を祝福してくれるという、名も知らぬ自分の神に向かって…
*
そうして、その日の夜もとっぷりと更けた頃。
夕刻前に、ルシードとともにいくつかの謁見を済ませ、メリルローズの生誕日を祝う晩餐の場に顔をだしたのち、ジルは何時間かぶりにようやく自室に戻ってくることが出来た。
夫婦の寝室は共同だが、ルシードの姿は、――ない。
ここ数ヶ月、大公夫妻の寝室は別々、つまり王宮内別居状態にある。原因は、愛妾オルプリーヌ事件からこのかた、夫妻のどちらもが、寝室を以前のように戻す努力をまったくしなかったからだった。
その上、なぜか彼は晩餐を終えるなり、マシアスと共にそそくさとどこかへ姿を消してしまった。
わかっていたこととはいえ、ジルは内心憮然とした。
どうせ、自分が邪魔なことはわかっている。いまごろは、自分のもうひとつの自室である豪華版トイレで、ひとり楽しかった思い出を思い出しているのかもしれない。彼があれほど愛するメリルローズだ。同じくらい愛しているトイレで思い出すのが、彼にとっての至福というものだろう。
だが、釈然としない。ルシードは、めずらしく晩餐にほとんど手をつけず、酒も飲まないまま、あっというまに席を立ってどこかへ行ってしまったのだ。いくら思い出の日とはいえ、ああまで露骨に席をたたれると、ジルは無心でいることはできなかった。
(どんな思い出なんだろう。彼は、メリルローズの誕生日をどんなふうに祝ってあげたんだろうか…)
火の番をする小者が、部屋の中の灯りを消していってから暫くたって、ジルは床の中でそんなことを考えていた。
(…贈り物をしたりとか、したんだろうか)
しかし、ルシードが誰かのために(それも女性のために)頭を悩ませて誕生日のプレゼントを選ぶ所など想像もつかない。
それに、そのころの彼は、パルメニアの人質という身分だった。そんな身で、自由にできる物も人間もそう多くはなかっただろう。
もっとも、メリルローズ王女は、父であるパルメニアの国王にそれはそれは溺愛されていたという。そんな彼女の誕生日を、小国の人質であったルシードが独り占めできたとも思えない。
だとしたらあるいは、誕生日を祝うことなどろくに出来なかった。二人きりで会うことさえ、難しかったのではないだろうか――