(15)

「まったく、あなたのすることはいつも唐突すぎて、わけがわかりません」
 何の気まぐれを思い付いたのか…、と、ジルは憤然と言った。いくら相手は夫とはいえ、わけがわからないまま、ただ振り回されるのは気分がいいものではない。
「こんな夜に、外でなにを…」
「いいから、黙って待ってろ。見ればわかる」
「はあ」
 ルシードの口調がいつもと少し違うように感じられたので、ジルは言われるがまま、敷布の上で膝をかかえた。
 すると彼は、同じく馬の背にくくりつけてあったらしい荷物広げてはじめた。大きな炭の塊まである。徐に油をかけて火をほうりこむと、ぽっと視界が膨張して、辺りが広くなった気がした。
「この、匂いは…」
 なめした皮や油紙につつまれていたのは、尾のついた羊を焼いたものや、数種のチーズ。そして、大きなウズラだった。
 ルシードは、そのウズラの腹をナイフで押し開け、中に香草や色の付いた塩・チーズ、そして蒸したくるみや栗や米を押し込んでいった。最後に鉄のくしでぬうように蓋をし、火の近くに立てる。その、”ウズラの木の実詰め”の次に彼が準備にかかったのは、まだ血の気がしたたる羊の肉だった。同じように鉄の串に刺していき、腰にぶらさげていた小さな小瓶の中の黒々とした液体を振りかけてから、火のそばにならべる。
(たぶんこれ、北方の、遊牧民族の食べ物だ…)
 そう、ジルは内心気付いていた。
 すると、いま彼が木の椀にそそいでくれたのは、馬の乳から作るという酒なのだろうか。
「……飲めよ」
 突然、彼はそう言った。
「え、これを、ですか?」
「そうだ」
「そんな…、急に言われても…」
 しかもこんな夜中こんな場所で、は、口にせずとも分かることである。なおかつ、これらは普段のテーブルにはあまり並ばない草原の料理だ。
 いったい、彼はなにを考えているのだろう。
 よくわからない…
 ジルは、怪訝そうににルシードを伺った。すると一瞬、彼の不安げな目と視線があったが、
「べつに、やばいものじゃない。はやく飲め!」
 と、そっぽを向かれてしまう。
 どこか腑に落ちないものを感じながらも、ジルは椀に注がれた濁った酒口に運んだ。思ったよりずっときつい。思わず胃があぶられたように熱くなる。
「どうだ、どうなんだ? うまいか?」
「はあ、…おいしい…、ですが…」
 ジルがそう言ったとたん、目の前でガチガチに緊張していた頬が、ふっと緩む。
「そうか。じゃあ大丈夫だな! いよーし!」
 途端に、ルシードは勝負に勝った子供のような笑顔をした。ぱん、と拳をもう片方の手のひらに打ち付けてはしゃぐ。
(ルシードが、変)
 ジルは思わず、ぽかんとなった。
 ルシードの健康や、体調を考えてメニューに口を出すことはあっても、いつも出される食事の味に、ジルは文句をつけたことは一度もない。
 なのにどうして、今日に限ってそんなことを聞いてくるのだろう。
(しかもどうして、こんなに嬉しそうなんだ?)
 ジルが唖然としている中も、ルシードはおかまいなしに、目の前でこんがりと焼き上がりつつあるウズラのいろんなもの詰めから串をひきぬいた。中にナイフを入れると、金色に色づいた栗が湯気をあげながら姿を現す。彼は、それを木の皿の上に盛り、先に焼きあがっていた、なにやら甘い匂いのする羊の肉(どうやら肉にふりかけたのは、コショウをつけこんだ黒蜜らしい)をとりあげ、
「あ、待って下さい! ルシード」
 すぐに、ルシードが口に運ぼうとするのを見て、ジルは慌ててそれをとどめた。
「そちらはまだ、毒味がすんでおりません。どうか、召し上がるのはわたしが毒味をしたあとになさって下さい」
「べつに、毒味なんてしなくていい」
 びくっと動きを止めたルシードは、なにやら口ごもった。ジルは、めっそうもないと顔を強ばらせ、
「何をおっしゃるのです。万が一のことがあったら取り返しがつきません。さあ、さっさとおよこしなさい…!」
「…、いいって、必要ない!」
「でも…!」
「必要ない」
 妙に聞き分けのないルシードに、ジルは身を乗り出して制止しようとした。だが、
「だから、いいんだ。――俺が、作ったんだから!!」
「え………」
 彼の次の一言に、おもわずぴたりと動きを止める。ジルは一時、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
 いま、彼はなんと言ったのだろう。