(16)
(”つくった”?)
眉根に三本ジワを寄せたまま、ジルは硬直していた。
(つまり、彼がこの肉や詰め物の中身を用意したのということだろうか。ということは、これはルシードの、手料理……?)
にわかには信じがたいことだった。この(粗雑ではあるが)ルシードが料理を準備し、しかもそれを(偽者の妻である)自分にふるまうなんて、彼が毒殺されるよりもありえない事だ。
むしろ、これらが彼が狩ってきた猪肉とかいうのなら、まだ分からないでもないのだが。
(羊を狩ってきた? いや、羊は狩るものじゃないし)
そもそも、羊は野生で森には棲んでいない。
(…もしくは、なにかおかしなものでも食べたのだろうか。どこかで頭を打ったとか…。そうだ。悪い病気の中には、毒気が脳にまでまわったり、歳をとりすぎて、自分では意図しない行動に出たりすることがあるって…)
すっかり石像のように固まってしまったジルに、ルシードは照れ隠しなのか、そっぽを向いたままで言った。
「もしかして、おまえ、全然信じてないだろ」
「…酔っぱらっているわけでは、ないですよね?」
「違う」
「じゃあ、とうとう毒気が脳に」
「俺が料理をしただけでどうしてそうなる!!」
どん、とやや乱暴に、切り分けられたウズラを入れた木の椀が目の前に置かれた。ジルは、まじまじと器を眺めた。ウズラの肉は、良い感じに脂がおちてこんがりと焼けていた。中からは、火の通って金色になった栗やらくるみやら蒸した米やらがほろほろと出てきて、見るからにおいしそうである。
「そんな顔をするな。俺だって料理ぐらいできるんだ。マシアスにも手伝ってもらってないんだぞ!」
「あの、本当に、お一人で準備されたんですか?」
「当然だ」
「本当に、本当に…?」
彼は口早に、彼の育ての親であるガンボ老の一族――、輝竜族の土地で暮らしていたとき、世話になった部族の者から教えて貰ったのだということを話してみせる。
草原では、肉はとんどが鳥や羊の肉で、パールエルムのように豚の肉はほとんど食べないこと。冬を越すために、羊の腸を利用した多くの薫製をつくったこと。パンは、皮のように薄くのばして鍋の底をひっくり返して焼くのだということも…
「だって、おまえの好きそうなものなんてほかに知らないし。宝石とか服とかにも興味がないんだろ。やたらと食い意地が張ってることくらいしか、俺は知らないから…」
「…く、食い意地がはってるわけではありません。食べ物を大切にしているだけです」
「羊の腸詰めをつながったまま全部食う女がそれをいうか」
ジルは、まだ炭の匂いがすウズラををごくん飲み込み、その予想以上の旨味と香ばしさにルシードを見た。
「おいしい、です。本当に」
「そ、そうか…!」
「お米って久しぶりに食べましたけど、こういう食べ方もあるんですね」
言いながら、ジルは機嫌良く自分もがっついているルシードの横顔を盗み見た。
彼は、生まれ育った北の草原をこよなく愛している。もともと、アジェンセンの民は、馬を愛し風と共に生きる遊牧民族だ。近代化が進み、パルメニアなどの風習を取り入れはしているが、元々は言語も文化もなにもかもが違う。
久しぶりに愛する草原の食べ物を食べたかった――という、彼の考えを理解することは出来たが、しかし、それならなぜ、こんな時間に、しかもこんな場所で食事をとらなければならないのだろう。ジルは、内心首をかしげた。
まさか、外で食べたほうが、雰囲気が出るからだろうか。
それとも、草原の民は、こんな夜更けに夕食を摂るのか? しかも、寝ている妻をむりやりに連れ出して…?
「で、なぜここで男の手料理なのですか? 今日、晩餐会でほとんど食事に手をつけられなかったのは、突然草原料理が食べたい病を発病したからとか?」
「あのな。だから勝手に人を病気にするなと…」
「だって、こんな夜更けにいきなりなんて、だれだって驚きます」
至極まっとうな意見を返したジルだったが、しかし、彼が言い放った次の一言に、ジふたたび思考が凍り付くという珍しい体験をした。
ルシードは、いらだたし気に舌打ちすると、
「いいか、よく聞け。これは…、お、俺が」
「俺が?」
「誕生日を祝うために作ってたんだ!」
思いがけなさすぎる言葉に、ジルは、瞬きさえ忘れた。
(なんだって……?)
「――それくらい、気づけ!」
これがまだ、偉そうにふんぞり返って言われたセリフならば、すぐにでも反論はできた。
しかし、耳の後ろどころか首のあたりまでを真っ赤にした顔で叫ばれてしまうと、なにやらこちらまで混乱してくる。