<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>小学館：ルルル文庫／WEB小説_プリンセスハーツ 〜月明かりの下で、まごころを君に〜</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/atom.xml" />
   <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2010:/ph//9</id>
    <link rel="service.post" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9" title="小学館：ルルル文庫／WEB小説_プリンセスハーツ 〜月明かりの下で、まごころを君に〜" />
    <updated>2008-12-29T15:15:13Z</updated>
    <subtitle>ルルル文庫WEB小説</subtitle>
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type  3.21-ja</generator>
 
<entry>
    <title>（６）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/11/post_5.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=374" title="（６）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.374</id>
    
    <published>2008-11-10T15:00:11Z</published>
    <updated>2008-11-17T13:58:31Z</updated>
    
    <summary>「わ、悪かったな。だが、時間には間に合ったんだからいいだろう！」 　にこやかに市民に向かって手を振りながら、ルシードは言った。 　だが、多少拗ねて見せたところで、追及の手をゆるめてくれる彼女ではない。 「そういうことを言っているのではありません。殿下、心構えの問題です。典礼をおろそかにされては民の信頼を得られません」 「だから、悪かったって言ってるだろう。ったく、もういい、この話は」 　と、ルシー...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="001（１）～（１０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        「わ、悪かったな。だが、時間には間に合ったんだからいいだろう！」
　にこやかに市民に向かって手を振りながら、ルシードは言った。
　だが、多少拗ねて見せたところで、追及の手をゆるめてくれる彼女ではない。
「そういうことを言っているのではありません。殿下、心構えの問題です。典礼をおろそかにされては民の信頼を得られません」
「だから、悪かったって言ってるだろう。ったく、もういい、この話は」
　と、ルシードは、勢いよく繋いでいた手を振りほどく。
　しかし、そんなルシードに冷ややかな目を向けて、彼女は、
「殿下の寝坊は今日に限ったことではありませんでしょう。昨日は早くから寝室にこもっておられたと聞きました。とすると、殿下はいったい毎日何時間お眠りになれば気が済むのですか？」
「うるさいな。昨日は、たまたま寝付きが悪かったんだ。ただそれだけだ」
「……それは、珍しいこと」
　いつも、眠ると決めたら三秒で寝入るような人なのにとばかり、彼女はいぶかしげな顔をしてみせる。
（くそ、誰のせいだ！）
　ルシードは、そう言ってやりたいのを、何とか噛みしめて呑み込んだ。
　昨夜、彼がベッドの中でなかなか眠りにつけなかったのは、ほかでもない彼女のせいである。
　その理由というのは、つまり今日の――
「とにかく、これが終わったら、さっさと朝食室に向かって下さい。今日は、このあとも謁見の予定が詰まっているのですから。みな、わたしに誕生日の祝いをいいに来るだけですが、数が数ですのでね。どうぞ横で昼寝などしないでくださいましよ！」
　にこやかな笑顔の下で、ぼそぼそと物騒なケンカを繰り返すことなど、この二人にとってはいつものことである。それでも、終始笑顔を絶やさないでいられるようになっただけ、ルシードも大公としての務めを意識できるようになったというものだ。
　参賀の時間が終わり、大公夫妻がバルコニーから退却すると、その笑顔も一瞬のうちに剥がれ落ちてどこかへいってしまった。
（やれやれ）
　さっさとダイニングルームに向かって歩き出そうとする妻に見られないようにして、ルシードはほっと溜息した。
「やはり、叱られてしまいましたね。殿下」
　背後で、二人の様子を黙って見守っていたマシアスが、どこか笑いを含ませた声で言う。
　ルシードは毒づいた。
「ふん。あの女にかわいげがないのは、いつものことだろう。誕生日なんだから、もう少し愛想良く手をふってやったらどうなんだ」
「…まあ、その点に関しては、しかたがないことと思われますが」
「ぬ」
　誕生日だというのに、嬉しそうなそぶりも何一つない。女としてかわいげなない。
　しかし、それもマシアスが言うように、仕方のないことかもしれないのだ。
　なぜなら、彼女は、ルシードの幼なじみの、パルメニアの王女メリルローズではない。初恋の相手でもなければ、命をかけて迎えに行くと約束した相手でもない。

　――ジュラルディ＝クラウン

　見た目だけはメリルローズそっくりそのままの、まったくの別人。
　実は彼女は、パルメニアがメリルローズだと言ってよこした、王女の身代わりだったのである。
　その正体は、パルメニアの首都、ローランド一の歓楽街アンティヨール出身の娼婦の娘だ。
　貴族でもない。もちろん裕福な商家の出身でもない。愛を売る女の娘。ジルは平民というよりは、身分としては最下層である、この卑しい身分の出身なのだった。
　その彼女が、どうしてメリルローズの身代わりとして、アジェンセンに送りこまれたのかは、いまだもって謎である。
「おい。待て、ジル」
　さっさと歩き始める彼女の後を追いかけながら、ルシードは、自分ジル、そしていつものように後を付いてくるくるマシアスだけになった頃を見計らって、呼びかけた。
　――彼女の、本当の名を。
　もちろん、彼女が偽物の妃であることは、マシアスとジル、そしてルシード、三人だけの秘密だ。パルメニアが何を思って身代わりを寄越したのかはっきりしない以上、（それに、アジェンセンの恥にもなるため）とても公言できることではない。
　そして、この三人が結託する理由は、外向的な理由の他にもうひとつある。
　自分たちは、三人に共通するある目的のために、この奇妙な偽物の夫婦生活を続けることになったのだった。
　その目的とは、他でもない、あの大国パルメニアを滅ぼし、アジェンセンの一部として併呑してしまうということ。
　ルシードは、アジェンセン大公としての野心のため、
　ジルは、再び失わればらばらになった姉妹たちを助け、母親の敵をとるため、
　マシアスは、自らの復讐心のため。
　三人は、秘密を共有し、そして結託する。大国パルメニアを滅ぼす、その日まで。
「おいったら！」
「何ですか」　
　彼女は、歩みを止めないまま、ルシードを振り返ることもしないまま、そっけなく背中で言った。
「いや…、だからな、その…」
「言いたいことがあるなら、さっさとおっしゃってください」
　にこりともせず、淡々と受け答えをするジルに、ルシードはむっとなった。”とりあえず、誕生日おめでとう”、その言葉を喉先まで言いかけていたのに、思わず考えていたこととは別のことが口をついて出る。
「人のことばかりあげつらって。お前こそ、もう少し楽しそうな顔をしたらどうなんだ。仮にも今日は、お前の誕生日なんだぞ。なのに、そんなぶすーっとした顔でいいと思ってるのか？！」
「それは…」
　ジルは、痛いところをつかれた、というように口ごもった。
　しかしすぐに、開き直って、
「それは仕方がないでしょう。今日は、パルメニア王女メリルローズの誕生日。わたしの誕生日ではありません。したがって、心の底から喜べと言われても無理です」
「だからって…。ちょっとぐらい、笑う努力をしてみたらどうなんだ」
「この顔は自顔です」
「あのな…！」
　ああ言えばこう言うジルに、ルシードはたまらず、かっとなりかける。
　しかし、何を言っても彼女に言い負かされるのは今に始まったことではない。
　ジルは、頭がいい。それも、悪魔的に知謀が冴える。
　単なる口喧嘩から、内外の政策にいたるまで、ルシードは、ただの一度も彼女には勝てた試しがないのだ。
　だから、ここで腹をたてるのは、まったくもって体力のムダだ。そして、今は朝食前。万が一にも、彼女に勝てるだけの気力も体力も補えてはいない。だからこれ以上の口答えは得策ではないのだ。そう、ルシードは己をぐっと押さえつけた。
　それに、考えてみれば、彼女が終始鉄面皮であろうと、そっけなかろうと、その悪魔的に冴えた頭脳をアジェンセンのために役立ててさえくれれば、自分たちに”盟約”に支障はない。
　自分たちは、夫婦ではない。
　おたがいの秘密を分かち合う共犯者。
　”仮面夫婦”なのだから――

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（７）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/11/post_6.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=375" title="（７）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.375</id>
    
    <published>2008-11-12T15:00:50Z</published>
    <updated>2008-11-17T14:00:34Z</updated>
    
    <summary>　しかし、 （くそ、ったく…） 　ルシードは、舌打ちした。 　たしかにジルは、ルシードが愛した、あのメリルローズではない。 　姿形だけはそっくりだが、まったくの別人だ。 　形の上では夫婦であるため、ルシードはジルと寝室をともにしていたこともあった。しかし、結婚からこれまで、ジルとの間にそれらしいことがあったことは、一度もない。 　けれど、妻だ。結婚して二年、だれよりも側で寝食を共にしてきた仲だ。 ...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="001（１）～（１０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        　しかし、
（くそ、ったく…）
　ルシードは、舌打ちした。
　たしかにジルは、ルシードが愛した、あのメリルローズではない。
　姿形だけはそっくりだが、まったくの別人だ。
　形の上では夫婦であるため、ルシードはジルと寝室をともにしていたこともあった。しかし、結婚からこれまで、ジルとの間にそれらしいことがあったことは、一度もない。
　けれど、妻だ。結婚して二年、だれよりも側で寝食を共にしてきた仲だ。
　なのにルシードは、結婚して一年以上もたつのに、彼女の本当の誕生日さえ知らなかった。
　結婚してしばらくがたち、いくらかの苦難をともに乗り越えた。彼女のことはある程度わかったつもりでいたのに。自分たちはたとえ偽物であっても、”夫婦”であるというのに……
「……なあ、だったらさ」
　悔しさと、そっけなくされたことへの苛立ちから、ついつい口調がとげとげしくなった。
「はい？」
「だったら、おまえの誕生日はいつなんだ」
「………は？」
　ルシードの問いかけに、ジルは、まったく予期せぬ事を聞かれた、というような顔をした。
「なんですか？」
「だから、お前の誕生日はいつなんだと聞いてるんだ。ジル」
「わたしの、誕生日？」
「そうだ」
「――――――、…知りません」
　惑いなくきっぱりと言われて、ルシードは間抜けな声を上げた。
「へ？」
「ですから、わかりません。わたしは、自分の誕生日を知らないんです」
　ルシードは、思わず自分の耳を疑った。
（誕生日を知らない！？　普通、そんなことがあるのか…？）
　この、大陸の主立った国々は、ほぼ、アンゲリオン星教という宗教を信仰している。ここアジェンセンも、ジルの故郷であるパルメニアも同様である。
　そして、アンゲリオン星教を信仰している国々には、聖人カレンダーというものが、存在していた。
　それは、暦にあわせて聖人が記されたもので、アンゲリオン信仰圏に生まれた人々には、自分が生まれた日の聖人を、己の守護神とするならわしがあった。
　例えば、心からの誓いを交わす際、人々は、己の誇りと、守護聖人に誓いをたてる。
　かつて、メリルローズに結婚の約束を申し込んだときも、ルシードは己の守護聖人、戦闘神ザンドリエルに、強く誓った。
　それほど、人々にとって自分が生まれた日とは大切なものなのだ。
　だからこそ、己の誕生日を知らないという彼女の答えは、ルシードにはすぐには受け入れがたいものだった。
（たしかにジルの母親は、アンティヨールの高級娼婦だ。
　しかし、いくら娼婦の娘といっても、自分の誕生日くらいは知っているのではないだろうか…）
　ルシードは、目をぱちぱちさせながら問うた。
「まさか。冗談だろう。自分の誕生日を知らない奴なんて、この世にいるものか」
「そんなことを言われても、事実わたしは知らないのです」
「そんなことって…」
「本当です」
　そして、何度も聞いてくれるなといわんばかりに、煩げに手を振って、
「ですから、殿下がわたしの誕生日のことなど、わざわざ気にして下さらなくても結構です。とりあえず今日のところは、ちゃんとそれらしくふるまいますから」
「き、気にするなっていったって…。どうやったって、気にはなるだろ！」
　――俺は、お前を祝ってやるべきなのかどうかで、散々悩んで、朝寝坊したんだから！
　そう、喉の奥から出かかりそうになるのを、なぜかルシードはこらえる。
　そんなルシードの逡巡を、ジルは知ることもなく、
「……なんと無駄なことを」
「なんだと」
「あいにくですが、わたしは、自分の誕生日などに興味はありません」
「っっ！」
　刃物を振り下ろすように、自分の悩みをすっぱりと切り捨てられて、ルシードは、今度こそ頭に血を上らせた。
（くそ。なんて女だ。せっかく、人がここまで気を使ってやっているのに！）
　どうしてこの女は、人の気遣いを、こうも無下にするのだろう。いつも自分を馬鹿にするような、そんな物言いをしてくるのか。
（だったら、俺はいつ、おまえの誕生日を祝ってやればいいんだよ！）
　ルシードは、声を荒げて言った。
「はっ、自分の誕生日に興味がないやつなんているもんか！　普通の人間なら、自分の生まれた日が気にならないやつなんていない。おまえ、どっかおかしいんじゃないのか？！」
　すると、彼女もまたぎろりと鋭い眼光をルシードに向けて、
「べつに、わたしがわたしの誕生日を気にしようともしなくとも、殿下には関係のないことではありませんか」
「なに？！」
（関係ないだって！？）
　ルシードは、苛立ちのままに、彼女の腕を掴み上げようとした。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（８）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/11/post_7.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=376" title="（８）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.376</id>
    
    <published>2008-11-17T15:00:58Z</published>
    <updated>2008-11-17T15:15:12Z</updated>
    
    <summary>　しかし、ルシードが彼女を捕らえる寸前、すかさず、こういうことにも有能な秘書官であるマシアスが口を挟んでくる。 「落ち着いて下さい、殿下。仮にも妃殿下のお誕生日に、大喧嘩というのはよくありません」 「だが、マシアス！」 「妃殿下も、そんなことはおっしゃられずに。どうか今日一日、殿下と仲むつまじくおすごしください。こういうことに聡い女官たちが、どんな噂をするかしれませんよ」 「う…」 「あ…」 　マ...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="001（１）～（１０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        　しかし、ルシードが彼女を捕らえる寸前、すかさず、こういうことにも有能な秘書官であるマシアスが口を挟んでくる。
「落ち着いて下さい、殿下。仮にも妃殿下のお誕生日に、大喧嘩というのはよくありません」
「だが、マシアス！」
「妃殿下も、そんなことはおっしゃられずに。どうか今日一日、殿下と仲むつまじくおすごしください。こういうことに聡い女官たちが、どんな噂をするかしれませんよ」
「う…」
「あ…」
　マシアスの言うことは、たしかに最もだった。こんな日に罵りあっているのを誰かに聞かれでもしたら、不仲であるという噂を立てられても仕方がない。
　なのに、ジルはとんでもないというように首を振り、
「いえ…、今日は殿下はどうぞお一人でお過ごし下さい。わたしのことは放っておいて下さって構いませんので」
　などと、無表情でのたまうのだった。
　そのまま、彼女はさっさと足をすすめて、ダイニングルームへ入っていってしまった。彼女は、いまでもルシードの毒味をかってでているので、彼よりも早く出されたものを食べる必要があるのだ。
　そのほっそりした後ろ姿が徐々に遠ざかるにつれて、ルシードは思いっきり肩をつりあげた。
「なんなんだ、あいつは。わけがわからん！」
「どうやら、妃殿下の機嫌を思いっきり損ねてしまわれたようですね」
　どこまで冷静なマシアスの声に、ルシードはかちんときて反論する。
「マシアス。お前まで、俺が悪いと言いたいのか！」
「いえいえ、そうではないのですが」
「だったら何だ。だいたい、自分の誕生日を自分で知らないなんて、そんなことがあるか。あいつは、俺に教えたくないんだ、きっと…」
　口惜しげに、ぎゅっと下唇をかみしめる。
　自分の神を教えないということは、つまり、彼女は自分とはなにも誓い合いたくないということなのだ。
　それほどまでに、ジルはルシードを信用していないのだ。今頃は自分が本物のメリルローズでなくてこれ幸いだと、ほっと胸をなで下ろしているかもしれない。
　そう思うと、情けないやら悔しいやらで、頭の芯がぼうっとしてくる。
　すると、
「まあ…、妃殿下がご自分のお誕生日を知らないというのが事実だとすれば、いささか…。何と言いますか。お気の毒というか…」
「お気の毒？」
　ええ、とマシアスは、声を抑えて言う。
「この信仰圏で自分の誕生日を知らないというのは、それだけで結構不安なことだとは思いますよ。とくに自分が生まれたときのことなど、覚えている人間はおりません。実際、誰かから教えて貰うしかない」
「それは、たしかにそうだが…」
「もし、殿下がご自分の誕生日を誰からも教えてもらえなかったとしたら、どうです？　あまり、その話題には触れて欲しくないというのが、正直な気持ちではないですかね。誓いたくても、誓えない。もしかしたら、洗礼を受けていないのかもしれないですし…」
「……洗礼を……」
　ルシードは、黙った。
　もし、ジルが本当に、自分の誕生日を知らないのだとしたら。
　洗礼を受けられなかった子供だったとしたら。
　だとしたら自分は、絶対に聞いてはいけないことを、彼女に聞いてしまったのではないだろうか。
（そうか。洗礼を受けていないという可能性もあるんだ。あいつは、昔母親とは暮らしていなかったと言っていた。
　生まれてすぐに、母親が娼婦の娘であることを隠そうとしたのなら、あいつは母親の手で洗礼を受けさせてもらっていないということになる…）
　――気の毒、か…
　ルシードは、珍しくも素直に、マシアスの問いを反芻してみた。
　ほかでもない、自分が己の生まれた日さえも分からないような人間だったら。
　だとしたら自分は、いったい、どんな気持ちで、他人の誕生日を過ごしていただろうか、と…

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（９）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/11/post_8.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=378" title="（９）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.378</id>
    
    <published>2008-11-19T15:00:51Z</published>
    <updated>2008-11-19T15:15:13Z</updated>
    
    <summary>　――なんとも空気の重い朝食を終えた後、偽者の大公妃である、ジルことジュラルディ＝クラウンは、いつものようにたったひとり、供も伴わず、王城の北の端にある塔へと足を運んでいた。 　公務を終え、少し気をゆるめる時間ができると。ジルはたいてい、熱心に自分の身を飾りたてようとする女官たちから逃れるために、この塔へとやってくる。 　公妃である彼女のそばには、つねに公妃付きの女官が一人二人ついて回る。だが、そ...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="001（１）～（１０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        　――なんとも空気の重い朝食を終えた後、偽者の大公妃である、ジルことジュラルディ＝クラウンは、いつものようにたったひとり、供も伴わず、王城の北の端にある塔へと足を運んでいた。
　公務を終え、少し気をゆるめる時間ができると。ジルはたいてい、熱心に自分の身を飾りたてようとする女官たちから逃れるために、この塔へとやってくる。
　公妃である彼女のそばには、つねに公妃付きの女官が一人二人ついて回る。だが、それも王宮の中心部でだけの話だ。この塔の入り口あたりまで付いてくると、彼女らは皆そろって引き返してしまう。
　なぜなら、そこは、大公妃専用の薬物実験室であるからだ。
　もともと貴人の幽閉所として使用されていたこの塔には、いまではジル以外の誰も足を踏み入れようとしない。もちろん、ジルがしつこくそう言ってきかせたせいもある。しかし、
（偉いひとたちって、ほんとうにやっかいか生活しているなあ）
　うんざりしながら、ジルは、久しぶりに訪れたその室内を見回した。
　書棚にはジルがかき集めた書物が並び、テーブルの上蒸留器や釜、柄の長いさじといった、錬金術の道具が所狭しと置かれている。
　ほかにも、数種のカンタレラなどの毒草や、ニワトコ・セージをはじめとする薬草、鮮やかな色をしたキノコなどを、ジルはこの塔で栽培していた。もっとも、この部屋にあるものはすべて、命を狙われることの多い、ルシードのために集めているものだ。
　彼が毒を飲まされたとき、手早く対処をするためには、ジル自身がその毒を知っている必要がある。そのために彼女は、ありとあらゆる毒や、薬といったものを、研究しているにすぎない。
　子供のころから世界中を旅してまわり、男装してパルメニアの医学校に通っていたジルにしてみれば、アジェンセンの医学はどれもこれも時代遅れで嘘ばかりで信用がおけなかった。解毒剤だと言って胃石を飲ませたり、体力のない老人にやたらとしゃっ血を繰り返して壊疽を起こしたりする。だいたい、熱が高い患者に鹿の脳など食べさせていったいなにになるというのだ。ルシードの体は自分が見るのが一番いい。そう彼女が判断したのは当然の成り行きだっただろう。
　しかし、事情を知らない者たちからしてみれば、そんなジルの姿は、怪しげな魔術に耽っているとしか見えない。およそ公妃が籠もるのには相応しくない不気味な塔…。しかも内部にはキノコに毒草。客観的にみれば妖しすぎる塔の住人と様子である。
　そのせいか、今ではジルは宮廷の内外から、死霊と言葉を交わすことができるだの、魔女などとまことしやかに噂されてしまっているのだった。
（まあ、この部屋の様子じゃ、確かに仕方ないか）
　なのに、魔女と怖れている女の誕生日に、山と贈り物が届くのは奇妙なことだと、ジルは思う。
　とくに、今日はジルが身代わりとなっているメリルローズの誕生日ということもあって、彼女の身辺が騒がしい。もちろんそれには理由があって、アンゲリオン星教の習わしでは、生誕日というのは自分の守護聖人への感謝を表す意味もこめて、特に盛大に祝うことになっているからだ。
　対外的には、ジルはこの国で一番高貴な地位にある女性である。正確には、ジルが装っている、パルメニアの王女メリルローズが、だが。うっかり部屋でくつろいでなどいると、彼女の関心を引きたいあらゆる勢力、豪族、そして貴族たちからの下心たっぷりの贈り物に埋もれてしまうだろう。そう予想した彼女は、自分への贈り物はすべて自室に届けてくれるよう、公妃つきの女官であるリリュカに頼み、早々にここに籠もることにしたのだった。
　むろん、最低限会わなければならない相手には、謁見を許したあとである。朝食を終えてから三時間、身支度の時間を除けばほぼぶっつづけで玉座の上から笑顔を振りまき続けた。権力者の常とはいえ、いつも、それらの相手もしなければならないというのもおっくうなことだ。それも、貴人の務めというならば仕方がない。
　しかし、今日ばかりは、特別に憂鬱に感じる。
　なぜなら、今日は、本物のメリルローズの誕生日。
　偽者のジルの誕生日ではもちろんない。
　そればかりか、ジルは、自分の誕生日を知らないのだ。
　言っても詮無きこととは分かっているが、他人の誕生日を、さも自分の祝い事のようにして騒がれることは、正直面倒以外のなにものでもない。
「――自分の誕生日を知らないなんて、おかしい、か…」
　ジルは、今朝ルシードに言われたことをゆっくりと呟いた。
　気にしないようにしていたが、やはり、一人きりになると、夫の心ない一言がまざまざと耳に蘇ってきてしまう。
　それが、この世界では特におかしなことだということはジルにもわかっている。生まれたときに、命名よりも先に星教会で洗礼を受けるのは万人の決まりきっているし、そうでないという人間はほとんどない。私生児ですら、遅れて洗礼を受ければ、その日が正式な誕生日になる。
　けれど、ジルにはそれすらないのだ。
　彼女は、椅子の上で背中をまるめて、膝をかかえた。
「だって仕方がないじゃないか。…だれも、教えてくれなかったんだから…」
　すると、急に空気が震え、声がした。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（１０）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/11/post_9.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=397" title="（１０）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.397</id>
    
    <published>2008-11-24T15:00:19Z</published>
    <updated>2008-11-24T15:15:12Z</updated>
    
    <summary>「誕生日というものは、そんなに大切なのものなのか？」 　ジルは、ほんの少し目を開いて、後ろを振り返った。 　そこには、いつのまにか、水のような青い髪をした、背の高い女性がふらりと現れていた。 「涙を失ったお前が傷ついた顔をするほどに、人間にとって大切なのものなのか？　ジュラルディ」 　そう言った彼女は、ふわりと宙に浮いた格好のまま、悪戯っぽい目でジルを見つめている。 「ミゼリコルド」 　ジルは、彼...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="001（１）～（１０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        「誕生日というものは、そんなに大切なのものなのか？」

　ジルは、ほんの少し目を開いて、後ろを振り返った。
　そこには、いつのまにか、水のような青い髪をした、背の高い女性がふらりと現れていた。
「涙を失ったお前が傷ついた顔をするほどに、人間にとって大切なのものなのか？　ジュラルディ」
　そう言った彼女は、ふわりと宙に浮いた格好のまま、悪戯っぽい目でジルを見つめている。
「ミゼリコルド」
　ジルは、彼女の名を呼んだ。
　もちろん、羽根のように軽やかに宙に浮くなどと、人にできることではない。
　よって、彼女は、人ではない。
　星石の精霊”ミゼリコルド”
　太古の昔に、この世に降り注いだ星が地の上に固まって出来たと言われる、大粒のサファイア。いつも、ジルの胸にペンダントとしてぶら下がっている青い石に宿る不思議ないのち――それが、彼女の正体だった。
　およそ人には扱えない不思議な術を使う彼女は、もう遠い昔に滅んだ文明の生き残りだという。
　ジルは、ときとして彼女の術に助けられ、あるいは試され、そしてそのつど、代償を差し出してきた。
　あるときは、笑顔を。
　そしてあるときは、涙を。
　そうしてジルは、感情を露わにする術を失っていった。嬉しいときも悲しいときも、涙するような残酷な場面でさえ、彼女の表情がひとつとして揺れることはない。今では、そんな顔色一つ変えずたんたんと命令を下す彼女を見て、だれもが、あれこそは氷の心を持つ魔女なのだと噂する。ほかでもない、ジルの夫ルシードでさえ。
　「べ、…べつに、傷ついてなんか…ないけど、さ…」
　胸元のサファイアをそっと撫でながら、ジルは言った。
「誕生日を知らないのは、今に始まったことじゃない。ずっと昔からだ。いまさら、気にするなんて変なんだ。でも、…そうだね。ミゼリコルド。普通の人間にとって、それはとても特別な日かもしれない。わたしにとっては、違うけれど」
　だれもが、あたりまえにもっているもの。
　でも、ジルはもっていない。
　それを、こんな日は痛感させられる。自分は普通の人間とは、すこし違っているのだということ。
「なるほど。それではお前は、誕生日とやらを誰からも祝って貰ったことがないのか、ジル」
　どこかからかうように、ミゼリコルドは笑った。
「誕生日が分からないのなら、だれかから祝われることもあるまい。それとも、そうではないのかな」
「祝ってもらったことはあるよ」
　ジルは、そっけなく言った。
「ほう…」
「ほら。言っただろ。わたしがまだアンティヨールにいたころ。キキとヒースと一緒に、年に一度、お祝いして貰ってた」
　それは、ジルがメリルローズの身代わりとして、母親たちから引き離される以前のこと。
　高級娼婦だった母と、自分たち三姉妹が一緒に暮らしていたとき…、幸せだったあのひとときの中にある思い出だった。
　いつも、誕生日のお祝いは、三人揃ってと決まっていた。
　母クラレンシースが焼いてくれた、たっぷりと蜂蜜糖の入った菓子。なぜか、クラレンシースからの贈り物は、いつだって三人が心の底から欲しいと思っていたもので、たしか最後に過ごしたその日の贈り物は、医者になりたいと願うジルのために母が揃えてくれた薬学の分厚い書物だった。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（１１）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/11/post_10.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=398" title="（１１）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.398</id>
    
    <published>2008-11-26T15:00:02Z</published>
    <updated>2008-11-26T15:00:12Z</updated>
    
    <summary>「あのときは、本当にうれしかったな」 　ぽつりと呟いたジルに、ミゼリコルドが言った。 「本当の誕生日でもないのにか？」 「不思議とそんなことは、ちっとも気にならなかった。だって、ママ・クリスが、わたしたちを祝ってくれているのは、ちゃんとわかっていたから…。大事なのは日付じゃない。祝ってくれる人がいることだ。そうだろう？」 「だが、おかしな話だな」 　ミゼルコリドは、怪訝そうに眉を寄せた。 「おかし...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="002（１１）～（２０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        「あのときは、本当にうれしかったな」
　ぽつりと呟いたジルに、ミゼリコルドが言った。
「本当の誕生日でもないのにか？」
「不思議とそんなことは、ちっとも気にならなかった。だって、ママ・クリスが、わたしたちを祝ってくれているのは、ちゃんとわかっていたから…。大事なのは日付じゃない。祝ってくれる人がいることだ。そうだろう？」
「だが、おかしな話だな」
　ミゼルコリドは、怪訝そうに眉を寄せた。
「おかしい？」
「おかしくはないか？　実の母親なら、おまえの生まれた日を知っているはずだろうに」
　それは、ごく自然な問いかけだったが、ジルは傷口をつつかれたような痛みを感じた。
「…教えて、貰えなかったんだ」
　ジルは、両手を胸の上にそっと重ねて俯いた。
　誕生日を、三人で纏めて祝われることに不満があったわけではない。けれど、姉と妹と、三姉妹ともが、まったく同じ誕生日ということはさすがにないだろう。
　自分の守護聖人がいないというのは、身寄りがないのと同じくらい不安なものだ。思いあまって、ジルは何度も本当の誕生日はいつなのか、母に問いただした。
　けれど母は、最後まで教えてくれなかった。
　誕生日などというものは、生まれてきてくれたことを祝えれば、それでいいのだと言って――
　そのときのことを思い出すたび、ジルは考えることがある。
　それは、もしかしたら本当は、自分が生まれた日のことなど、母は覚えていないのかもしれない…、ということを。
　ジルは、生まれたときから、母と姉妹たちと暮らしていたわけではない。物心ついた頃、ジルは、”あの男”とともに、あちこちを旅して回っていた。
　母に引き取られたそののち、母が自分たちを手放した理由を、姉のキキが教えてくれた。子どもたちを、アンティヨールの娼婦にしたくなかったからだと。そのために、急いで手放し遠くへやったのだと、クラレンシースはキキに話したことがあったらしい。
　母は、子供に嘘を付くような人ではなかった。もちろん、その言葉を疑うつもりはない。けれど、今日のような、思い出を掘り起こさずにはいられない日などに、ほんの少し、不安になるときがある。
　とくに、母が永遠にいなくなり、愛する姉妹たちと離ればなれになってしまった、今では……
（ママ、クリスは、ほんとうにわたしを必要としてくれていたんだろうか）
　ジルは思った。
　それとも、何か別のどうしようもない理由があったのだろうか。実の娘の生まれた日を隠さなくてはならないような理由が、なにかほかに――
「聞けば聞くほど、おまえたち人間は、おかしなものだ」
　仕方がないといわんばかり、ミゼリコルドは目をみはり、
「おかしいって、どういうところが？」
「お前は言ったろうジル。日付の正しさに意味がないのなら、べつに今日でもいいではないか。だったら、胸を張って今日を楽しんでしまえばいい。あの夫どのにも、昔とおなじように祝って貰えばいいのに」
「とんでもない！」
　ジルは、肩をすくめて言った。
「だって今日は、わたしじゃなくて、メリルローズの誕生日なんだ。きっとルシードにとって大切な日に違いないんだから。邪魔は…したくないよ」
　本来、彼の元に嫁いでくるはずだった、パルメニアの第一王女メリルローズ。
　彼女とルシードとは、彼が人質としてパルメニアの王宮に預けられていた間に出会ったと聞いている。
　その間、彼とメリルローズの間には、ジルの知らない思い出がたくさんある。強い絆も、約束もあるのだろう。事実、ルシードは心から彼女のことを愛している。離れて何年も経ち、一度として言葉を交わすこともままならないの今でも。
　なのに、そんなルシードに気を遣わせるのは申し訳ない。
　自分などを構っているより、メリルローズと過ごしたこの日のことをゆっくり思い出す方が、よほど彼のためになる。彼だって、たくさん思い出のある今日は、本当に愛しい人のことを思って過ごすほうがいいだろう。
　なにより、メリルローズのことを思い出すような日に、彼の側にいたくない。自分を通して、彼女をいちいち思い出されるのは、――苦痛だ。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（１２）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/12/post_11.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=400" title="（１２）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.400</id>
    
    <published>2008-12-01T15:00:45Z</published>
    <updated>2008-12-03T06:39:18Z</updated>
    
    <summary>「それに、わたしといると、ルシードはきっと機嫌を悪くしてしまうよ。顔だけ同じでも、中身はまるで違うそうだから」 　するとなぜか、ミゼリコルドが小さく笑った。 「本当に不思議なものだな、人間というのは。口で言っていることと、実際していることがまったく同じにはならない。気にしていないといっても、気にしている。お前のような聡明な人間でさえ」 「気にしている？」 「そうとも」 　人でないミゼリコルドには分...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="002（１１）～（２０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        「それに、わたしといると、ルシードはきっと機嫌を悪くしてしまうよ。顔だけ同じでも、中身はまるで違うそうだから」
　するとなぜか、ミゼリコルドが小さく笑った。
「本当に不思議なものだな、人間というのは。口で言っていることと、実際していることがまったく同じにはならない。気にしていないといっても、気にしている。お前のような聡明な人間でさえ」
「気にしている？」
「そうとも」
　人でないミゼリコルドには分かりかねるのか、心底不思議そうに言ってみせる。
「それは…、仕方がないよ、ミゼル」
　ジルは、遠くを見るように目を細めた。
　だって、やっぱり誕生日というのは、特別なものだから…
　生まれた日を知らないということ。
　それだけで、まるで自分が生きていないかのような…、幽霊であるかのような、そんな気持ちにさせられてしまうのは、なぜなのだろう。
　ミゼリコルドに言ったとおり、大切なのは日ではない。祝ってくれる人がいるということだのに。
（ああ、早く今日という日が終わってしまえばいい）
　そう、ジルは強く思った。
　そうだ。今日はもうはやいうちに床に入ってしまおう。今日が終わってしまえば、明日からいつもと同じ日々が戻ってくる。ルシードも徐々に思い出をふりきって、メリルローズではなくわたしを見てくれるようになるだろう。
　日よ、早く沈め。そしてわたしに安らかな時間を。そしてどうか、彼が一刻も早く感傷の淵から帰ってきますように。
　ジルは、久しぶりにそう祈りの言葉をつぶやいた。
　自分の守護聖人――、その日生まれた全ての赤子を祝福してくれるという、名も知らぬ自分の神に向かって…

＊

　そうして、その日の夜もとっぷりと更けた頃。
　夕刻前に、ルシードとともにいくつかの謁見を済ませ、メリルローズの生誕日を祝う晩餐の場に顔をだしたのち、ジルは何時間かぶりにようやく自室に戻ってくることが出来た。
　夫婦の寝室は共同だが、ルシードの姿は、――ない。
　ここ数ヶ月、大公夫妻の寝室は別々、つまり王宮内別居状態にある。原因は、愛妾オルプリーヌ事件からこのかた、夫妻のどちらもが、寝室を以前のように戻す努力をまったくしなかったからだった。
　その上、なぜか彼は晩餐を終えるなり、マシアスと共にそそくさとどこかへ姿を消してしまった。
　わかっていたこととはいえ、ジルは内心憮然とした。　
　どうせ、自分が邪魔なことはわかっている。いまごろは、自分のもうひとつの自室である豪華版トイレで、ひとり楽しかった思い出を思い出しているのかもしれない。彼があれほど愛するメリルローズだ。同じくらい愛しているトイレで思い出すのが、彼にとっての至福というものだろう。
　だが、釈然としない。ルシードは、めずらしく晩餐にほとんど手をつけず、酒も飲まないまま、あっというまに席を立ってどこかへ行ってしまったのだ。いくら思い出の日とはいえ、ああまで露骨に席をたたれると、ジルは無心でいることはできなかった。
（どんな思い出なんだろう。彼は、メリルローズの誕生日をどんなふうに祝ってあげたんだろうか…）
　火の番をする小者が、部屋の中の灯りを消していってから暫くたって、ジルは床の中でそんなことを考えていた。
（…贈り物をしたりとか、したんだろうか）
　しかし、ルシードが誰かのために（それも女性のために）頭を悩ませて誕生日のプレゼントを選ぶ所など想像もつかない。
　それに、そのころの彼は、パルメニアの人質という身分だった。そんな身で、自由にできる物も人間もそう多くはなかっただろう。
　もっとも、メリルローズ王女は、父であるパルメニアの国王にそれはそれは溺愛されていたという。そんな彼女の誕生日を、小国の人質であったルシードが独り占めできたとも思えない。
　だとしたらあるいは、誕生日を祝うことなどろくに出来なかった。二人きりで会うことさえ、難しかったのではないだろうか――

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（１３）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/12/post_12.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=401" title="（１３）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.401</id>
    
    <published>2008-12-03T15:00:18Z</published>
    <updated>2008-12-03T15:15:12Z</updated>
    
    <summary>（そうだと、いいのに） 　ぽつん、とその想いが、自分でもまったく予想外に浮かび上がってきた。 　そうだといい。誕生日当日、メリルローズは国内行事に忙しくて、ルシードはきっとパルメニアのエスパルダ王宮内のトイレで、もんもんと寂しくしていたんだ。パーティにも呼ばれず、贈り物も出来ず。――そう、今のわたしのように。 （…うん？） 　ふいに、ジルははっと息を呑んだ。 　さっきから自分は何を妙なことばかり考...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="002（１１）～（２０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        （そうだと、いいのに）
　ぽつん、とその想いが、自分でもまったく予想外に浮かび上がってきた。
　そうだといい。誕生日当日、メリルローズは国内行事に忙しくて、ルシードはきっとパルメニアのエスパルダ王宮内のトイレで、もんもんと寂しくしていたんだ。パーティにも呼ばれず、贈り物も出来ず。――そう、今のわたしのように。
（…うん？）
　ふいに、ジルははっと息を呑んだ。
　さっきから自分は何を妙なことばかり考えているのだろう。これではまるで、ルシードに、メリルローズとの思い出がなければいいとでも、考えているようではないか。
（な、なんでそんなこと…。気にしてるわけでも、ぜんぜんないのに）
　頬が熱をもっているのがわかって、窒息する勢いで毛布に顔をおしつけてみる。意味もなくじたじたと暴れていたら、急に馬鹿らしくなって、やめた。
　今頃は、ルシードはどこかでひっそりメリルローズのことでも思い出しながら、杯を傾けているに違いない。いくら国王に溺愛されていた一人娘とはいえ、その彼女とちゃっかり結婚の約束までしたルシードのことである。思い出が何もないというようなことは、ないはずだ。
　愛し合っていたのだ。
　そんな想い出は、きっとわたしが母や姉妹を思い出すように、強くて情熱的なものに違いない。
（おういい。さっさと寝よう。どうせルシードは夜更かしするんだろうし）
　ジルは、わずかに漏れてくる灯りからも逃れようと、頭からがばっとシーツを被った。
　しかしながら、ベッドの上で無駄に暴れたからか、体がほてってなかなかうまく眠りにつけそうにない。
　妙な気分だった。一日中嘘の笑顔を振りまいて、体はくたくたに疲れている。ルシードのことにしても、彼には秘書官のマシアスが魚のふんのようにひっついて面倒をみてくれているだろう。
　なにも心配は要らないはずだ。
　…なのに、こうまで妙な胸騒ぎがするのは、何故なのか。
　ふと、シンと静まっていた廊下に、だれかがすり足で歩いてくる音が聞こえた。
（おや？）
　しばらくして、かすかな声がかかる。
「妃殿下、お休みのところ、失礼致します」
　おそらく今日の夜番の女官だろうが、なぜか声が慌てているのが気になった。
「どうかしましたか」
「あのう、それが、殿下が…」
　ジルは一瞬のうちに、顔を強ばらせた。がばっと毛布をめくって、飛び起きる。
「どうしたのです。まさか、殿下に何かあったのですか！？」
「い、いえ、そうではありませんが…」
　そこに、新たな声が割り込んだ。それも、思いがけない声が。

「――なんだ。寝てたのか」

　女官の持つ、風よけのついた蝋燭のあかりに映しだされたその顔に、ジルはびっくりして目を丸くした。
「で、殿下？」
「こんな早くから床に入るなんてめずらしいな。疲れてるのか」
「い、いえ…。それは…」
　ジルは黙った。今日が早く終わってしまえばいいと想ったから、とはとても口にできそうにない状況だ。
「いま、動けるか」
「え、ええ」
「なら、来い」
　突然寝室にやってきたルシードは、女官から蝋燭を受け取ると、ジルの手をぐいと引っ張った。そのまま、部屋のそとにツレだし、どこかに連れて行こうとする。
「あの。殿下、いったいどこへ…」
　そのときふと、ジルは、握り慣れているはずの手に違和感を感じて、慌てて視線を向けた。
「まさか、手に怪我を…？」
　自分をつかんでいる手を両手でとりあげ、手のひらを返してみる。なんと、彼の指には、あちこちに薬用の布が巻かれていた。それも、十本の指ほぼすべてに。
「これはいったい…、ルシード、何があったのです！？」
　しかし彼は、ぎくりと肩を振るわせて、　
「こ、これは…、ちょっと切っただけだ。心配ない」
「切った！？」
「あ、いや、たいしたことじゃ…」
「だめです。ちゃんと消毒をされたのですか？　切り傷や擦り傷を舐めてはいけません。放っておけば破傷風になる畏れが――！」
　ルシードはジルに最後まで言わせなかった。
「いいから、黙ってついてこいって！」
「ですが」
「いいから！」
　ジルは、困惑した。
　いったい、彼は今まで何をしていたのだろう。だいたい、どうやったら、全ての指を切ったりするようなことが起きるのか。
　なにより、いまからどこへ連れて行く気なのか。自分はまだ夜着のままで、人前に出られるような格好ではない。
　その上、今は夜中だ。
（なんなんだ、いったい）
　しかしルシードは、ジルの混乱などおかまいなしというように、迷いなく足を進めていく。
　やがて、二人はロ・アンジェリー城の北側にある、人気のない裏門までやってきた。そこは、左翼宮に使える女官たちが、私用での出入りに利用する門である。
　ジルは、門を出たところに一頭の馬が用意されているのを見付けた。おそらく、彼の愛馬である雌馬だろう。首のあたりに白毛が混じっている。毛の短い、美しい草原の馬だ。
　が、それを悠長に眺めている余裕は、今のジルには与えられなかった。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（１４）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/12/post_13.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=402" title="（１４）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.402</id>
    
    <published>2008-12-08T15:00:36Z</published>
    <updated>2008-12-08T15:15:14Z</updated>
    
    <summary>「あの、殿下、何を…！」 　あっという間にその鞍の上に押し上げられ、瞬きもしないうちに後ろにルシードが跨る。相乗りさせられたと分かったときには、もう既に馬は走り出していた。 　夜陰に、馬の蹄が地面を蹴る音だけが響いていく。結い上げもしていない髪や頬が一気に夜風に巻き上げられる。 　そして、目の前は真っ暗だ。 「ルシード！」 　悲鳴のようなものが口から出そうになり、ジルは懸命にそれを呑み込んだ。 「...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="002（１１）～（２０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        「あの、殿下、何を…！」
　あっという間にその鞍の上に押し上げられ、瞬きもしないうちに後ろにルシードが跨る。相乗りさせられたと分かったときには、もう既に馬は走り出していた。
　夜陰に、馬の蹄が地面を蹴る音だけが響いていく。結い上げもしていない髪や頬が一気に夜風に巻き上げられる。
　そして、目の前は真っ暗だ。
「ルシード！」
　悲鳴のようなものが口から出そうになり、ジルは懸命にそれを呑み込んだ。
「しっかり捕まってろ！」
　ごく近くで、ルシードの声がした。彼の手が、ジルの二の腕ごと体をぐいと引き寄せた。胸に、顔を押しつけられる。
（あ）
　咄嗟に、彼の腰に腕をまわしてから、ジルは、あまりにも彼との距離が近いことに激しく動揺した。
　貴婦人が馬に乗るさい、裾から足が見えないようにするために横乗りをする。馬の胴に跨るのではなく、両足を片側に垂らすようにして乗るのだ。
　不自然なその姿勢で乗るためには当然、訓練が必要になるし、ましてや全力で馬を走らせるとなると相当な慣れが必要になってくる。
　そして貴人でもないジルには、そんな経験はない。まっすぐに乗ったことはあっても、横乗りには慣れていないのだ。ひたすらルシードにしがみついて、馬の背中から落ちないようにするしかない。
　だから、彼に抱きつくような格好になっているのは不可抗力なのだ。
（そ、そうだ。不可抗…、ふか…ふかかかか…）
　あまりの混乱に、頭の中でまでろれつが回っていない。なにせ、毎朝同じベッドの上で寝起きをしているとはいえ、こんなにも夫に密着したことなど一度もないジルである。
　その上、これほどまでに近い距離に彼の顔があるなど、めったにないことだ。
　お互い、いままで触れあうことはほとんどなかった。
　一週間に一度、バルコニーへ参賀に出るために、手をつなぐだけ。
　なのに、いまはこんなに近くにいる。
（近すぎる…！）
　目をつぶった。五感のひとつをなくしてしまうと、耳がいつもよりもっと聞こえる気がした。
　ルシードが、息をする音が聞こえる。
　ルシードの、心臓が脈打っているのがわかる。
　触れあった皮膚から伝わる熱に、自分よりも彼の方が体温が高いことを知る。否、それともいま彼の頬が上気しているのは、馬をかけさせているせいだろうか…
（し、心臓がうるさい。顔が、顔が熱い…）
　跳ねるようにして後ろへ流れていく景色に、ジルは意識を移そうと懸命に試みた。そうだこんなときこそ冷静に。冷静になろう。ルシードの意図を考えるのだ。
　そもそも、いったい、こんな夜更けにルシードは自分をどこへ連れて行くつもりなのだろう。しかも、自分たち二人が城を出るというのに、護衛すらひきつれていない。マシアスが許すはずもないのに、彼が追いかけてくる様子もない。というのは、どういうことか。
（っていうか、あなたはトイレでメリルローズを祝ってあげるんじゃなかったの！？）
　問いただしたいことは山ほどあるのに、口を開くと舌を噛んでしまいそうで、ジルは大人しく彼に身を預けていることにした。
　そして、
「おい、ついたぞ」
　しばらく馬を走らせた後、ルシードはようやく速さをゆるめつつ、手綱を引いた。
　先に馬の背から降りた彼に手をさしのべられて、ジルはゆっくりと地面に足を下ろした。
「あの、ここは…」
　足の下には、背の低い草の感触がした。まるで丘のように土の盛り上がっている場所だった。駆けた時間からいっても、おそらくはそう、城からそうは離れていない。
　今夜は月が明るいのか、灯りがなくても周囲を見るのに苦労はいらなかった。
　ルシードは、地面に杭を打って馬をつなぎ止めると、馬の腹にくくりつけてあった羊毛の敷布をその場に広げた。ジルに、座るよう促す。
「座れ」
「あの…」
「いいから座れって」
　強く言われて、しぶしぶ腰を下ろす。
「いったい、どういうつもりなのですか。説明して下さい。いくらなんでも、こんな不用心なことは…」
　もし、刺客にでも襲われたらどうするのだと、ジルは非難がましく言った。さっきからなかなか心臓が落ち着かないのは、おそらくはそのことが気がかりなせいにに違いない。けれど、彼は心配いらないというように、
「マシアスが、この辺りを見張っている。この丘の下で待っているはずだ」
「そう…なのですか…」
　ジルは、あらためて辺りを見やった。なるほど、たしかに、そう遠くないところに、かすかに人の動く気配がある。
　しかしながら、こんな夜中にかり出される近衛兵のことを考えると、ジルは気の毒でならなかった。いったいどういう気まぐれで、ルシードはこんな予定にもなかったことをしでかしたのだろうか。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（１５）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/12/post_14.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=403" title="（１５）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.403</id>
    
    <published>2008-12-10T15:00:16Z</published>
    <updated>2008-12-10T15:15:12Z</updated>
    
    <summary>「まったく、あなたのすることはいつも唐突すぎて、わけがわかりません」 　何の気まぐれを思い付いたのか…、と、ジルは憤然と言った。いくら相手は夫とはいえ、わけがわからないまま、ただ振り回されるのは気分がいいものではない。 「こんな夜に、外でなにを…」 「いいから、黙って待ってろ。見ればわかる」 「はあ」 　ルシードの口調がいつもと少し違うように感じられたので、ジルは言われるがまま、敷布の上で膝をかか...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="002（１１）～（２０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        「まったく、あなたのすることはいつも唐突すぎて、わけがわかりません」
　何の気まぐれを思い付いたのか…、と、ジルは憤然と言った。いくら相手は夫とはいえ、わけがわからないまま、ただ振り回されるのは気分がいいものではない。
「こんな夜に、外でなにを…」
「いいから、黙って待ってろ。見ればわかる」
「はあ」
　ルシードの口調がいつもと少し違うように感じられたので、ジルは言われるがまま、敷布の上で膝をかかえた。
　すると彼は、同じく馬の背にくくりつけてあったらしい荷物広げてはじめた。大きな炭の塊まである。徐に油をかけて火をほうりこむと、ぽっと視界が膨張して、辺りが広くなった気がした。
「この、匂いは…」
　なめした皮や油紙につつまれていたのは、尾のついた羊を焼いたものや、数種のチーズ。そして、大きなウズラだった。
　ルシードは、そのウズラの腹をナイフで押し開け、中に香草や色の付いた塩・チーズ、そして蒸したくるみや栗や米を押し込んでいった。最後に鉄のくしでぬうように蓋をし、火の近くに立てる。その、”ウズラの木の実詰め”の次に彼が準備にかかったのは、まだ血の気がしたたる羊の肉だった。同じように鉄の串に刺していき、腰にぶらさげていた小さな小瓶の中の黒々とした液体を振りかけてから、火のそばにならべる。
（たぶんこれ、北方の、遊牧民族の食べ物だ…）
　そう、ジルは内心気付いていた。
　すると、いま彼が木の椀にそそいでくれたのは、馬の乳から作るという酒なのだろうか。
「……飲めよ」
　突然、彼はそう言った。
「え、これを、ですか？」
「そうだ」
「そんな…、急に言われても…」
　しかもこんな夜中こんな場所で、は、口にせずとも分かることである。なおかつ、これらは普段のテーブルにはあまり並ばない草原の料理だ。
　いったい、彼はなにを考えているのだろう。
　よくわからない…
　ジルは、怪訝そうににルシードを伺った。すると一瞬、彼の不安げな目と視線があったが、
「べつに、やばいものじゃない。はやく飲め！」
　と、そっぽを向かれてしまう。
　どこか腑に落ちないものを感じながらも、ジルは椀に注がれた濁った酒口に運んだ。思ったよりずっときつい。思わず胃があぶられたように熱くなる。
「どうだ、どうなんだ？　うまいか？」
「はあ、…おいしい…、ですが…」
　ジルがそう言ったとたん、目の前でガチガチに緊張していた頬が、ふっと緩む。
「そうか。じゃあ大丈夫だな！　いよーし！」
　途端に、ルシードは勝負に勝った子供のような笑顔をした。ぱん、と拳をもう片方の手のひらに打ち付けてはしゃぐ。
（ルシードが、変）
　ジルは思わず、ぽかんとなった。
　ルシードの健康や、体調を考えてメニューに口を出すことはあっても、いつも出される食事の味に、ジルは文句をつけたことは一度もない。
　なのにどうして、今日に限ってそんなことを聞いてくるのだろう。
（しかもどうして、こんなに嬉しそうなんだ？）
　ジルが唖然としている中も、ルシードはおかまいなしに、目の前でこんがりと焼き上がりつつあるウズラのいろんなもの詰めから串をひきぬいた。中にナイフを入れると、金色に色づいた栗が湯気をあげながら姿を現す。彼は、それを木の皿の上に盛り、先に焼きあがっていた、なにやら甘い匂いのする羊の肉（どうやら肉にふりかけたのは、コショウをつけこんだ黒蜜らしい）をとりあげ、
「あ、待って下さい！　ルシード」
　すぐに、ルシードが口に運ぼうとするのを見て、ジルは慌ててそれをとどめた。
「そちらはまだ、毒味がすんでおりません。どうか、召し上がるのはわたしが毒味をしたあとになさって下さい」
「べつに、毒味なんてしなくていい」
　びくっと動きを止めたルシードは、なにやら口ごもった。ジルは、めっそうもないと顔を強ばらせ、
「何をおっしゃるのです。万が一のことがあったら取り返しがつきません。さあ、さっさとおよこしなさい…！」
「…、いいって、必要ない！」
「でも…！」
「必要ない」
　妙に聞き分けのないルシードに、ジルは身を乗り出して制止しようとした。だが、
「だから、いいんだ。――俺が、作ったんだから！！」
「え………」
　彼の次の一言に、おもわずぴたりと動きを止める。ジルは一時、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
　いま、彼はなんと言ったのだろう。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（１６）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/12/post_15.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=404" title="（１６）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.404</id>
    
    <published>2008-12-15T15:00:16Z</published>
    <updated>2008-12-15T15:15:12Z</updated>
    
    <summary>（”つくった”？） 　眉根に三本ジワを寄せたまま、ジルは硬直していた。 （つまり、彼がこの肉や詰め物の中身を用意したのということだろうか。ということは、これはルシードの、手料理……？） 　にわかには信じがたいことだった。この（粗雑ではあるが）ルシードが料理を準備し、しかもそれを（偽者の妻である）自分にふるまうなんて、彼が毒殺されるよりもありえない事だ。 　むしろ、これらが彼が狩ってきた猪肉とかいう...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="002（１１）～（２０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        （”つくった”？）
　眉根に三本ジワを寄せたまま、ジルは硬直していた。
（つまり、彼がこの肉や詰め物の中身を用意したのということだろうか。ということは、これはルシードの、手料理……？）
　にわかには信じがたいことだった。この（粗雑ではあるが）ルシードが料理を準備し、しかもそれを（偽者の妻である）自分にふるまうなんて、彼が毒殺されるよりもありえない事だ。
　むしろ、これらが彼が狩ってきた猪肉とかいうのなら、まだ分からないでもないのだが。
（羊を狩ってきた？　いや、羊は狩るものじゃないし）
　そもそも、羊は野生で森には棲んでいない。
（…もしくは、なにかおかしなものでも食べたのだろうか。どこかで頭を打ったとか…。そうだ。悪い病気の中には、毒気が脳にまでまわったり、歳をとりすぎて、自分では意図しない行動に出たりすることがあるって…）
　すっかり石像のように固まってしまったジルに、ルシードは照れ隠しなのか、そっぽを向いたままで言った。
「もしかして、おまえ、全然信じてないだろ」
「…酔っぱらっているわけでは、ないですよね？」
「違う」
「じゃあ、とうとう毒気が脳に」
「俺が料理をしただけでどうしてそうなる！！」
　どん、とやや乱暴に、切り分けられたウズラを入れた木の椀が目の前に置かれた。ジルは、まじまじと器を眺めた。ウズラの肉は、良い感じに脂がおちてこんがりと焼けていた。中からは、火の通って金色になった栗やらくるみやら蒸した米やらがほろほろと出てきて、見るからにおいしそうである。
「そんな顔をするな。俺だって料理ぐらいできるんだ。マシアスにも手伝ってもらってないんだぞ！」
「あの、本当に、お一人で準備されたんですか？」
「当然だ」
「本当に、本当に…？」
　彼は口早に、彼の育ての親であるガンボ老の一族――、輝竜族の土地で暮らしていたとき、世話になった部族の者から教えて貰ったのだということを話してみせる。
　草原では、肉はとんどが鳥や羊の肉で、パールエルムのように豚の肉はほとんど食べないこと。冬を越すために、羊の腸を利用した多くの薫製をつくったこと。パンは、皮のように薄くのばして鍋の底をひっくり返して焼くのだということも…
「だって、おまえの好きそうなものなんてほかに知らないし。宝石とか服とかにも興味がないんだろ。やたらと食い意地が張ってることくらいしか、俺は知らないから…」
「…く、食い意地がはってるわけではありません。食べ物を大切にしているだけです」
「羊の腸詰めをつながったまま全部食う女がそれをいうか」
　ジルは、まだ炭の匂いがすウズラををごくん飲み込み、その予想以上の旨味と香ばしさにルシードを見た。
「おいしい、です。本当に」
「そ、そうか…！」
「お米って久しぶりに食べましたけど、こういう食べ方もあるんですね」
　言いながら、ジルは機嫌良く自分もがっついているルシードの横顔を盗み見た。
　彼は、生まれ育った北の草原をこよなく愛している。もともと、アジェンセンの民は、馬を愛し風と共に生きる遊牧民族だ。近代化が進み、パルメニアなどの風習を取り入れはしているが、元々は言語も文化もなにもかもが違う。
　久しぶりに愛する草原の食べ物を食べたかった――という、彼の考えを理解することは出来たが、しかし、それならなぜ、こんな時間に、しかもこんな場所で食事をとらなければならないのだろう。ジルは、内心首をかしげた。
　まさか、外で食べたほうが、雰囲気が出るからだろうか。
　それとも、草原の民は、こんな夜更けに夕食を摂るのか？　しかも、寝ている妻をむりやりに連れ出して…？
「で、なぜここで男の手料理なのですか？　今日、晩餐会でほとんど食事に手をつけられなかったのは、突然草原料理が食べたい病を発病したからとか？」
「あのな。だから勝手に人を病気にするなと…」
「だって、こんな夜更けにいきなりなんて、だれだって驚きます」
　至極まっとうな意見を返したジルだったが、しかし、彼が言い放った次の一言に、ジふたたび思考が凍り付くという珍しい体験をした。
　ルシードは、いらだたし気に舌打ちすると、
「いいか、よく聞け。これは…、お、俺が」
「俺が？」
「誕生日を祝うために作ってたんだ！」
　思いがけなさすぎる言葉に、ジルは、瞬きさえ忘れた。
（なんだって……？）
「――それくらい、気づけ！」
　これがまだ、偉そうにふんぞり返って言われたセリフならば、すぐにでも反論はできた。
　しかし、耳の後ろどころか首のあたりまでを真っ赤にした顔で叫ばれてしまうと、なにやらこちらまで混乱してくる。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（１７）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/12/post_16.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=405" title="（１７）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.405</id>
    
    <published>2008-12-17T15:01:19Z</published>
    <updated>2008-12-17T15:15:12Z</updated>
    
    <summary>「あの…、誕生日を祝うため…、ですか？」 「…そ、そうだ」 「しかし、今日はわたしの誕生日ではありませんが……」 「そんなことくらい知ってる！！」 　きっぱりと言い切られて、ジルはさらにきょとんと目をまるくする。 　やっぱり、ルシードは変だ。今日がジルの誕生日でないと知っているのなら、なぜわざわざこんなことをするのだろう。 （あ、もしかして） 　ジルは、いくつか浮かんだ予想の中で、一番正解に近いだ...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="002（１１）～（２０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        「あの…、誕生日を祝うため…、ですか？」
「…そ、そうだ」
「しかし、今日はわたしの誕生日ではありませんが……」
「そんなことくらい知ってる！！」
　きっぱりと言い切られて、ジルはさらにきょとんと目をまるくする。
　やっぱり、ルシードは変だ。今日がジルの誕生日でないと知っているのなら、なぜわざわざこんなことをするのだろう。
（あ、もしかして）
　ジルは、いくつか浮かんだ予想の中で、一番正解に近いだろう答えを、舌の上にのせた。
「わかりました。つまり殿下は、メリルローズと食事をご一緒なさりたかったのですね」
　彼女が言ったとたん、今度はルシードが愕然と口を空ける。
「はあ？　なにいってんだ、お前」
「違うのですか？」
「なんでここに彼女が出てくる。俺は、お前の誕生日を祝ってやってるって言ってるだろう！」
「え、本当に、わたし？」
「お前だよ！」
　全面否定されて、ジルは自分の予想が外れたことを知った。
「てっきり、わたしの顔と食事がなさりたいのだと思ったのですが」
「違う！」
　きっと、ルシードにはメリルローズとピクニックごっこをした思い出でもあって、それを自分と再現しようとしていたのだと思ったのだが、それも違うらしい。
「では、なぜです？　今日はわたしの誕生日ではありません。ですから、あなたに祝っていただくような理由はなにも…」
「理由は、ある！」
　ルシードは、うまくまとまらないいらいらをぶつけるように、膝を叩いた。ジルは、むむむと唇を引き結んで考え込む。
「む。理由…」
「…おまえ、もしかして、けっこう馬鹿だな」
　呆れたように、彼が言った。
　ジルは、むっとした。馬鹿に馬鹿といわれることほど、頭に来ることはない。そのうれ、その台詞は自分の十八番ではないか。
「馬鹿とはなんですか。自分のことを棚にあげて。では、いったいどういう理由があるっていうんです？」
「――つまり、俺が祝いたいからだ」
「はあ？」
「俺が祝いたいんだ。だってこのままじゃ、いつになってもお前がここにいることを祝えないじゃないか！」
　彼の、強引すぎる物言いに、ジルは呆れた。
「でもそれは、仕方のないことで…」
「仕方がなくなんてない！」
　ルシードはますます口調を強めて、
「いいか。もともと、誕生日なんてものは、誰かに祝ってもらうためにあるもんだ。誰にも祝ってもらえない誕生日なんか、ないのと同じだ。そんなのは俺は嫌だ」
「ルシード…」
　彼は、徐に空になった自分の椀にウズラを切り分けながら言った。
「このウズラの詰め物は、キーナという。祝い、という意味だ」
　彼の声が、思いかけなく低く、ささやきのようになる。
「一度、ちゃんと自分で作ってみたかったんだ。だから、ちょうどいい機会だと思った」
「何がちょうどいいのです？」
「俺が、お前になにかしてやるために」
　思っても見なかったことを言われて、ジルはひゅっと息をのんだ。
「草原じゃ、誕生日なんていちいち日ごとに祝ったりしない。そのかわり、季節事にまとめて祝う。春に生まれた子供は春の恵みとともに。秋に生まれた子供は森の実りともに。その年生まれた子は、季節ごとに歳を取るから、みな自分の誕生日なんていちいち覚えてない。それがふつうなんだ」
　だから…、と彼は口の中でごにょごにょと良い繋いだ。
「だからお前も…、べつに変じゃない」
「ルシード…？」
「形だけのものだ。日付や贈り物に意味なんてない。心がなければ。そう、俺は思っている」
　彼の置いてけぼりにされた子供のような顔つきに、ジルは、彼もまた誕生日という日に、自分と同じような息苦しさを抱いているのだと知ったのだった。
　ルシードは幼い頃、パルメニアの王宮へ人質として出されていた。
　そして彼には、いまはこの王城の奥深くに幽閉されている、双子の弟リドリスがいる。
　同じ誕生日、そして同じ守護をもつ唯一の兄弟。
　しかし、両親に愛されたのはリドリスただ一人だった。彼は、両親からはまるで愛されなかった。アジェンセンの嗣子として生まれたのにもかかわらず、放っておかれたのだ。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（１８）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/12/post_17.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=407" title="（１８）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.407</id>
    
    <published>2008-12-22T15:00:59Z</published>
    <updated>2008-12-22T15:15:11Z</updated>
    
    <summary>　ルシードの口ぶりから察すると、おそらく、パルメニアにいる間、彼は両親から祝いの言葉さえもらったことがなかったにちがいない。 　いまでこそ、彼は大公として国中から盛大に祝われる立場になった。彼の生誕日は国の祝祭日として認められ、多くの人間が彼の誕生を祝う。 　けれど、それは、彼が本心から求めているものではない。 『誕生日なんてものは、誰かに祝ってもらうためにあるもんだ』 （あ――） 　そのとき、ジ...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="002（１１）～（２０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        　ルシードの口ぶりから察すると、おそらく、パルメニアにいる間、彼は両親から祝いの言葉さえもらったことがなかったにちがいない。
　いまでこそ、彼は大公として国中から盛大に祝われる立場になった。彼の生誕日は国の祝祭日として認められ、多くの人間が彼の誕生を祝う。
　けれど、それは、彼が本心から求めているものではない。
『誕生日なんてものは、誰かに祝ってもらうためにあるもんだ』
（あ――）
　そのとき、ジルは、かつて自分の誕生日を尋ねたときの、母クラレンシースの言葉を思いだしていた。
『…誕生日なんていうものは、生まれてきてくれたことを祝えれば、それでいいのよ。正確には、祝ってくれるひとが側にいれば…』
　ジルは、何年も前に聞いたはずの母の声が、たったいまゆっくりと自分の心にしみいってくるのを感じていた。あの時は、よく意味が分からなかったけれど、いまは、しっかりと理解できている気がする。
　頭ではなく、心で。
　そして納得できたのは、ほかでもないルシードが、そう言ったから。
  彼は、とぎれとぎれに言った。
「このままお前の誕生日を祝わなかったら、お前の存在まで否定しているような気がしたんだ。おまえになにか示したい。だけど、心を表す方法がよくわからなかった。お前の好きなものなんて…、考えたことなかったし。それで、お前のことを考えていたら、俺の目の前でもりもり食ってる姿しか思い出せなくて、それならなにか作ろうと思った。
　それで思い出した。草原の祝い事を。おまえにぴったりだと思ったんだ」
「ルシード」
「いつだっていいなら、今日だっていいはずだ。俺は、できるならお前をみんなの前で祝ってやりたい。だから今日だ。今日にする。…いいだろ？」
　いてもたってもいられなくなって、ジルは顔をあげた。
「……なんだ？」
　彼女は、まっすぐに自分の夫の目を見て言った。

「ありがとう。
　とても、うれしい、です…」

　夫の両眼を覗き込んで、彼女は心からの感謝を告げた。
　たとえ、本当の誕生日を忘れられてしまっていたとしてもいい。
　なぜなら、大事なのは、日ではないのだから。
　”おめでとう”と、心からの言葉をかけられたそのとき、人は、確かに自分が必要とされているということに、初めて気づくことができる…
　そんな人が、一人でも自分の側にいてくれたら――それだけで。
　それだけで。
「ジル…」
　彼は、自分を見ていた。その朝焼け色の両眼は、暗闇に点されたあかあかとした火のように、自分を照らし、そして不安をぬぐい去る。
　いつも。
「あなたの言うとおりです。ルシード。大切なのは、誕生日がいつかということではありません。その日、自分が生まれたということ。自分以外の誰かに、自分を認めてもらうためにある。
　認めてもらって、自分が嬉しいためにある。生きていくための、一つの糧にすぎません」
「ああ」
　急に物わかりの良くなったジルに、ルシードは訝しげな顔をした。そして、きまずげに、ぶっきらぼうに言った。
「わかれば、いいんだ」
「ルシード。あなたこそ、わかっているんですか？　わたしはいま、あなたに感謝しているんですよ」
「べつに、感謝なんて…。お前の為じゃなくて、俺がやりたくて勝手にやったんだし」
「でも、感謝しているんです。いいえ、感謝したい」
　ほかにどうしようもなくて、ジルはじっと、彼の瞳を覗き込む。
　なのにルシードは、狼狽えたようにあちこちに視線を向けて、
「気に入ったのなら、それでいい。俺だって、だれかのためにこんなことをしたのは初めてだし」
　ぼそぼそと言った。
「わたしだけ？」
　ジルは、驚いて顔をあげた。
「初恋の方との思い出があったのではなかったのですか？」
「…ない！　そ、そんなことできるか。恥ずかしい！！」
　と、なぜか吐き捨てるように言う。
「では、こんなふうに、だれかに手づから料理をつくってさしあげたことも、祝ったこともなかったと……？」
「ああ」
　彼がぎこちなく頷いたのを見て、ジルは、なぜか自分が、妙にほっとしているということに気付いた。
（わたしが初めてなんだ）
　なぜだろう。妙に、頭の中がすっきりしている。睡眠不足が解消された朝のように、体が軽い。
（こうやって、心を見せてくれたのだ。わたしにだけ）

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（１９）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/12/post_18.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=408" title="（１９）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.408</id>
    
    <published>2008-12-24T15:00:39Z</published>
    <updated>2008-12-24T15:15:11Z</updated>
    
    <summary>　すっくと、彼女は立ち上がった。 「ジル？」 　絹の靴をぬいだ裸足のまま、ジルは、草の上に一歩を踏み出した。砂糖をまぶしたレモンのような月と、その明かりが、彼女の足下を照らし出している。 　だから、怖くはない。 　振り返れば、あたたかな火がそこにあることを知っているから。 　ルシードが、彼女を追ってきた。この気持ちを、ちゃんと彼に伝えたくて、ジルはそっと彼の手を取った。 「手」 「え…？」 「城に...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="002（１１）～（２０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        　すっくと、彼女は立ち上がった。
「ジル？」
　絹の靴をぬいだ裸足のまま、ジルは、草の上に一歩を踏み出した。砂糖をまぶしたレモンのような月と、その明かりが、彼女の足下を照らし出している。
　だから、怖くはない。
　振り返れば、あたたかな火がそこにあることを知っているから。
　ルシードが、彼女を追ってきた。この気持ちを、ちゃんと彼に伝えたくて、ジルはそっと彼の手を取った。
「手」
「え…？」
「城にもどったら、ちゃんと消毒させてください」
　傷の多さを指摘されたと思ったのか、ルシードは顔を歪めてそっぽを向いた。
「……べつに、このくらい何ともない」
「そういうわけにはいきません。小さな傷でも化膿すればやっかいです」
　おそらくこの包帯の下には、彼が羊やチーズと格闘してできたときの傷が山とあるのだろう。
　腰に穿いたルクナクスを振るえば、一枚の葉でも確実に落とす腕のあるルシードである。なのに、剣の扱いにはあれだけたけているのに、包丁だけは満足に扱えないのかとと思うと、なんだか無性におかしかった。
（ほんとうに、ルシードには驚かされるばかりだ）
　いままでは、知らず知らずのうちに、誕生日なんて知らなくてもいいと心でつっぱねていた。
　けれど、思いもかけなく、自分は誕生日を手に入れることができた。こんなことは予想だにしなかった。実の母親ですらくれなかったものを、異国の地で出会った、夫が、自分にくれたのだ。
　今は心から今日がかけがえなく思う。自分が生まれた見知らぬ遠い日よりも、ルシードが祝ってくれた今日のほうが大事に感じるのだ。宝物のように感じるのだ。
（けれど、この日は、いつまでも、わたしの誕生日にはならないだろう）
　駆け出したくなるほどの喜びとともに、それとは違う苦みが、ジルの胸に引き潮のような名残を残していく。
　いつの日か、ルシードが再びメリルローズに会うその日が来たら、きっと消えてなくなってしまう”誕生日”だろうけれど。
（それでも、いい）
　彼女は思う。
　やがてくるその”いつか”まで、この日を自分の誕生日のように思って、大切にしよう。
　なぜなら、この誕生日こそ、偽りの夫である彼が、メリルローズにではない、”ジル”に対してくれた、初めてのプレゼントなのだから。
　やがて、何かをもごもごと口のなかで呟いていたルシードが、真っ赤な顔のままぽつりと言った。
「……あの、さ」
「え」
「その…、なんだ。――言い忘れるところだった」
「なにをです？」
「だから、た、た……」
「た？」
　ジルは、ルシードを見た。　
　――まるで、苦虫を踏みつぶしたような顔だった。
「誕生日、おめでとう…」
　そんな夫の顔を見て、思った。

　そうだ。
　どんなものでも、消えてなくなってしまうからこそ、愛おしい。
　この、彼のはにかんだ笑顔のように。
　だからたまには、そんな誕生日があっても、いいではないか。　

「ありがとう」
　
　――がらにもなく、泣きたい気分になった。

        
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>（２０）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/2008/12/post_19.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://lu3.gagaga-lululu.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=9/entry_id=410" title="（２０）" />
    <id>tag:lu3.gagaga-lululu.jp,2008:/ph//9.410</id>
    
    <published>2008-12-29T15:00:59Z</published>
    <updated>2008-12-29T15:15:13Z</updated>
    
    <summary>　そうして、アジェンセンの大公夫妻が、月明かりの下で遅い夕食を取った、その翌朝…、 「殿下、お急ぎ下さい！　あと三分で会議が始まってしまいます」 　どんどんどん、と、大公専用のトイレのついたてを叩きながら、目下、大公の忠実な秘書官であることを自称するマシアス＝ソアソン男爵は叫んでいた。 「聞いていらっしゃいますか、殿下。ここにいるんでしょう。 　あなたはもうとっくに包囲されています。無駄な抵抗はお...</summary>
    <author>
        <name>ルルル文庫創刊準備スタッフ</name>
        
    </author>
            <category term="002（１１）～（２０）" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://lu3.gagaga-lululu.jp/ph/">
        <![CDATA[　そうして、アジェンセンの大公夫妻が、月明かりの下で遅い夕食を取った、その翌朝…、
「殿下、お急ぎ下さい！　あと三分で会議が始まってしまいます」
　どんどんどん、と、大公専用のトイレのついたてを叩きながら、目下、大公の忠実な秘書官であることを自称するマシアス＝ソアソン男爵は叫んでいた。
「聞いていらっしゃいますか、殿下。ここにいるんでしょう。
　あなたはもうとっくに包囲されています。無駄な抵抗はおよしなさい！」
「だーっ、うるさいぞ。マシアス！」
　その、大公殿下ことルシードは、大きく穴の開いたトイレ用の椅子に腰を下ろした情けない格好で、きりきりと絞られるような腹の痛みに、必死で耐えていた。
「出られるもんなら、俺だって出ている！　だがしかし、ううっ……」
　昨日、食べ過ぎてしまったせいか。それとも、ルシードの料理が悪かったのか、なんと、ものの見事に彼は腹をこわしてしまったのだった。
　すると、マシアスが心底呆れきったように、
「ですから、無謀なことはなさらずに、宝石や髪飾りのようなものを差し上げていればよろしかったのですよ。それを、いい恰好をして…」
　と、今更なことを言う。
「なっ」
　椅子に座ったままの情けない恰好で、ルシードは叫んだ。
「おまえだって、あいつがそんなもので喜ぶように見えないって言っただろうが！」
「まあ、確かにそうですが」
　誕生日を知らないジルのために、無理矢理今日祝ってしまうと決めたものの、ルシードには、彼女に何を贈るべきかが、さっぱりわからなかった。
　彼女が興味がありそうなものと言われて思い付いたのは、毒草や、ヘビやコウモリといったあの北の塔に山ほどあるものばかり。
　さすがに、そんなものを贈る気にはなれない。それに、彼女以上に詳しい人間もほかにいそうにない。
　悩んだ挙げ句、ルシードは、ジルが食い意地を張っているというところに目をつけたのだった。
　はーっと溜息して、マシアスは言った。
「やはり、男の手料理なんて食べるもんじゃないですね。勧められても、手を付けないでよかったです。死ぬところでした」
「なんだとう！」
　ルシードは、再度呻った。
「あの女だって、俺の作った飯をたらふく食ってたじゃないか。なのに、なんであけなんともないんだ。おかしい！　やっぱりあいつはどこかおかしいぞ、マシアス！」
「…………まあ、なんにせよ、慣れないことをするのはよくないということで。
　さあ、うだ話はこれくらいにして、出すか出るかどっちかになさい。殿下、あと二分ですよ！」
　パンパン、と急かすようにマシアスが手をたたく。ルシードが異議を申し立てた。
「ぐあー、いてえ！」
「早く出しなさい！」
「無理！！」
「じゃあ、本体が出てきなさい！」
「もっと無理！！！」
　迫り来る腹痛の並と、せき立てる秘書官の声に、ルシードはたまらず断末魔のように叫んだのだった。　
　
「ああもう、二度と料理なんてするかーー！」

　そうして、
　――大公殿下の気の毒なうなり声は、その日一日中、トイレから響き渡っていたという。

＜了＞

<strong>１月３０日ごろ発売の２月刊で久しぶりの新刊『～恋とお忍びは王族のたしなみの巻～』が発売されます。豪華２０分ドラマＣＤ付の初回限定特装版も同時発売です！ぜひお楽しみに！</strong>
]]>
        
    </content>
</entry>

</feed> 

